第17話 オマエウマソウマルノミ
親分さんから、水辺の国体優勝の祝いに招きたいと言われていたので、水辺を誘って親分さんの家に向かった。
「この家って地元ではヤクザの家だって有名なんだよ」
「3年前に引っ越して来たから知らなかったよ」
「ほら監視カメラがあるよ?」
「あまりジロジロ見ないようにね」
「うん」
俺が親分さんの家の玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに親分さんが扉を開けて招き入れてくれた。こんな門の近くにいつも親分さんがいる理由が良く分からないけれど、こういうものだと受け入れてしまっているのでスルーした。
親分さんはフグを料理として好きか嫌いかを問う質問をしたが、緊張している水辺が、生き物として好きか嫌いか聞かれたと勘違いし「可愛いと思う」と回答をした。
どうやらそれが親分さんの笑いのツボをついたらしく、一気に水辺のお気に入り度をあげた事が雰囲気から分かった。
「坊はフグの食べ方は分かるよな?」
「以前ご相伴に預かりましたから」
「じゃあ大丈夫だな」
親分さんは俺と水辺を庭の見える小さなお座敷に案内すると「2人にするから気兼ねなく食べてくれ」と言って部屋から離れていった。
「ほらそっちに座りなよ、庭がきれいだよ」
「うっ・・・うん」
親分さんが離れても水辺の緊張はほどけていないようだ。
「あんまり作法とか気にしなくて良いと思うよ、そのために親分さんは席を外したんだから」
「親分さん・・・」
「この街の顔役である任侠の親分さんだよ」
「そ・・・そうなんだ・・・」
水辺はヤクザって言ってたし、任侠に良いイメージが無いみたいだけど、一般人には基本的に無害だし、地元では警察より社会を守っている側面がある。
例えば、よそからやって来た一般人風の人に対して警察は動きが鈍く、事件が明るみになってからしか動かない。けれど任侠の人は、外国の工作員やマフィアの関係者や、他の街の危ない集団が活動しているのを横の繋がりで察知して、事が起きる前にこっそり排除していたりする。
また法の抜け目的な部分にも独自のルールを設定し、一般の人が住みよい街になるよう悪用している人を牽制していたりする。
この街の治安が良いのは、この街の顔役である親分さんが義に厚い人だからというのがとても大きかったりする。
水辺は、お手伝いさんにより運ばれて来るフグのコース料理を食べている内に緊張が解けていった。
最初の頃は白子の酢の物の時はちびちびと、ふぐ刺しも1枚づつタレをベシャベシャに付けて口に含んでいたけれど、白子の天ぷらやふぐちりなど温かい料理がやって来たあたりから解けていったようで、俺に食べ方を聞いて食べたり、味の感想を言える余裕を出していた。
ふぐちり後に卵とじにした雑炊を頂き膨れたお腹をさすっていると、親分さんがやって来た。
「美味かっただろ!」
「えぇ美味しかったです」
「初めてだったけど全部美味しかったです!」
「それは良かった、腹に入って腰が重くなっただろうけど、渡したいものがあるから付いてきてくれ」
「分かりました」
「はい」
水辺は随分と腰が座ったようだ。俺は初めてこの家に招かれて食事をした時は、最後まで緊張が解けなかった。水辺は数多く大舞台に立っているので、慣れるのが早いのだろうか。
親分さんに案内された部屋で差し出されたのは、白木の箱だった。そして入っていたのは、俺が貰ったのより短いけれど同じ意味を持つ家紋が入った短刀だった。
「これから嬢ちゃんは色んな場に出て、色んな奴らに会うようになる。国内なら、これを持っていれば滅多な事は起らねぇから、必ず持って出席してくれ」
水辺は親分さんの顔をマジマジと見ていたけれど、冗談では無いと分かったようで頭を下げて「有難うございます」と言って受け取っていた。
「さすが坊が選んだだけあって場馴れが早いな!」
「立花君がいましたから」
「そうだな! 坊がいるなら肝が据わるわなっ!」
親分さんは最上級の機嫌の良さそうな顔をして豪快に笑った。水辺も緊張を全くしていないような感じになっていて、親分さんと普通に会話するようになった。
「坊・・・逃すんじゃねーぞ?嬢は本物だぞ?坊の相手じゃなきゃリュウタの相手に欲しいぐらいだ」
「俺には勿体ない人だと思います」
「お前らはお似合いだよ、儂の直感がそう言ってるぞ」
「そうですか・・・、彼女に釣り合うぐらいになれるよう頑張らないといけませんね」
「漢を磨いて儂を楽しませてくれよっ!」
「えぇ勿論です」
こうやって思ってくれると悪い気はしない。親分さんには、公務員や公益法人の安定職になりたいための言葉を言って誤解されている状態だけど、親分さんの期待するように大きな立場を目指してみるのも悪くないと思うようになっていた。
遅いからと親分さんの家からは車で送って貰った。日の落ちるのが早くなっているので既に外が真っ暗だったのだ。
「立花君・・・これから君の事をタカシって呼んで良い?」
「良いけど」
「私の事はオルカって呼んで欲しい」
「分かった」
帰りの車の中でオルカが俺にそう言って来た。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「うん、じゃあまた明日」
オルカは小走りに家に戻っていった。
「ただいま」
「お帰り、食べて来たんでしょ?」
「あぁ」
ユイは、リビングで俺の好きな動物番組を見ていた。今日は南米アマゾン特集らしい。
キッチンでお袋が洗い物をしている音がして、風呂に誰かが入っている気配がするので義父が既に帰宅しているのだろう。
「プリン食べる?」
「うーん・・・半分こするか?」
「えっ! 良いの?」
「あぁ」
「何か特別な事があったかな・・・」
「今日から水辺をオルカと呼ぶことになった」
「うわっ! おめでとう!」
「付き合い出した訳じゃないぞ!」
ユイはプリンが嬉しいらしく、テレビがCMになった瞬間にキッチンに向かい、冷蔵庫からプリンとお皿と2つのスプーンを持って来た。
「ユイは何で俺にオルカを勧めるんだ?」
「私は妹だからね」
「どういう事だ?」
「お兄ちゃんと恋人になったら妹じゃなくなっちゃうじゃない?」
「無くならないだろ」
「無くなるのっ!」
「そうか・・・」
ユイにとっては俺の妹でいる事が重要らしい。
「だから私はお兄ちゃんが好きだけど、今の状態が良いんだよ」
「それとオルカを勧める理由が分からいんだが・・・」
「オルカちゃんなら私を邪魔に思わないでしょ?」
「意味が分からないんだが・・・」
「私が分かっていればいいんだよっ!」
「なんだそりゃ」
俺はユイから男としての好意を受けていると勘違いしていた時期がある。けれどさっきの言葉通りユイは妹でいたいらしい。だから俺はユイからの男として好意を持たれていると思うのを勘違いだと考えるようにしている。
「私は多分お兄ちゃん以上に他の男の人を好きにならないと思うんだ」
「先の事は分からないぞ?」
「そうなのっ!」
「それだと行き遅れしちゃうんじゃないか?」
「結婚なんてしないから良いのっ!」
「それは個人の自由だが義父さんが悲しまないか?」
「お父さんは嫁に行かないでずっといなさいって言ってるよ」
「自分はお袋と再婚しておいて、自分の娘にはなんて事を言うんだよ・・・」
風呂場から最近流行りの孫の誕生を祝う演歌を口ずさむ義父の歌声が聞こえて来ていた。
「早く孫の顔を見せてくれって言って来るんじゃ無いか?」
「それはお兄ちゃんの頑張り次第でしょ」
「義理の息子の子供より、実の娘の子の方が喜ぶんじゃ無いか?」
「そうだろうね」
なんか言葉が少しだけかズレている気がして沈黙する事にした。これで変に会話をするとあまり良くないと長い付き合いで知っているからだ。
「どっちにしても気が早すぎる話だな」
「そうだね〜」
独身のままだったとはいえ、還暦を越えて生きた前世の記憶のせいで、女性と付き合う事と結婚や出産をつなげて考えてしまっていた。高校生の頃にはそんな先の事まで考えて付き合ったりはしないのが普通だ。会話の掛け違いもこういった世代ギャップの差によるものなのだろう。
「うわっ! なにあの大きなヘビ! ニシキヘビ?」
「アマゾンだからアナコンダだろ?」
1つのプリンを交互につつきながら、CM明けのテレビを見ていた。羊を1頭丸呑みしてお腹が膨れているというアナコンダが映っていて、スタジオの芸能人が「すごーい」と軽い感想を言っていた。
「人間も丸呑みするんだって」
「オマエウマソウマルカジリって感じか・・・」
「齧らず丸呑みするらしいよ?」
この世界では元ネタとなるゲームは出ていないのかな。恋愛シミュレーションゲームを作った会社と違うメーカーの作だし反映されてないのかもな。
そんな人を丸呑みするようなアナコンダが出てくるような川なのに、子どもたちは川に飛び込んで遊んでいた。
「アマゾンってピラニアもいるんだよね?」
「わざわざ生きた動物は襲わないのかもな」
「なるほど・・・」
怪我をして血の匂いをさせたら襲って来そうではあるけれど、想像するだけで恐ろしいので言わないでおいた。
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