第21話 既知との遭遇

 2日の朝から3日の夕方まで義父の運転する車で祖父母家巡りをした。

 俺の親父とお袋、ユイの父親と母親、それぞれの実家が2箇所あるため計4箇所を回る事になり結構駆け足だった。

 お袋も義父も4日に御用始めする職場に勤務しているため仕方ないとはいえ、お年玉だけ貰って帰っているようで心苦しさを感じてしまう。

 

 前世の俺は女性との縁が実を結ぶ事は無く、兄の子である甥っ子や姪っ子とさらにその子供達にお年玉をあげ続けているだけの立場だった。 お年玉を受け取る際も近づきもしない子もいたし、来ても貰うのは当然という態度で、なんとなく虚しさのような気分を味わった事も多かった。

 だから俺は、お年玉を催促せず、頂く際はきちんと感謝を述べ、義理も含め祖父母達に最近の出来事を話すようにしている。

 しっかりした子だねとか、頑張ってるねと言ってくれる祖父母達ではあったが、俺がお年玉に感謝しているという気持ちは伝わってくれただろうか。

 もっと近ければ会いに行けるけれど、駿河県にあるお袋とユイの母親の実家と、遠江県にある義父とユイの父親の実家は、それぞれ別の一級河川の上流部を登った先の山間部にある小さな集落にあるため交通の便が悪く、義父に車を出して貰わないと行き来が困難で、盆と正月ぐらいしか来れていない状態だった。

 さらに去年はお盆が高校の夏合宿と重なっていて俺だけ回れず今年は本当にお年玉を貰って帰ったような感覚がして申し訳が無く感じていた。


 親父とユイの母親の眠る墓にお参りとお供えの際にはお盆で来れなかった事を詫びる気持ちで少しだけ熱心に墓の周りの掃除をした。

 ユイは、母親が眠る墓に線香を備える際、いつも熱心に黙とうをささげる。 今年は小雨が降っていて傘を差していたのだけど、あまりに熱心に黙とうを続けるので傘が少しづつ傾いてしまい肩を濡らし始めてしまった。 俺の傘をユイの方に寄せて肩の濡れを防いだけれど、まだ母親の死という心の傷は深いんだなと思った。


ーーー


 祖父母家巡りから帰った日、俺は夜中にこっそり家を抜け出し、学校の裏山を懐中電灯の明かりを頼りに捜索した。 実はゲームの5作目となる続編に異能が使えるヒロインが出るのだが、出現条件は初期登場キャラを全員攻略して、そのデータを引き継いだ状態で最初からプレイし、天文部に所属して文化祭の展示物に「できが良かった」と自画自賛させるほど熱心に活動させ、1年目の1月4日の早朝に起こる流星群を見に周囲の明かりの少ない学校の裏山に行って、そこで空を見上げている少女に出会うというイベントを起こす必要があった。

 少女に数回話しかけ会話をするのだが、突然気絶させられ、気がついたら太陽が高かったといった描写になるのだが、その出会った少女は2年目に1年生として入学して来て、主人公に特殊な力があると伝えてくる。

 その少女は実は宇宙人で、他のヒロインたちもそれぞれ未来人、超能力者、異世界人だったという事が分かり、異能力バトルを始めるといった恋愛シミュレーションはどこにいったといった展開のSRPG的なゲームになる。

 ちなみに主人公が目覚めた異能は、他の異能の力の影響を無かった事にするという異能と描写されていた。 作中に言及は無かったけれど、その異能のおかげで襲いかかって来るヒロインと戦う事ができ、戦闘後に宇宙人ヒロインが戦闘終了後に他の異能力者に記憶操作のような異能を使って異能を使えなくするのだ。

 その様子から主人公は出会いの時にその宇宙人ヒロインの記憶操作を食らったけど、かわす事が出来ていたのではと攻略サイトには記載されていた。

 宇宙人ヒロインは全てのヒロインを撃退すると卒業式に主人公についてきて欲しいといって来る、応じると宇宙に連れていかれるといった終わりとなり、応じないと通常のどのヒロインとも結ばれないエンドになるだけだ。


 裏山を捜索していると、信じられない事に本当に学校の制服を着た宇宙人ヒロインがそこにいた。 未知との遭遇の瞬間ではあるが、ゲームでは既知でもあるのでそれにならって接触してみる事にした。


「君も空を見に来たのかい?」


 ゲームの主人公の台詞にならい、同じ台詞を言って俺は近づいた。 首を傾げた少女は制服のポケットから何かを取り出そうとした。


「まって!」


 それは宇宙人ヒロインが記憶を操作する時にするアクションだ。 ゲームなら数回会話した後にそのアクションをされる筈だった。


 静止の声は無視されてしまいバチっという音が頭の中でしたと思ったら目が眩むほどの光を眼球に感じ、気がついたらその場に寝転んだ状態で周囲が明るくなっていた。


「寒っ」


 太陽がそれなりに高くあがっていて日はとっくに明けて居る事が分かった。 どうやら気絶させられて放置されたらしい。 こんな寒空にしばらく寝転んでいた訳で、風邪を引いてても仕方ないぐらいに体が冷えている。 それに服の背中側が露に濡れてベッチャリしていてさらに体温を奪っていく。


「やべっ!」


 そういえば昼あとに、武田の両親と妹と一緒に、親分さんの所に行くことになっていた。

 体が熱っぽい気がするけど倒れるわけにはいかない。 急いで家に帰って熱い風呂にでも入って武田の家に向かわないと。


---


「ただいま」

「お兄ちゃんどこ行ってたの? お父さんとユイカさん、仕事いったけどお兄ちゃんが居ない事を心配してたよ? っていうか背中汚れてるじゃん!」

「体が冷えてるんだ、風呂に入るから質問はその後にしてくれ」

「分かった・・・」


 聞き分けが良いから助かったけど言い訳を考えないといけないな。 宇宙人に会ってきたなんて言っても信じて貰えない。 それにしても記憶がちゃんとあるな。 もしかして俺も異能を受け付けないという力があるのか?


 着ていたものを脱いだあと、ダウンジャケット以外を全て洗濯乾燥機に入れたあと、スイッチを入れた。

 風呂場のスイッチを入れてシャワーからお湯を流す。 肌がピリピリチクチクなるぐらい熱い湯を頭から浴びる。

 ある程度温まったら足の方にお湯をかけ温めていく。

 そのまま足湯にしてじっとりと汗をかくまで温めたいけど既に9時半、30分以内に出発しないと親分さんの家に午後1時という約束に遅れる事になってしまう。


 皮膚の表面が赤くなるほど熱いお湯をかけ続け、体に火照りを感じだしたので体を洗い流し、シャワーを止めて風呂場を出る。


「ユイ! 着替え忘れた! 適当に持ってきてくれ!」

「はーい」


 体を拭いてドライヤーで髪を乾かしている間にユイが着替えを持ってきてくれたので扉の隙間から受け取る。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 下着とシャツとズボンは良いけれど、他の服は親分さんの所に行くのはラフすぎる。


「そのトレーナーじゃだめ?」

「今から親分さんの所に行くからもっとパリっとしたものが良いんだよ」

「えっ!? 親分さん!? お兄ちゃん何か大変な事でもあったの!?」

「武田の件で相談に行くんだよ」

「あっ、それでシオリちゃん元気になってたの?」

「そういう事」


 ユイは随分と察しが良いようだ。


「でも何で泥だらけで帰って来たの?」

「それはちょっと話せないな」

「何か危ないことしてないでしょうね?」

「大丈夫だよ」

「それなら良いけどさ・・・」


 ユイは腑に落ちないといった顔をしているけど親分さんがらみだと思ったようで追求をやめてくれた。


「急がないと待ち合わせ時間に遅れるから詳しい事は帰って来てからな」

「はいはい、私は勉強してますよ」

「プリン買って来てやるから頑張れな」

「はーい」


 部屋に戻ってワイシャツ、カーディガン、ネクタイ、ロングコートと学校帰りではないとき出向く服を着て家を出てバス停に向かって歩いた。 幸い熱い湯をかぶったおかげか寒気がおさまっていて、体が大事に至って無いことに安心した。


---


 駅までバスで向かい、綾瀬に言われた公園のある方向に行く。 公園に付くと確かにゲームで見た思い出の公園だ。 ゲームの描写だと綺麗なイメージだけど、コンクリートは黒ずんでるし、フェンスとかは浮き錆がすごいし、遊具なんか古ぼけてる。 その辺はドット絵のグラでは表現しきれなかった部分なんだろう。


 思い出の公園の周囲を見回すと、ゲームの綾瀬の家と同じ赤い屋根の家が一軒だけあった。

 表札を見ると綾瀬と書かれているので、ここが彼女の家なのだろう。

 ピンクのカーテンが引かれている綾瀬の部屋の向かいが武田の部屋の筈だ。 つまりそっち側の家が武田の家なのだろう。

 表札を確認すると武田と書かれていて予想が当たっていた事が分かった。


 武田の部屋からは玄関の方は見えない。 部屋に引きこもっているなら、俺が訪ねても気が付かれる恐れは少ないだろうが声によってバレる恐れを回避するため電話で呼び出しする事にした。

 俺は公園の方に戻り、そこにあった公衆電話から武田の家に電話をかけた。


「もしもし、武田です」

「もしもし、武田シオリさんのお母様でしょうか」

「は、はいそうですっ」

「立花タカシと申します。 家の近くの公衆電話からかけています。 シオリさんから聞いてると思いますが準備はよろしいでしょうか」

「は、はい! 聞いています、すぐに向かいます」


 どうやら親分さんかリュウタから既に連絡が行っているようだ。

 1分もしない内によそ行きの格好をした武田の両親らしい2人と武田の妹が家から出てきた。


 俺は口に人差し指を当てて喋らないようジェスチャーをすると、武田の家の窓の死角になる方に誘導し、家から充分離れた所で声を出した。


「これから権田の親分さんの家に向かいます。 ショッピング街近くの地元ではヤクザの家と言われてる塀の高い家はわかりますか?」

「は、はい!」

「そこまで歩いて行くので着いてきて下さい」

「分かりました」

「それと俺の事や権田の親分さんの事は周囲には、特に息子さんに聞かれないように注意してください」

「権田リュウタさんからも似た話を聞いています」

「待ち合わせの時間には間に合いますのでゆっくりと向かいましょう」

「はい」


 どうやら武田の両親は武田から暴力を受けていたようだ。 母親の顔には青アザがあるし手には包帯を巻いている。 父親足を引きずっているけど大丈夫だろうか。


「タクシーを呼びますか?」

「いえ大丈夫です」


 15分もかからない距離だけど心配だ。 場合によっては背負って歩こう。


「手を上げられていたようですが病院には行かれてますか?」

「いえ・・・」

「落ち着いたら行って下さい、何かあったらシオリさんが悲しみますから」

「ありがとうございます」


 武田の両親は恐縮していた。 あの武田の親とは思えないしっかりした人に思える。


「あいつ、お父さんに勝てないもんだから、お父さんが仕事に行ってる時にお母さんを殴ってやがったんだよ」

「卑怯な・・・」

「お父さんの足はあいつがバットを持ち出して来たときに私をかばってやられたんだよ」

「酷いな・・・」

「あんな奴、家族じゃない」

「今日はその気持ちを権田の親分に伝えるんだよ」

「うん!」


 武田の妹はとても強い怒りを感じているようだ。 恋愛シミュレーションゲームの主人公って高い成長力を持ち、周囲を惹きつける力を持った愛される存在だ。 こんな風に思われる存在では決して無い。


「どうしてあの子はこうなっちゃったんでしょう・・・」


 武田の母親の嘆きの呟きが聞こえてきた。

 もし奴が俺と同じように別の人間が転生したものなら、生まれた時から人格が定まっていたと思う。 だから武田の母親が頑張っても修正は無理だったのではないだろうか。 その事を俺は伝える事ができないけれど、なんとか気持ちを楽にさせてやることはできないだろうか。

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