第22話 平穏な生活を

 親分さんの家のチャイムを鳴らすと、いつも出てくる親分さんではなく、少し時間を開けて親分さんの家で働くお手伝いさんが門扉に現れた。


「権田リュウゾウさんに面会を取り付けています」

「うかがっております、案内いたします」


 お手伝いさんの誘導に従い奥に進む。 ついたのは、いつも俺が案内される客間っぽい部屋ではなく、重厚な作りの応接間だった。 二番座と呼ばれる格調の高い来客と応接する際に使われる部屋だと聞いた事がある。


「主を呼んで参ります、お掛けになってお待ち下さい」


 1番上座の席をあけ隣の席に俺が座り、その向かいに3人が座る。

 今日は親分さんが客を招いたのではなく、親分さんにお願いに来た立場で立ち回らなければならない。 だから1番の上座をあけ、仲介役の俺がその次、お願いする立場の武田の家族が下座という立場にする必要があった。


 席に座るとすぐに、カートを押した案内役とは別のお手伝いさんがやってきて俺たちに紅茶とお茶菓子を配っていく。

 お茶にひと口したところでノックの音がして「はい」と返事をすると親分さんとリュウタが入ってきた。

 俺が席を立つと、武田の両親が立ち、少し遅れて妹が立った。

 リュウタがお手伝いさんに目配せすると、お手伝いさんはさっと部屋から出ていった。 これからここで話す内容は周囲には漏らしてはならない内容になるからだ。


「リュウタ、儂も茶をくれ」

「はい」


 親分さんが席に座ったあと「楽にしてくれ」と言ったので席に座った。


「喉がかわいただろう、まずは1杯飲んで口を潤してから話をしよう」

「はい」

「おねがいします」


 親分さんが口をつけるのをまってから俺たちもお茶を飲み始めた。 こういう緊張感は何度経験しても完全にフラットな気持ちになることはない。 どうしても喉が渇くし脇の方から汗が出てしまう。


「こっちのリュウタから話を聞いているが、まずは立花からも聞きたい。 話してくれ」

「わかりました」


 俺は俺から見た武田の状態をなるべく詳細に話した。 武田の両親も初耳だと思われる合宿での状況や真田にカツアゲをしてリュウタの舎弟に追い返された事も話した。 綾瀬に頼まれてしていた事や聞いた事、この前の初詣の時の武田の妹の状態も話した。

 武田の父親は絶句し、母親は嗚咽を漏らし、妹は顔を憤怒に染め「あのクソ野郎」と呟いていた。


「ふむ・・・ではご家族の方から補足はあるかね」

「武田カイトの父親のケンジと言います。 隣に居るのが妻のサユリ、そして娘のシオリと言います。 本日は貴重な時間を頂き有難うございます」

「うむ」


 武田の父親は非常に丁寧な言い回しをする人物のようだ。 高い教養を持ち、しっかりと律した生活をしていた事が伺われる。 武田のような性格は彼らの家庭で作られたものではないと感じた。


「愚息カイトのことについて我々ではどうしようも無い状態になっております。 私はどうなっても構いません。 どうか家内と娘をお助け下さい」

「それは受け合おう」

「まず、カイトは小さい頃から頭のいい子でした。 1歳になる前には言葉を覚え、すぐに文字の読み書きと計算も出来るようになりました」

「それはものすごい神童だな」


 俺と同じ様に産まれた時から前世の記憶持ちだった事がほぼ確定だな。


「えぇ、そんな息子だからか、私達は過度な期待を抱いたと同時に、手のかからない子だったため、放任してしないました。 この年子である娘は少々やんちゃだったため、そちらの世話に注力してしまったということです」

「ふむ・・・ありそうな話だな」


 優秀な子だけを優遇するという話は聞くけど、この両親は反対の対応をしていた訳か。 


「カイトが中学校に上がったあたりから成績が落ち始めました、決して悪い成績ではなかったのですが、落胆した態度を見せなかった自信がありません」

「10で神童、15で才子、20過ぎれば只の人とはいうが・・・」


 俺と同じ様に前世で学んだ事だけでは追いつかなくなって来たんだろうな。 この世界の日本も、学校教育は努力を怠ればすぐに置いてかれる詰め込み型だからな。


「カイトの部屋から高校でのテストの結果表を見つけた時には驚いてしまいました。 学年最下位でしかも一桁点ばかり、でもカイトは俺は高校で伸びると言っていたので信じることにしました、実際に期末テストでは成績が伸び最下位では無くなっていましたから・・・」

「なるほど・・・」


 ちゃんと勉強をすればついていけたのだろうけど、武田はゲームの知識があれば大丈夫だと高をくくっていたっぽいな。 俺と同じ様に高校まで周囲を見ていただろうが、ゲームの幼少期パートの体験で手応えでも感じてしまって間違えたのかもしれない。


「カイトは夏休みに入ってから毎日勉強をして過ごしていました。これから伸びるという息子の言葉が本当なのかもと感じていました」


 学校での態度とは随分ちがいがあるけど、武田なりに考えたゲーム知識による行動だろうな。


「サッカーの夏合宿に向かうカイトは本当に楽しそうで私達は本当に幸せな気持ちで送り出したんです。 だからカイトが夏合宿1日目の夜に帰って来た時はとても驚きました」

「随分チグハグな印象を感じますな」

「えぇ、だから私達は理由を問い質そうとしました。 けれどカイトはハメられたとか被害者だと繰り返すだけで理解する事は出来ませんでした」


 覗きをして追い返されたとは言わなかったのか、一応羞恥の気持ちぐらいはあったんだな。


「何をしたのか話すことは無かったと?」

「えぇ・・・私達が知ったのは夏休みの最終日となる日に私達だけで学校に呼び出された時でした。 警察沙汰にし退学処分という話もありましたがカイトに謝罪させると言ってなんとか停学におさめてもらいました」

「ただの覗きで退学は重過ぎる気がするな」


 説明不足があるのを感じたので俺は補足する事にした。


「少し補足させてもらいます」

「立花、何かあるのか?」

「はい、あの合宿ではサッカー部と水泳部が同時に合宿所を使っていました。 水泳部の顧問とサッカー部の顧問は親子です。 覗かれたのは母親、捕まえたのは息子です。 母親を覗かれたうえ、居直られて罵倒された事で、息子であるサッカー部顧問が、絶対に警察沙汰にしてやると言っていたそうです。 校則に、警察沙汰になれば無条件で退学とあるのでそういう話になったのだと思います。 ご両親が武田カイトへ謝罪させると言ったので学校はおさめてくれたんだと思います」

「サッカー部の顧問の怒りを解く事が退学をさせないために必要だったんだな?」

「そうです」


 武田の両親は、何で学校があそこまで強硬な姿勢だったのか理解したようだ。


「学校から帰ったあと息子に問いただしましたが、自分は被害者だと言って話になりませんでした。 家内は泣き崩れ、娘はそれに寄り添い、私はカイトを殴り倒しました」

「親なら当然だな」


 前世で俺が死んだ頃の日本なら、すぐに体罰問題とか家庭内暴力という話になりそうだが、この世界の今の日本の教育は体罰主義が根強く残っている。 お利口な生徒が多い俺達の高校にはいないが、小学校と中学校にはお仕置き棒のようなものを持った教師が普通に教鞭を取っていた。


「カイトは私では無く家内を慮っている娘に殴りかかりました、私はカイトがここにいては大変なことになると思い、家内と娘に部屋から出るように言い、カイトを引きずって3万円入って居た札入れを押し付け玄関から追い出しました」

「そして警察に捕まったんですな」

「えぇ、私は会社に休暇を願い、泣き崩れる家内と、震える娘と共に過ごしたのですが、息子が心配で、宿泊出来そうな場所を訪ねていきました」

「立花に相談に来たという綾瀬というお嬢さんは、その訪ねた中にいた訳ですな」

「えぇ、彼女の家は隣同士で家族ぐるみの付き合いもあり、度々聞きに行っていましたから、心配してくれたんだと思います」


 それで綾瀬は武田が漫画喫茶に2泊したという情報を得ていたんだな。


「隣の家のお嬢さんから連絡を貰った時は既に警察から連絡が来ていて私が迎えに行っていました。 無銭飲食した店に代金の支払いと謝罪をし告訴を取り下げてもらって家に連れ帰ったのです」

「それで遠くの学校に転校させたと」

「もう家内と娘は限界でした。 家にカイトが居る状態では私も怖くて家を離れられません。 けれど私も仕事に戻って稼がねば家族を養えません。 カイトを連れ出さなければこの家は駄目になると思ったんです。 けれどカイトを少年刑務所に入れたいとは思わなかったんです。 だから私は嫌がる息子を押さえつけるようにその学校に連れて行き引き渡して来たわけです」

「ふむ・・・」


 それで北見県にある学校か・・・遠くの学校なのに良く探したな。それともそういう事で有名な学校なのか?


「結局カイトはその学校を逃げ出し、学校から連絡を受けた私達は警察に捜索願を出しました。 カイトは転がり込んだ先で問題を起こし、女性の仕事を奪ってしまいました」

「店も女性も脇が甘かったとは思いますな」

「私はカイトが犯罪者として裁かれ少年刑務所に行ってくれと願ってしまいました。 けれどカイトにお咎めは無く、結果としてカイトは帰って来ました。 さらにカイトが騙した女性が家に怒鳴り込んできて、様子を見に来た近所の人に全てを聞かれてしまいました」

「その女性はどうされた?」

「近所の人に通報されて連れていかれました。 けれどその女性から、家と近所にカイトの悪事が書かれた手紙が送られ続けています」

「相当恨まれてますな」


 俺も前世ではスーパーで店長をしていたから、パートの女性達の陰湿な苛めを目撃した事は何回かあった。 だからその時の事を思い出してねちっこく嫌がらせをされているんだろうなとなんとなく想像が出来た。


「元旦の日、私は隣のお嬢さんに頼んで娘を初詣に連れて行ってもらいました。 その日私は娘を見送ったあと、家内を近所の公園に連れていき、カイトを殺して自分も死ぬので娘を頼むという話をしていました」

「そこまで追い詰めておられたか・・・」


 近所の公園ってゲームに出てきた思い出の公園かな? メインヒロインである綾瀬との重要な場所なのに、両親がカイトとの無理心中を話す場になったとは、随分皮肉な事だな。


「けれど家に戻った時に丁度権田リュウタさんから電話があり、さらに帰ってきた娘の顔が明るくなっていたので希望を持ちました。 娘に向かいそうになる暴力を、私と家内が受け本日ここにやって参りました」


 俺が綾瀬に神社で声をかけられ無かったら、俺がファミレスに誘わなければ、リュウタとファミレスで遭遇しなければ、リュウタがすぐに武田の家に連絡を取らなければ、武田の家では取返しの付かない事が起こっていたって事か。 今ここに武田の両親がいるのは、まさに紙一重の奇跡だった訳だな。


「分かった! それでそのバカ息子をどうしたい? あんたらはどうなりたい?」

「カイトがいない平穏な生活を」

「バカ息子の死を望むか?」

「親のエゴですが生きていて欲しいと思います」

「あのバカ息子はこれからも周囲を不幸にするぞ?」

「権田の親分さんにお会いして欲が出てしまいました。 息子はどこかで生きている、そう思うだけで我々は家族として、お互いに息子を見殺しにしたと思われているのではと感じる事なく、平穏に暮らせるようになると信じております」

「うむ承知した!」


 武田の父親の話は終わったようだけど、俺は追加したい事があるので口に出すことにした。


「少しだけ追加したいことがあります」

「なんだ?」

「お嬢様は中学3年生です。 しかしこんな状態だったのでまともに受験できる状態ではないと思います。 彼女のフォローが必要です」

「なるほど・・・」


 親分さんは少し唸ってリュウタの方を見た。


「何か良案があるか?」

「そうですね、シオリさんを私と同じ高校に通わせるのはどうでしょう。 うちは私学ですし金さえ積めば入学させられます。 学力の方は家庭教師を付ければいいでしょう。 兄貴と同じ高校に入れる事も無理すれば可能ですが、さすがにあの野郎がいた高校では居心地が悪いでしょう。 それに兄貴の通う所は、うちと違い頭が良い生徒ばかりですから、学力が追いつかなかった時に要らぬ噂も立つでしょう。 それに私と同じ高校ならシオリさんに何があっても、私や舎弟が直接睨みを効かせられます。 万が一野郎が来ても私や舎弟が排除に動けます。 不安ならこの家から通って貰えばいいでしょう。 あの野郎はバカでしょうがウチに手を出す程愚かでは無いでしょう。 もし手をだして来たらそんときゃ二度と外を安心して出歩けなくするだけです」

「任せられるか?」

「お任せを!」


 リュウタが通っている高校は、俺が通っている高校の姉妹校だ。

 うちと同じく文武両道をうたうけれど、うちが偏差値偏重なのに対して、姉妹校はスポーツの方に力を入れている。

 俺の通う学校は金を積んで入っても学力が低いと浮いてしまう。 それに対して姉妹校は偏差値が低くてもスポーツ推薦などで入っている生徒がいるので浮かないだろう。


 まずは武田の妹の平穏が確保されたので。 あとは両親の安全と平穏を確保する話になるだろう。

 それにしてもリュウタってこんなに丁寧な外向きの話し方が出来たんだな。 でもリュウタが俺を兄貴と言ったため、武田の両親と妹が俺をギョッとした顔で見て来たので、誤解を与えてしまってないか少し不安になった。

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