第19話 行く年来る年

 バスケのウィンターカップ予選は1回戦を突破し決勝リーグまでは行ったけど、1勝2負けで3位という結果となり本戦へ進む事ができなかった。

 決勝トーナメントで唯一勝った相手がインターハイ予選で負けた高校だったらしく、チームメイト達は雪辱を果たせたと結果に満足していた。


 ウィンターカップ予選で1位となり本選に出場したのはリュウタが通う、俺の通う高校の姉妹校だった。 ゲームでは、団体系の運動部に所属すると、高校3年の総体の県予選決勝で当たるのは必ずその高校になる。 ゲームの設定通り、男子バスケでもその高校は県下一の強豪校であるようだ。


 俺はどこが秘密兵器なんだと思うぐらいに初戦からフルタイム出場し続け、チーム内では一番得点をあげた選手になっていた。

 1番背が高いからジャンプボールでスタメンになるのはまだ分かるけど、全然メンバーチェンジで交代の声がかからない。

 最後の試合では秘密なんか全く無くなり2人のマークが付いて警戒されてた。

 縦の動きは良いけど横の動きは苦手で、2人もマークがつくと振り切る事が出来なかった。

 立花って名前と客席にユイが応援に来ている事で、相手チームの人から「あの立花の兄か!」って勘づかれていた。


 決勝リーグでは1戦目から意識されていてマークがついていた。 もっと慎重に出してくれてさえいれば、決勝リーグではもう1戦勝っていて得失点差で本戦に行けた可能性があったのではと考えてしまった。

 

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 期末試験が終わり冬休みが近づいてきた。

 クリスマスイブの日はケーキとフライドチキンという名の鶏の唐揚げでホームパーティを行うが、ユイが高校入試の追い込み中なので、あまり盛り上がり過ぎないようにやろうという話になっていた。


 終業式の直前に綾瀬から武田の消息について教えられていた。

 高校で暴力事件を起こして逃走したと聞き、武田の両親は捜索願を出していたらしい。 そして見つかった時は高校からそこそこ離れた繁華街で、ホストになっていたらしい。

 さらに客である女性の家に転がり込んでいたらしく。 武田を雇っていた店と客の女は青少年保護育成条例違反で取り調べを受けたらしい。

 しかし武田は自身の年齢を偽っていたらしくその人たちは不起訴処分になるんじゃないかとの事だった。

 ただ女性は勤めていた会社にバレてしまい、かなりお堅い職場だったようで懲戒解雇を食らったそうだ。


 武田の両親は武田が保護された事を綾瀬の家にも黙っていたそうだが、武田が転がり込んでいた所の女性が武田の家に怒鳴り込んで来て大騒ぎした事で近所にその経緯がバレてしまったそうだ。

 武田の両親は近所で相当肩身が狭い状態になっていて、妹さんもその日から学校に行けていないらしい。


 武田の家族のあまりに不憫な状態に気の毒にと感じてしまった。

 行動を鑑みるに、武田は俺と同じゲームの知識を持っている。 けれど、考え方が幼くて軽率だ。 電話のディスプレイに相手の名前が出て来る時代の行動をしていた事からも、俺が死んだ時期と近い時代の人間では無いかと思う。

 武田の社会的な常識の無さから経験の少なさを感じてしまう。 前世は10代から20代で亡くなった若者だったのかもしれない。

 そういえばその世代でスーパーにバイトの面接に来て俺が採用した子で、自身の非を他人のせいにして、意味が分からない憤慨をして、連絡もなく突然辞めた子がいた。

 その子の家に電話したら疲れ切ったような両親が謝りに来たのを今でも覚えている。 もし彼のような若い人が死んで転生しているなら、武田のあの状態は良く分かる。

 けれど若いのならこの世界のゲームとしての知識を持ってる理由が分からない。 もしそうなら武田は30年以上前の忘れ去られたようなゲームを詳細に思い出せる程プレイしていたという事なのだから。


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 終業式のあと、オルカは父親の所に行くといって空港に行き飛行機に乗って渡米していった。 ゲームでは電話でオルカを初詣に誘うといった事が出来るので、正月にいなくなるのは明らかにそれと違う行動という事になる。

 俺宛の年賀状はもう投函してると言ってるので元旦には届くのだろう。 俺もユイも1通づつ書いて投函しているけれど、オルカが読むのは日本に帰って来たあとになる。


 クリスマスイブの日の夜はケーキを食べ、お袋と義父からプレゼントを貰った。 俺は参考書が買えるよう図書カードを貰い、ユイは部屋で音楽が聞きたいと言ってミニコンポを貰った。

 受験がまだ先の俺と、現在受験生のユイのプレゼントが逆じゃ無いかと思ったけど、お袋と義父が俺達の希望を聞き用意してくれたものなので有り難く受け取った。


 ユイは予備校の集中講座を受け、家でも受験勉強に集中して居たけれど、息が詰まるのか時々「バスケがしたい・・・」と言って、俺を公園に誘って来た。 俺はバスケ部での練習と、試合に出た経験のお陰か、結構上達しており、練習不足で鈍り気味のユイに対抗出来てしまっていた。 けれど今はユイの自信を失わさせる訳にはいかない。 ストレス発散させる事を考えてシュートミスやスティールされるのを増やしてギリギリ負けるようにしていた。


「お兄ちゃん上手くなったね」

「今のユイは練習不足で体が重そうだ」

「体重は増えてないよっ!」

「そうか? 二の腕少しプニってないか?」

「お兄ちゃんデリカシーが無いよっ!」

「お雑煮の餅は控え目にな」

「うっ!」


 お袋がパン用のこね機で蒸した餅米を捏ねて、鏡餅と切り餅を作っていたのだが、つきたての餅が大好きなユイは、味見と称して安倍川にして4つも平らげていた。 毎日の様にバスケの練習をしていた時期ならともかく、机に齧りついている今の状態ではカロリーオーバーだろう。


「推薦受けておけば、バスケし放題だったのにな」

「お兄ちゃんやオルカちゃんと同じ高校に通いたいんだから仕方ないんじゃない!」

「それは楽しみではあるんだがな・・・」


 ユイはやれば出来る子だったようで、部の引退後から急激に成績を伸ばし、今では合格ギリギリのちょっと下ぐらいまでにはなっている。

 全国大会出場チームを主将として引っ張ったという実績は内申点の上積みが見込めるし、それ込みで考えれば合格ラインを超えているんじゃないかと思う。


「初詣の神社で学業成就のお願いしような」

「もうっ!」


 ゲームでは、神社でのお祈りは効果があるものだった。 社殿で祈る時に恋愛成就、学業成就、健康成就のどれを願うか選択肢があり、その関連のパラメーターが上昇する。 例えば恋愛成就は一緒に初詣に行ったヒロインとの好感度の上昇と容姿のステータス向上があった、学業成就では理系と文系の学力があがり、健康成就では体力の上昇とストレスの低下とバッドステータスの解消という効果があった。 その後に引くおみくじの結果により上昇量が変化するが、大凶であろうとマイナス効果にはならなかった。 俺はこの街に越して来た年から学業成就を願い、おみくじを引いて、絵馬に「頭が良くなりますように」と書き、学業成就のお守りを買っていた。

 効果が出ているのかは不明だけど、前世のアドバンテージが通用しなくなって来ている高校においても成績上位を維持できているのは、ご利益のおかげかもしれないと思っている。


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「明けましておめでとう」

「「「おめでとう!」」」


 義父の音頭に合わせて全員でおめでとうを言い合うのが立花家式の正月だ。


「はい、私達からお年玉」

「無駄遣いするんじゃないぞ?」

「「ありがとう」」


 小学生は1000円、中学生は3000円、高校生は5000円というのが義父の実家の方針で決まっていて、俺のポチ袋から、太古の政治家の肖像画が描かれたお札が1枚入っていた。 ユイのポチ袋には前世の日本と違う初代総理大臣の描かれたお札が3枚。

 お札の柄は前世と随分違うけれど価値と偽造防止技術はほぼ同じだ。 そのうち電子マネー化していくのだろうけれど、今は現金神話が根強いので小切手やクレジットカードすら使う人は少ない。


 お袋手作りのお節とお雑煮を食べ、新春特番のテレビを見ながら年賀状の仕分けをする。 義父は中小ではあるけれど会社の役員をしているので年賀状が多い。 400枚ぐらい届いた年賀状のうち250枚ぐらいが親父のものだ。

 ユイはチームメイトやクラスメイトや学校の先生など50枚ぐらい届いていた。 俺は中学校の時代の知り合いから15枚ぐらいと高校の知り合いが25枚だったけど、親分さん関連の方から30枚ぐらい届いていた。


「前より増えてて出してない人からも来てるな・・・」


 初詣から帰って来たら追加で書かないといけない。 親父も追加で書くので年賀状が足りるか不安になる。


「義父さん、追加何枚?」

「ここまでで26枚だなぁ」

「50枚ぐらいはありそうだね」

「かな・・・」


 お袋が11枚、ユイが3枚必要らしい。

 年賀状の余りを数えると63枚、結構足りなさそうだ。


「初詣の帰りにコンビニで40枚ぐらい買って来るね」

「はいこれ」


 お袋が財布から2000円取り出して俺に手渡してきた。 年賀はがきの値段は前世の時より安い1枚50円だ。良く覚えていないけれど、このゲームが出た時がこれぐらいの値段だったのだろう。


「お兄ちゃん雪がチラついてるよ」

「空は晴れてるから風で飛んできてるだけかな」


 周囲を見渡すと北の山側だけ雲がかかっていた。


「雪が染み込むといけないから皮のブーツがいいぞ」

「わかった」

「そんなに短いスカートで寒くないのか?」

「厚手のタイツ履いてるし、コートも着るから平気」

「そうなんだ・・・」


 スカートもタイツも履いた経験が無い俺には、その感覚が分からない。 尻まで覆う白いタイツを履いているようだけど、ミニスカートというのは寒々しく見えてしまう。

 マフラーとニット帽とカーディガンとコートを着ていて上半分はすごく暖かそうなのに、膝下ぐらいまでのブーツを履くとはいえ下はピチッとしたタイツ1枚にミニスカというのはバランス的にどうなのだろう。


「ほら手袋」

「うん」


 耳当てを付けるほど空気は冷たく無い。 風も遠くから雪を運んで来てるにしてはそこまで強く感じない。

 急激に冷えるといけないので、未開封のカイロを2枚コートのポケットに忍ばせておく。


「霜柱が立ってるねぇ」

「あっちの水溜りが凍ってたから昨晩は冷えたんだろうな」

「だねぇ」


 昨日ユイは年越蕎麦を食べたあと年末の歌番組を見ながら寝てしまった。 朝から夕方まで予備校で講習を受けて来て、帰って来てからも部屋で勉強してたので疲れていたのだろう。


「お兄ちゃんは初夢見た?」

「初夢って今夜見る夢だったと思うぞ?」

「そうなの?」

「何かいい夢見たのか?」

「お兄ちゃんの学校に通ってる夢を見たよ」

「へぇ」

「校門でお兄ちゃんの友達にぶつかって、通りかかったお兄ちゃんに紹介さてるんだよ」

「へぇ・・・」


 それはゲームにユイが登場する時のシーンそのものだ。 でもそのぶつかる相手である武田は既に学校にはいないのでそれは起きる事はないだろう。


「その友達ってどんな奴だった?」

「なんかお兄ちゃんに似ていた気がする」

「俺が俺を紹介するのか?」

「変だよね〜」

「夢だし変なのはおかしくないけど・・・」

「おかしいよねぇ」


 変な設定でも見ている時には疑問に思わないのが夢。 なぜ人は現実を夢じゃないかと思うことはあるくせに、夢を現実じゃないと認識する事が出来ないのだろうか。


「バスが来たよっ!」

「正月なのにご苦労様」

「ありがたや〜」


 ユイは頑張ってるバスの運転手に手を合わせるつもりでポフっと厚手の毛糸の手袋を合わせて音を立てていた。 少し蟹股気味になってムムムという感じになっているのは、年頃の女の子がしたらダメな格好なのではと思う。 でもそれは俺の前世が還暦越えだったので思ってしまっている可能性があるので黙っておくことにした。


 バスの運転手だけでなく、警察、消防、病院、電気、水道、ガス、鉄道、テレビ、ラジオ。 他にも多くの人の生活が関わる所で正月でも休まず働いてくれている。 お陰で一般人である俺達が、家族そろって安心して新年を迎えられたし、こうやってユイと2人で初詣で遠くの神社に行く事も出来ている。

 前世のスーパーの店長時代は2日の初売りセールの準備で元旦にも出勤させられていた。 誰にも手を合わせられるどころか感謝すらされない。 むしろ来てくれたお客様にありがとうございましたと感謝する立場だった。

 人が見えないところで今も働いている人はいっぱいいる。 俺はそれを思い出しながらそう考えていた。

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