第18話 冬シーズン到来

 市の新人戦があり、俺はそこで全国出場の標準記録を初めて超えて2位に入賞した。 インターハイ前に出ていれば出場出来たのに一歩遅かった。

 また100mバタフライにも出場し5位入賞となった。

 オルカは400m自由形に出場していた。一番得意としているのは800m自由形だけれど、新人戦の競技種目では無かったため1種目の出場だ。それでも2位に半身は離して貫禄の大会新記録を出して優勝をしていた。

 100mリレーと100mメドレーリレーでも共に3位入賞した。他には坂城が400mで4位、2年の男子の先輩が100mと200mの背泳ぎで5位、2年の女子の先輩が200m平泳ぎで8位に入賞した。

 ちなみにオルカは200m自由形でも部内の女子で一番早い選手だ。しかし出場は辞退していた。100m自由形と200m自由形は他の選手が出場を希望している種目だから、自分が出る事で仲間が出れなくなってしまう事を嫌ったのだろう。


 水泳部では大会の直前は肉体の疲労を取るため調整期間を設け、軽いトレーニングをするようにしていた。しかしオルカは新人戦前でも負荷の大きなトレーニングを続けていた。オルカにとっての目標は新人戦での優勝ではなく、その先にある国際大会になっているからなのだろう。


 文化祭をオルカと一緒に見て回ったところを大勢に見られていた事と、お互いを名前で呼び合うようになった事から、周囲から俺達が付き合い出したと認知されるようになった。

 お互いに付き合うと言い合った訳じゃ無いけれど、支障がある訳では無いから放置した。


 ゲームだと主人公は他のヒロインとデートに誘ったり誘われたりをしているのに、能力値が一定以上になると別のヒロインと出会いイベントが発生し、勝手に不満を溜めたり悪い噂を流されて攻略したいヒロインの好感度が下がったりした。 けれど俺は科学部のヒロインや文芸部のヒロインと出会いイベントが発生するような成績を取っている筈なのにそんなものは発生しないし、悪い噂を流されたりも起こっていない。

 綾瀬とはただのクラスメイトのままだし、桃井とはあの時からすれ違ったらお互いにいるなと思う程度の関係で、ユイは妹のまま。 真田の姉はクラスメイトの真田を通して話を聞くぐらい。他のヒロインはどこのクラスかを知っている程度しか知らない。


 武田が退学した事が影響しているのか俺に対する変な噂は聞かなくなった。 そして俺と水辺が付き合い出したように見えることは、周囲には好意的に取られる事はあっても、変な噂をされている感じはなかった。


 そもそもゲームで主人公はヒロインと出会うときはぶつかるか突然高いテンションで声がかかるかのと2パターンが多い。

 オルカは通学中に出会い頭にぶつかり、桃井は帰宅しようとする時廊下でぶつかり、文芸部のヒロインは図書館で調べ物中にぶつかる。

 科学部のヒロインは移動教室中に廊下でジロジロ観察したあと合格と言って立ち去り、美術部のヒロインは放課後中庭で絵を書いている時にセンスがあると声をかけてきて、放送部のヒロインは休み時間に友人と話している時に声が良いから放送部に入れと勧誘をしてくる。

 ゲームでは、学校生活が始まり1ヶ月程度集中して能力値をあげればどのヒロインとも出会えるように設定してあった。 恋愛シミュレーションゲームなのにいつまでもヒロインが出てこないのでは話にならないからだろう。

 けれど主人公のサクセスストーリーとしても作られているため、主人公は入学時の成績が最低だ。 3年後にはプロスポーツ選手や一流大学生になれるにしても、入学1ヶ月程度の成長ではたかが知れてる。 実際にその能力でどの程度かというと、学力はテストで赤点をギリギリで回避出来る程度、運動は100m走で8人中なんとかビリを回避出来る程度。 その程度でヒロインとぶつかったり高いテンションで迫られるなら、学校中で毎日怪我人続出レベルの衝突事故と、不審者出没通報レベルの勧誘が起こっている事だろう。


 悪い噂というのも、お助けキャラである俺から「最近お前の悪い噂を聞くぜ」と聞かされるといった描写があるだけで具体的にどのようなものか良く分からない。 放置してるとお助けキャラである俺から聞く全ヒロインのアイコンの部分の色が変わり不満度がある程度わかり、放置するとどんどん好感度が急下降していくという結果が起きるだけだからだ。 


「立花君、少し良いかしら?」

「大事な用事か?」

「えぇ・・・」


 中間テストが明け、2週間後に球技大会がある。 男子はサッカーとバスケ、女子はソフトボールとバレーでチーム分けを行った。 俺は背が高いからとバスケに出場する事が強制的に決められ、今日から昼休みと放課後の1時間は練習しようという話になっていた。


「何か話があるらしいから先に練習しててくれ」

「わかった」


 メンバー達が体育館にゾロゾロ向かう中、俺は綾瀬に誘導され、また校舎裏に連れていかれた。


「話って何だ?」

「武田君が遠くの全寮制の学校に転校したって話はしたわよね?」

「あぁ」

「どうやら脱走したらしいのよ」

「脱走?」


 その全寮制の学校とやらは監獄のような場所なのか?


「問題児でも受け入れてくれる、いわゆるそういう学校なのだけど、他の生徒と喧嘩をして、そのまま学校を飛び出したまま、寮にも帰って来なくなったそうなのよ」

「それは何処にある学校なんだ?」

「北見県よ」


 北見県は前世では北海道と言われていた地方の最北端に位置する県だ。 随分と遠いし脱走したからって自力で帰って来る事すら難しいだろう。


「俺はそんな遠くの場所にツテは無いぞ?」

「分かってるわ、たた武田君から連絡があったら教えて欲しいのよ」

「真田の方が可能性が高いんじゃないのか?」

「真田君には先に伝えているわ」

「なるほど」


 昼休みに放送室に向かう真田を追いかけるように綾瀬が教室を出たのはそれが理由か。


「綾瀬も大変だな」

「えぇ・・・」


 綺麗な顔の綾瀬が少し顔を歪ませて苦笑しているが、その整った顔はそれぐらいでは美しさを損なわないようだった。


「じゃあ練習があるから行くな」

「えぇ、頑張ってね」


 綾瀬に背を向け手をヒラヒラさせて俺は体育館に向かった。 体育館は同じ様に練習をしているクラスが多いらしく普段放課後に通りかかるよりかなり騒がしかった。


---


 体育館では1つのゴール下を確保する事ができたようで、軽いシュート練習を繰り返した。

 さすがバスケの人気な街だけあって、バスケに立候補した奴らはそれなりにやる奴ばかりだった。


「立花、お前経験者か?」

「妹の相手で1on1はしてるな」

「そういえば立花の妹は全中出場者だったな」

「あぁ」

「そのタッパだしシュート力も高い、バスケ部でも十分通用するぞ?」

「団体競技は苦手意識がなぁ」

「勿体ねぇな」


 バスケ部の望月にそう言われたけれど、バスケ部に入るつもりは無い。スタミナがある方じゃ無いしな。


「助っ人が欲しい時は声をかけて良いか?」

「助っ人?」

「うちで1番背が高いのが185cmで、試合ではもっと高い奴が欲しいんだよ」

「俺はスクリーンアウトとかした事無いし、ルールも詳しく無いぞ?」

「センターやパワーフォワードをして欲しいんじゃないよ。 外からシュートを打ってくれれば相手の守備が広がるし、そのタッパでゴール下に行くだけでもフェイントになるんだよ」

「なるほどな・・・」


 水泳部はこれから寒さで学校のプールが使えなくなるので陸での練習を交える期間に入る。

 オルカが国体で好成績を残した事もあって、スイミングクラブでの日曜日の練習が半日2コース借りていた状態を、同じ金額で1日に伸ばしてくれたり、あるメーカーからトレーニング器具の提供があったりと、環境の改善はあった。

 とはいえ平日の放課後のプール練習は月水金の2時間だけで、運動器具も部員全員分ある訳では無いから壁に結んだゴムチューブやダンベルが主流。 雨が降れば運動場はぬかるんで使えず、他の運動部と譲り合いながら校舎の階段を登り降りしたり、廊下の隅で腕立て伏せや腹筋背筋スクワットをする程度の練習しか出来なくなる。

 ある程度の助っ人を引き受ける代わりに、バスケ部の練習に参加するというのは好都合な事かもしれない。


「水泳部は冬場はプールで練習できないから、バスケ部の練習に参加させて貰えると助かるな」

「全くの素人じゃなければ良いと思うぞ、1年生の基礎練習期間が終わってるから、そっちには手は割きたくないだろうけど練習に混じれるなら負担は少ないだろ」


 オルカも女子の中ではタッパはある方だし、バスケもうまい。 お願いすれば参加させて貰えるかもしれない。


「オルカは俺や妹と1on1の練習をする仲だが良いか?」

「上手いのか?」

「そこそこ出来るしスタミナもあるから妹に食らいつくぐらいはするぞ?」


 そんな話をしたら、かなり驚いた顔をされてしまった。


「全中クラスの妹に食らいつくって本職並じゃねぇのか?」

「俺達やオルカの家の目の前に公園があって3on3用が出来るコートがあるからな」

「そりゃ羨ましい環境だな」


 この街には、フリーなバスケのコートがそこそこあるけど、家の目の前にあるとなると少数派だろう。


「女バスの顧問にも聞いてみてくれよ」

「了解、それにしても2人は水陸両方なのかよ」

「陸は本職じゃないぞ?」

「立花は陸上部の依田の次に足が早いじゃないか!」

「冬場は陸上トレーニングするしな」


 大体10月中旬から5月の中旬まで7ヶ月陸上トレーニングをしていたんだ、泳いでいるより陸上トレーニングの方が多いぐらいかもしれない。


「ずっと陸上トレーニングしてる俺より早いんだが?」

「俺は短距離だけだよ、長距離は苦手だ」

「1500m走も4位だったろ」

「良く覚えてるな」

「俺が5位で前を走ってたのがお前だったんだよ」

「なるほどな」


 陸上でも短距離はそこそこ早いが長距離は苦手だ。1500m走は4分程度だしなんとか持つんだが、それ以上になると無理だ。 小中のマラソン大会では真ん中より遅いぐらいだったしな。 長距走ると脇腹が痛くなるのはなんでだろうな。 水泳ではハードなトレーニングしても痛くなったりしないのにな。


---


 10月中旬、木枯らしの到来と共にプール納めとなり水の循環と消毒液の注入がストップされた。 春まで死に水常態なのでここで泳ぐと感染症のリスクが出て来る。

 空を飛んでるトンボが尻尾を水にチョンチョンつけながら周回しているので、来年のプール掃除の時にはまた大量のヤゴが見つかるかもしれない。


 バスケ部の助っ人の話は俺だけ受けることになった。 オルカは国代表候補の人達が集まるという練習に参加するらしく、放課後に迎えに来る車に乗って行くらしい。

 どうやらオルカクラスの選手になると、色んな所からバックアップが貰えるらしい。


「スタミナが無いって嘘じゃねーか!」

「少し休めば回復するだけで、走り続けたら保たないぞ」

「ランガンスタイルや、オールコートディフェンスでもなければ、バスケは緩急あるスポーツだぞ」

「確かに・・・」


 俺は疲労状態からの回復が早いらしい。 けれど運動するとすぐに疲れて失速する。 けれどバスケはダッシュと休みが繰り返されるスポーツだ。 俺の疲労回復が間に合ってしまい疲労せず動き続る事が出来ている。


「バスケにコンバートした方がいいんじゃねーか?」

「水泳はこの前全国標準記録超えたぞ?」

「県ベスト8の俺達より上か?」

「じゃないか?」


 インターハイの予選となる試合では超えられなかったけど、そのあとの市の新人戦で超えられたのは間違い無い。


「勿体ねぇなぁ・・・顧問が完全にお前を狙ってるぞ、ウィンターカップ予選はシューティングガードでスタメンだってよ」

「外様の助っ人1年がスタメン取ったらチームワーク悪くなるだろ」

「そこまで練習について来たら、先輩たちだって認めざるを得ないんだよ、フル時間最後までパフォーマンス落ちないって化け物だぞ」

「そうか? 体力の問題だけならうちのオルカや坂城なら出来そうだけどな」


 オルカは完全に化け物級の体力バカだ。 全力とたいして違わない速度で無限じゃないかと思えるほど泳ぎ続けられる。

 どれだけできるんだと聞いたら4時間ぶっ通しで800m女子の全国標準記録のラップタイムを大きく上回る速度で泳ぎ続けた時には呆れてしまった。 4時間でやめた理由もお腹すいたというもので、栄養補給さえすれば延々と泳ぎ続けられたんだと思う。


 坂城は5割程度の力で全力の9割程度の速度を出し、それを6分程度維持できる。

 そして20秒程度休むと10回程度ならそれを繰り返して維持できてしまう。1時間、僅かな休憩を挟むだけで維持できる十分な体力バカだ。


「水泳部は化け物の巣窟かよ」

「毎日放課後1万メートルは泳いでたからな、日曜や祝日は4万はいくし」

「フルマラソンの距離泳ぐのかよ・・・」

「1km十数分で泳げるからな、午前と午後と夕方、合計10時間ぐらい泳ぐから届くんだよ」

「マジかよ・・・」


 水泳は体を流水で冷やされ続けるので体温が籠りにくい。だから炎天下のマラソンに比べて長時間運動をしやすい。

 とはいえ、筋肉の疲労や酸欠が起きるので、全員が全員体力馬鹿にはならない。俺とオルカと坂城と2年の先輩1人と引退した3年生の内の2人が、1日で4万メートル泳げるだけだ。

 練習量に音をあげたのか、同時に入部した女子部員3人が夏合宿後に練習に出て来なくなっちゃったしな。


---


 バスケ部の顧問から俺をウィンターカップ予選への選手登録をすると言われた。 番号は15番で秘密兵器扱いらしい。 水泳部優先で良いから試合に来て欲しいらしい。 水泳部顧問のマダムにも許可を取ってあると言われたので了承する事にした。

 俺は冬場の短水路の試合に出るつもりは無いから水泳で追い込む必要は感じない。 夏場の暑い季節で無いなら体育館でのトレーニングも快適だ。 だから水泳部の顧問から自主練で良いと言われた時は、バスケ部の練習に参加し、ウィンターカップの秘密兵器とやらになってやろうと思っていた。

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