第20話 すぐ来る

 神社は盛況だったが、花火大会の時に比べれば込み合ってはいない。 始まりと終わりの時間に人の流れが集中する花火大会と違い、三が日という比較的長い期間に人手が分散するため行き来するのが困難という事態にはならないようだ。

 それでも賽銭箱が置かれている周辺は人が溜まりやすいためか混雑していた。 遠くからお賽銭を投げている人もいたけれど、やはり鐘をならして目の前で祈りたい。なんとか前に進む人の背についていき社殿の前辿り付く。


「えいっ」


 ユイはダーツを打つような感じで上から投げ入れていた。 下から放物線を描くように投げた方が良いと思うが、ちゃんと収まるなら気にしなくて良いだろう。

 賽銭を入れて紐を引きガラガラと鐘を鳴らして、二礼二拍手して学業成就を願った 。一礼して社殿の前から下がり、その後社務所横の巫女服を着た女性達がいる場所でおみくじを引いた。

 俺が末吉でユイが吉だった。 ユイの結果が良いもので良かった。 ここでユイに凶や大凶が出たら、親分にお願いして、この神社で最も偉い人に一晩ぐらいはお祓いしてもらわなければならなかった。


「まずまずの結果じゃないか?」

「良縁、来るだって!」

「学問、励めばなるの方が大事だろ!」

「でも待ち人、待てって矛盾してない?」


 だから何で受験生がおみくじの恋愛関係を重視する?


「待てば来るって事じゃないか?」

「お兄ちゃんは?」

「見て良いよ」


 ユイが俺のおみくじを見るのは毎年の事なので素直に渡す。


「どれどれ・・・良縁、大事にせよ、待ち人、近くにぬる?」

「ゐるだよ・・・」

「えっと・・・お兄ちゃんの近くにいるのはオルカちゃんの事だね、大事にしてね」


 だから何で恋愛関係に興味を抱く?


「末に叶う、末に見つかる、末に治る・・・他は末ばっかだね」

「末吉だからな」

「今から上がってくって事だよね?」


 大吉は今が最高って意味なので、これから落ちていかないように要努力って言う人もいるしな。伸び代で言えば末吉は最高かもしれない。


「今が悪いと思わないんだがなぁ・・・」

「今よりもっと良くなるなんでしょ?」

「だったらいいね」


 おみくじを縛る場所に結んだあと、俺は絵馬と学業成就のお守りを買った。 ユイは絵馬は同じだけど学業成就と合格祈願の2つのお守りを買い受験の必勝体制だ。 去年も買っていた恋愛成就のお守りを今年も買って居るけれど、今は恋愛より受験だと思うぞ。


「合格祈願まで買うとは念入りだな」

「余裕で合格圏だったお兄ちゃんと違って、私はギリギリなんだよっ!」

「それは今までの積み重ねだね」

「むぅ・・・」


 ユイはスラっと背が高く顔が綺麗系なので、ぷくっと頬を膨らませるような仕草があまり似合わない。 行動や発言は可愛い感じなのでギャップがある。 そういうのはオルカのように可愛い系の方が似合っている。


「あら? 立花君も来てたのね」

「ん? 偶然だな、明けましておめでとう」

「明けましておめでとう、今年もよろしくね」


 ペンを借りて絵馬に、頭が良くなりますように、ユイが合格しますようにと書いたあと絵馬をかけていると、偶然クラスメイトの綾瀬もお参りに来ていたらしく、声をかけられた。 綾瀬が着ているのは振り袖で、ゲームで着ていたものと同じデザインのものだった。


「一緒にいるのは妹か?」

「私の妹じゃないわ、武田君の妹さんよ」

「あぁ武田の妹か・・・去年は大変だったな」

「気晴らしに連れて来たのよ」

「武田は?」

「部屋に引きこもってるらしいわ」

「なるほどな・・・」


 新年でも引きこもりか。 それはさぞ家の雰囲気が暗く沈んでいるだろうな。


「立花君の後ろにいるのは妹さん?」

「あぁ、妹のユイだ」

「はじめまして立花ユイです」

「お兄さんのクラスメイトの綾瀬カオリよ」


 ゲーム中では1番可愛いのが桃井、綺麗なのがユイ、両方兼ね備えているのが綾瀬って言われてたな。この顔合わせが並ぶとなかなか破壊力がある。


「綾瀬は新入生代表で、中間期末とずっと学年1位を続けてる人だ」

「綺麗なだけじゃなく頭も良いなんてすごい・・・」

「ユイさんも背が高くてモデルさんみたいにキレイじゃない」

「自慢の妹だな」

「お兄ちゃんたらもぅ・・・」

「仲が良いのね・・・」

「まぁな」


 俺達の様子に何か思うことがあるのか、武田の妹が泣きそうな顔になっていた。


「すまん、無神経だったな・・・」

「あっ・・・」


 綾瀬も、兄妹仲良くしている構図が、武田の妹には鬼門の話題になっていた事に気がついたらしい。 


「どこか甘いものでも食べに行くか? お詫びに奢るぞ?」

「シオリ・・・どうする?」


 武田の妹は涙を溜めて何かを堪えているようだった。 助けて欲しいけれど、どうしたら良いのか分からない、そんな感じに見えた。 前世のスーパーのエリアマネージャーをしていた時、大型商業施設の一角の店舗に迷い込んで、母親を探している子供がこんな表情をしていた。 あの時の子供と違い武田の妹は半分大人だからか話しかけたら大声で泣き出す事は無いと思うけど、内に秘める気持ちは同じ状態なのだと思った。


「ほら行こう! 駅前のファミレスなら年中無休だしやってるだろ」

「ちょっと立花君!?」

「お兄ちゃんちょっと待って!」


 俺は少し強引に武田の妹の手を引いて神社の出口に向かって歩き出した。 迷子の子供をセンターに連れていき、暖かい場所に座らせ、甘いお菓子を与えて安心させ名前を聞き出した、あの時のやり方だ。

 まだ絵馬を手に持ったままだったユイがわたわたと絵馬をかけ、駆け足で追い掛けて来て後ろを歩く綾瀬に並んだ。


「強引ねぇ」

「女の涙には弱いんだ」

「男なのねぇ」

「知り合いから正道を行く漢だと言われてるなぁ」


 親分さんに言われた言葉を思い出し、反射的にそう答えていた。


「正道? どういう意味?」

「俺にも良く分からないんだ」

「何それ?」

「俺もそう思ってる」


 親分さん達が歩いてる道が極道か邪道かは分からないけれど、正道はその逆である道である事しか分からない。


「立花君って変な人ね」

「俺もそう思う」

「認めちゃうんだ・・・」


 綾瀬の呆れた様な声と共にため息が聞こえたけれど気にせず進んだ。

 綾瀬は振り袖なので、それに合わせているのでゆっくりと歩いてはいる。 振り向きはしないけど靴とは違う足音が遠ざからないのでペースは間違ってはいない筈だ。


「綾瀬の家は近所なのか?」

「あっちの方に少しだけ歩くけどそんなに遠くないわ」


 駅前からショッピング街を抜けてしばらく歩いたあたりか・・・確か古ぼけた小さな公園あったな。 確か主人公とヒロインには近所に思い出の公園っていう場所があったので、その小さな公園がその思い出の公園なのだろうか。


「振り袖で歩くのは大変じゃないか?」

「少しだけこれを着たまま来た事を後悔してるわ」

「綾瀬って良い所のお嬢様?」

「まさかっ!」

「綺麗に着付けているしそうなのかと思ったよ」

「母が着付けの先生をしてるのよ」

「なるほどなぁ」


 ゲームでは主人公の家の窓から綾瀬の家が見えていたけれど、普通のサラリーマンの家みたいな感じだった。けれど毎年初詣に誘うと振袖を着て登場する。

 時代的に高校生で正月に振袖を着るのは一般的では無い。 いいところのお嬢様か、一部の大学生以上の人がおしゃれで着ているぐらいなので違和感があった。 けれど綾瀬の母親が着付けの先生をしていると言うならその理由には納得出来た。


 駅前近くのショッピング街の側にあるファミレスは、お昼時間前だというのに待ち時間がある程度には混雑していた。 それでもタイミングが良かったようで10分もしない内に席に案内された。


「俺はフルーツパンケーキにするかな」

「私はいちごのパフェ」

「私も同じにするわ」

「これ・・・」


 武田の妹が指さしたのもいちごのパフェだった。 すぐにチャイムを鳴らして店員を呼ぶが、混んでるためか来るまでに5分ぐらい待たされてしまった。


「お呼びでしょうか」

「ドリンクバー4つとフルーツパンケーキ1つといちごのパフェ3つお願いします」

「繰り返します、ドリンクバー4つ、フルーツパンケーキ1つ、いちごのパフェ3つでよろしいですか?」

「はいお願いします」

「ドリンクバーはセルフサービスでお願いします」


 店員はそういうと伝票を置いて席から離れていった。


「お兄ちゃん私トイレに行ってくるから温かい紅茶お願い」

「はいよ」

「私もお願いしても良いかしら」


 綾瀬は少し顔を赤らめていたのでユイと同じなのだろう、振り袖の人がどうやってトイレで済ますのかわからないけれど、聞くわけにはいかないので了承した。


「言ってくれれば取ってくるぞ?」

「行く・・・」


 武田の妹は席から立って俺について来た。 俺がマグカップにホットコーヒー1つと、ホットティーを入れている間に、武田の妹はハーブティーのティーパックをマグカップにチャポチャポしていた。


 4つのカップとミルクとスティックシュガーをお盆に乗せて席まで行くと、武田の妹は自身の席に座り、ハーブティーのマグカップを手ではさんでそれをジッと見ていた。

 俺が1杯のコーヒーをお代わりしている間にもその状態を維持していて、何か考え込んでいるようだった。


「着崩れた振り袖を直すのは時間がかかるのかな?」


 武田の妹はマグカップから目を離し俺の目をジッと見て来た。


「兄貴っ! 偶然ですねっ!」

「リュウタか、明けましておめでとう」

「あっ! おめでとうです!」


 突然声をかけて来たのはリュウタだ。 ここら辺はリュウタの活動範囲ではあるけど、こんな店にも入るんだな。


「そっちの家に挨拶に行きたいけど行っても良いか?」

「あー・・・しばらくは親父のスケジュールは埋まってますからねぇ、三が日も過ぎれば落ち着いて来ますが」

「明日と明後日は俺も両親の実家に挨拶行くから丁度いいな」

「そうですか、それなら4日の昼頃抑えておきやす」

「よろしく頼む」


 リュウタは俺から目を離すと武田の妹に目線を合わせて俺に質問して来た。


「こちらの可愛いお嬢さんは兄貴のツレですか? 顔色が悪いようですがお車手配しやしょうか?」


 さすが多くの舎弟をまとめてるリュウタ、心の機微を見抜く能力が高い。


「あぁ・・・彼女は武田カイトの妹なんだ・・・」

「武田カイト・・・?あぁ! 以前兄貴の手を煩わせた奴ですか?」

「おい! 奴の妹の前だぞ!」

「あっ・・・すいやせん」


 さっき、さすがリュウタと思ったばかりなのに、失言をして俺の感心を帳消しにしてしまった。 武田の妹も、怯えているし、俺とリュウタの会話から、俺達が武田に何かしたと思ったのだろう。


「君の兄が家出した時、俺は君の兄とクラスの席が近かったから、綾瀬から心当たりが無いか聞かれたんだよ。 この近辺の漫画喫茶にいたって聞いてたから、周辺の事に詳しいこのリュウタに尋ねたんだ。 それでリュウタがお兄さんが警察に捕まってるって調べてくれて、それを聞いた俺が電話で綾瀬に教えたんだよ」

「あ・・・」


 少しだけ歪曲しているけど、大まかには間違っていない内容で説明した。 カツアゲしてるところをリュウタの舎弟に止められたなんて言えないからな。


「武田の奴が捕まる前に探せれば良かったんだけどね・・・」

「無理ですよ! 兄貴から聞いた時には既に捕まってたんですから」

「まぁそうなんだが・・・」

「それで今は奴は帰って来てるんでしょ? 何でこんなに可愛い顔を暗くしてるんです?」


 ちょいちょいリュウタは武田の妹を可愛いって言うな。 タイプなのか?


「あぁ・・・あのあと武田は高校を退学になって、遠くの全寮制の高校に転入したんだが、そこで暴力事件起こして失踪したんだよ」

「またですか・・・どこにいるか調べときやしょうか?」

「いや、見つかったんだが、1人の女の人生をメチャクチャにしちまったらしくてな、その女がこの子の家に怒鳴り込んできたらしいんだ」

「はぁ・・・」


 武田のしでかしを聞いてリュウタもしかめ面をして不快感を示した。


「それで近所に悪い噂が出回っちまって居心地が悪いみたいなんだよ」

「なるほど・・・それで兄貴はどうしたいんで?」


 どうしたいといわれても特に関心は無いな。ただ巻き込まれた状態の家族は可愛そうだと思う。


「武田カイトの奴は自業自得だが、この子には罪がない。 中学校3年で受験も控えている大事な時期だ。 だからそういったものから守ってやりたいと思って事情を聞こうとしてたんだよ」

「なるほど・・・それで武田カイトの野郎は今どこにいるんで?」

「この子の家で引きこもってるらしいんだよ」

「なら、まずはそっちをなんとかしないとならなそうですね」

「そうなのか?」

「えぇ・・・この子の様子から家にも居場所が無くなってるんじゃ無いですかい? 両親やこの子に手をあげているとか・・・」


 その時ビクッと武田の妹が反応した。どうやら図星だったようだ。


「兄貴がうちに来る時、この子の両親も連れて来てもらったらどうです? 親父に腹を割って話して貰えれば良い案くれると思いますよ」

「シオリさん・・・どうだい?」

「・・・」


 武田の妹はどうしたら良いか戸惑ってる感じだな。


「お嬢さんの事は俺が絶対に守りやすよ?」

「こいつは言う事を絶対に守るぞ」

「おね・・・がい・・・」


 やっと武田の妹の意思ある言葉を聞いた気がする。 俺とリュウタが頷きあってから武田の妹の顔を見ると虚ろだった目が大きく見開いていて、突然口を開けた。


「助けてっ!」

「承知!」


 武田の妹の叫びに店がシンと静まり返り、周囲に座っている客が俺達を凝視していた。 けれどリュウタは武田の妹の頭を笑顔で撫でていて、武田の妹はそれを上目遣いに見ながら赤面しながら身を委ねている状態なので、次第にもとの喧騒に戻った。

 それにしても、これって前世のスーパーにいた若い主婦パートが「無いわー」と言っていたナデポニコポという奴じゃないのか? 目の前に有るんだが。 同じく「無いわー」って言っていた壁ドンとやらもどこかに有りそうだな。

 それとも女子大生のバイトが言っていた「ただしイケメンに限る」って奴か?


 リュウタは一緒に店に来ていたらしい舎弟達に声をかけ店を出ていった。 武田の妹はポーッとした顔でリュウタの事を見ているのは完全に惚れているのでは無いだろうか。 イカツイ顔で眼光が鋭く一見怖いけど整っているし、佇まいは男の俺が見てもカッコいいと思うし、舎弟を従える様子から頼りがいが溢れていて存在そのものがイケメンだ。


「待たせたわね」

「ごめん着付け直すの手伝ってて時間かかっちゃった」

「料理もまだ来てないし大丈夫だよ」

「シオリ、なんか元気になってない?」

「お兄ちゃん何かしたの?」

「俺は何もしてないよ」

「そうかしら?」

「怪しい・・・」


 武田の妹はポーッとした顔でリュウタが出ていった店のドアの方を見ていた。

 もし武田の妹が神社でおみくじを引いていたのなら、良縁も待ち人も、すぐ来ると書いてあったんじゃないだろうか。

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