第23話 マグロ!ご期待下さい!
親分はしばらく黙って武田の両親を見ていた。
「あんたは今どこに勤めてる?」
「今井物産です」
「あぁ、あいつのところか」
「あいつですか?」
今井物産は一部上場の優良企業だ。 親分が言う「あいつ」とはその会社の会長か社長の事なのだろう。
「あんたの両親はどこにいる?」
「私の両親は筑前県に住んでいます、家内の両親は長門県です」
「どっちも西の方か・・・じゃあ今の家処分して今井の九州支社の方に移るのはどうだ? 管理職級の社宅を用意させるぞ?」
「えっ?」
武田をひとりで置き去りするのか? でも周りに迷惑かけるよな?
「ローンは残ってるのか?」
「3000万ほど」
「あそこの一軒家ならそれ以上で売れるだろ」
「えっ?」
武田の家は60坪程度あった。 駅に徒歩圏内で坪単価50万円は安すぎる。 倍でも買い手が現れてもおかしくない。
という事は武田は路頭に迷う訳か・・・。
「奴は眠らせて日本に4、5年は寄港しないマグロ船にでも詰め込んで出港させる。 手付金は迷惑料と今までの養育費分としてあんたらに渡す。 奴も日本に帰って来た時は成人だし、まともに働いてるなら独り立ちするには充分な金を持った状態で降りられる」
「はぁ・・・」
なるほど、武田の受け入れ先はマグロ船か。
それにしてもマグロ船に乗せるって本当にあったんだな。 前世でも会社が倒産した時は俺もマグロ船で働く事を検討したっけ。
1年間行って帰って手取りが1000万、失業保険で半年休んでまた乗ればすぐに大金持ちって言ってた親戚がいて、再就職もままならない時に藁にもすがる気持ちで調べたんだよ。
でもバブル崩壊後は高級マグロに高値が付かないとか、外国船の増加で水揚げが悪いとか、安く雇える外国人船員の増加で日本人でも給料が安いというネガティブな情報ばかりで、結局は様々なバイトを転々とすることにした。
「あんたらの戸籍も追跡されねぇように手を加えておく。 息子が帰って来た時追いかけようと思ってもそこには何の痕跡もねぇようにするわけだ」
「なるほど・・・」
「奴はしばらく儂達が監視する。 あんたらの両親の実家の方に向かいそうになったら、いかないよう儂達で誘導するから安心してくれ」
「ありがとうございます」
武田をどう誘導するのかは不明だけど、色々手段は持ってそうだもんな。
「奴の捜索願いは出さないでくれ? 届け出があると捜索の際に今回の事が明るみに出るからな、もみ消しできない訳じゃねぇが色々面倒だ」
「分かりました」
「義務教育も終わってるし、届け出さえなければ、日本のどこかで親のスネ齧ってる若者ってだけだ。 5年が過ぎれば成人だから、奴が罪を犯しても、あんたらに責はいかねぇ」
「確かに」
成人させれば親としての義務は終えたとみなされる。
武田が生活が困窮した際に、血縁者だから援助しろと役所から連絡いくかもしれないけど、借金を肩代わりしろとか、代わりに賠償しろとかにはならない。
援助も自分たちの生活が困らない範囲ですれば良いだけなので全ての面倒を見る必要はない。少し助けるからと1万円ぐらい渡し、後は自分で何とかしろといって突き放せば良いわけだ。
「3月なら正規の人事異動って事で不審がられないだろう、戸籍と移動先での名字は・・・権田にするか?漢字を1文字変えるだけだしな」
「恐れ多い」
親分が権田って言ったとき、武田の妹がリュウタを見て真っ赤になった。リュウタも微妙に顔を赤くしてるし。これは脈ありじゃないか?
「それなら現田にするか?うちの分家だが今は誰もいない。あそこなら頼めば戸籍も作ってくれるな」
「は・・・はぁ・・・」
あそこ?戸籍を作ってくれるって何だろう?何か裏の手段を使うんだろうか?マイナンバーとか無い時代ならではの手段かな?
「あんたらの条件は満たしていると思うが?」
「何で我々にそこまで・・・」
「立花が助けたいと思い悩んだからだ。リュウタも嬢ちゃんを守ると約束した。 儂もあんたの言葉を聞いて承知した」
「何とお礼を言ったら良いか・・・」
「礼をしたいと思うなら、立花が何かを頼んで来た時は助けてやってくれ、儂らは立花を高く買っているのでな」
「必ず!」
こうやってこのゲームの主人公である武田が、舞台から排除される事が決まった。
武田は俺より有利な条件からスタートしていたと思う。ゲームの舞台である街に産まれ、綾瀬が近くにいた事で俺より早くこの世界の舞台の事を知る事が出来た筈だ。
放任されていたとはいえ、本当の両親が健在であるというのも大きい。妹の存在によって、自身の行動により周囲が影響を受けて変化する事にも気付けた筈だ。
俺も入学式のあとの武田と俺の席順が逆だと分かった時にゲーム設定は変動がある事を確信した。
ゲームではどんな展開だろうが3年最後の卒業式までは進むものだった。
どのヒロインとフラグが立たなく恋愛要素が無い生活をしようが、学力が低く毎回赤点であろうが退学にならなかった。
わざと休憩という行動を選択し続けステータスが最低のままで、大学や就職に合格しなかったとしても高校は卒業できていた。
犯罪とも思える喧嘩や覗きなどの行為が見つかっても、学校から生徒指導を受けるとか警察に補導されるといった事にもならなかった。
しかし実際の学校には、校則というルールがあり、社会には法律というルールがあり、個人間では慣習というルールがある。そして超法規的な存在である皇族や華族などの貴族や親分さんなどの様な裏社会側の人達もいる。
この世界はゲームではなくリアルに考えないと当たり前のように排除される世界で、それはゲームでの主人公でも例外では無く、武田はそれをゲーム世界だと思い逸脱してしまっていた。
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武田を街からの排除するのが終わるまで、武田の家族は親分さんが保護する事になった。
武田の家は既に親分さんの手のものによって周囲が見張られているらしい。
武田が家から出てくるなら隙があれば即確保、出てこないのなら周囲が寝静まった頃に静かに家に突入して確保するらしい。
家の鍵を持っていた武田の母親は、親分さんに鍵を手渡した時に躊躇いがあったようで、真っ青な顔をして震えていたけれど、武田の父親と妹に支えられ、本人から「お願いします」と言って手渡していた。
鍵を親分に手渡したあとは泣き崩れたけれど、家族に支えられている自分を認識出来れば早く立ち直るのではないかと思う。
両親と娘が離れて暮らす事について大丈夫かなと思ったけれど、リュウタが責任を持つと言った事と、娘の方が強く望んだので離れて暮らす事になった。 この街と筑豊県は新幹線で片道4時間かかるけれど。日帰りで充分往復できる距離なので構わないと言いながら苦笑いをしていた。
娘の態度で色々察しがついていて応援してくれたのだろう。
理解が良いご両親なのに武田の奴はと思ったけれど、その理解の良さが武田を高校まで見抜けなかった要因かもしてないと考え、少し複雑な気分になった。
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話し合いが終わり、武田の両親は親分さんの手配した車に乗り、親分さんの息のかかった病院に向かった。刀傷や銃創や薬物中毒だろうが、警察への通報する事無く治療してくれる闇医者のいる病院らしい。
きちんと医師免許を持っており、総合病院として登録もされてるそうなので、おれも以前お世話になったけど、俺が思っていた闇医者のイメージと違う普通の病院っぽい。
考えてみれば医師免許をもたないものでは、確保できない薬品類などがあって治療出来ない症状の患者が出てしまう。だから本業の医者をしながら闇医者も請け負っているという感じじゃ無いかと思う。
武田の両親が親分さんの命を受けた人によって病院に向かっていき、親分さんも部屋から出ていった。外の空気を吸いたくなったのでリュウタに言うと、池の見える縁側のある部屋に案内された。
気温は肌寒いけれど天気が良く空気も澄んでいた。武田の妹もスッキリしたからか縁側の下に置いてあったスリッパを履き、池の畔で泳ぐ鯉たちを見ていた。
俺は縁側に座っていたが、リュウタは武田の妹を守るように彼女の横に立っていた。
「お父さんとお母さんがあんなに思い詰めてたって知らなかった」
武田を殺して自分も死ぬという話がショックだったようだ。
ここに来る間に自分の気持を伝えると言って息巻いていたけど、父親が話している内容を聞いていたからか、ずっと大人しくしていた。
親分さんの家につくまでの態度は、親分さんの「バカ息子の死を望むか!」の問いに「あいつを殺して!」 と返答しそうな程の勢いがあったけど、父親が語った苦悩を聞き、親のエゴを尊重して激しい感情を抑えたのではないかと思う。
「ご両親は君を守りたかったんだろうね、そして君もご両親を守るために助けを求めた、その結果が今だよ」
俺の話す言葉が彼女の琴線に触れたようで、体を震わせながらさらにうつむいた。多分泣き出してしまったのだろう。
「コレ使って」
スッと武田の妹にハンカチを差し出したリュウタはすごく様になっていた。
武田の妹はリュウタの方を向いてハンカチを手に取り、そのまま立ち上がって倒れ混むように胸に飛び込んで大声をあげて泣き出した。
リュウタはさっきまでの紳士的な姿とは違い、わたわたしだして、挙動不審に手もバタバタさせていた。
「こういう時は、肩を抱き寄せて、素直に胸を貸すものだよ」
「えっ? あ・・・はい」
スッと真面目な顔になり武田の妹を包むように抱きしめるリュウタ。前世なら「もうお前ら付き合っちゃえよ」や「リア充マヂ◯ネ!」な展開じゃないかと思う。
武田の妹は主人公と同じ血を引いてるだけあって顔は非常に整っている。まだあどけなさが抜けていないし、最近の家の状態から髪が少し手入れが悪い感じだけれど美少女だ。
優しい手で武田の妹の頭を撫でているリュウタを見ていると、夜露に濡れて震えている汚れた捨て猫を抱き寄せているヤンキーの様な姿と重なる。
ユイが読んでる少女漫画だと、綾瀬の様な真面目優等生タイプがそれを目撃して、胸のあたりに手をおいて、横に吹き出しでトクンとかトゥンクとか書いてある時の奴だ。
あぁ「ドキーン!」と口に出ししまいそうな桃井のような元気ハツラツ娘のパターンもあったっけか?
残念ながらヤンキーは比べものにならないぐらい大物で、抱き寄せているのは猫ではなく少女で、目撃しているのは綾瀬では無く俺なので、そんな展開にならないし、もし胸からそんな音が聞こえたら不整脈を疑って俺も武田の両親を追って闇医者のいる病院に行かなければならないだろう。
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