第16話 お友達のお兄ちゃん(オルカ視点)

 最近ユイのお兄ちゃんである立花君の事が気になっている。


 ユイと新しいお兄ちゃんとの事で喧嘩していたので、そういう存在がいる事は知っていたけれど、たまたま高校の水泳部で出会った同級生がそのお兄ちゃんだとは思わず驚いてしまった。

 そういえばユイの名字も立花だったっけ。


 ユイは立花君から私のことを聞いたようで、すぐに会いにきてくれた。

 ユイから新しいお兄ちゃんは優しくて、あの時嫌だといって喧嘩したのは私が間違っていたと私に言って謝罪をしてくれた。

 私もユイと喧嘩別れになってしまったのは心残りだったから、こうやってすぐに仲直りに来てくれたことはとても嬉しかった。


 立花君は不思議な人だった。100mのベストタイムが59秒台だと言っていたのに、入部して最初に測った記録会で、室内プールの短水路という違いはあるものの57秒台を叩き出していた。

 長水路に比べ短水路の方が記録は伸びるし、短水路が得意な選手というのはいるのでありえなくは無い記録だけど、受験シーズンは泳いでいなかったというのに体が仕上がっている事を不思議に思った。

 立花君は「ユイと1on1してたからかな?」と言ってたけど、バスケで水泳のタイムが上がるなら、水泳選手は全員バスケを練習に取り入れるだろう。


 立花君はとても練習熱心だ。スタミナには自信が無いと言いながら、練習量は長距離選手を得意とする私や坂城君と同じぐらいこなす。

 しかも自主練では私達よりも緩急つけた短時間で負荷の大きな練習を断続的に繰り返し行っていた。


 坂城君の話では、立花君のインターバル間の小休止での回復量が普通じゃないそうだ。100mを1分10秒のインターバルで泳ぎ続けたら坂城君の方が多くの回数泳げるけど、1分15秒インターバルになったら逆転すると言っていた。

 実際に1分15秒インターバルで練習したら、立花君は20本を4セットやってもこなせていた。これが出来る部員は私と立花君だけで、坂城君は3セット目に失速し周回遅れを始めた。


 立花君は力を抜いて長く泳ぐのが苦手らしく、8割ぐらいの気持ちで手を抜いて泳ぐととても失速する。まるで全力と休む事の2つしか出来ない人みたいにだ。

 立花君が緩急をつけた練習をするのは、そんな自身の不器用さに合わせたものなんだそうだ。

 トップスピードで泳ぐ時、形を崩して失速しないように、緩いスピードで染み込ませる事がトップスピードを上げる事になると話していた。


 彼は全国をかけたレースで52秒98という、あと一歩で全国という所まで記録をあげた。受験というハンディキャップが半年もあった選手が100mで6秒以上タイムを伸ばせるものなのだろうか。私が得意とする800mに換算すると単純計算で50秒近く記録が伸びた事になる。私がそんなに記録を伸ばせたら、世界記録すら視野に入ってしまう。


 立花君とユイは本物の兄妹の様に仲良しだ。立花君はよく公園でユイのバスケの練習に付き合っている。

 私もミニバス時代のユイのバスケの練習に付き合っていたけれど、2人のレベルには遠く及ばなくなっている。

 立花君はバスケ部員よりバスケがうまいんじゃないかと思う。ドリブルやフェイントなどはユイの方がうまく視野も広いけれど、遠くからのシュートと、切り込んでゴール下に入る時はユイより鋭いように見える。その様子には水泳の時の様な不器用さは全く感じない。

 縦の動きは立花君がうまくて、横の動きはユイがうまい、そんな感じでいい勝負を2人は続けている。必ずユイが勝つので、総合力では本職のユイが勝っているようだけど、本職であるユイといい勝負をしている時点ですごいと思う。


 最近は私も2人の練習に加わっている。私と立花君の2人で組んでユイと勝負するのだ。こうして一緒にバスケをしていると、昔から3人で幼馴染だったかのように感じてしまう。


 立花君はたまに私を可愛いと言う。男子並みに背が高くて色黒で筋肉質な私を可愛いと言ってくれるのは、最近ではお父さんだけだった。その事をユイに話したら、ユイも立花君から綺麗と言われて同じような気持ちを感じた事があるらしい。


 夏休みに入り3人で神社で開催された祭りに行った時、バス停にいた生徒会の先輩の幼馴染カップルがいて、私と立花君の事を恋人同士だと勘違いしていた。

 幼馴染で恋人という言葉に立花君を意識してしまい心臓の鼓動が水泳の練習中より早くなるのを感じてしまった。

 立花君は混雑したバスの中では、浴衣で安定感が無い私達を心配そうに見ながら、そのガッシリとした体で支えてくれた。その優しさと頼もしさに胸がさらに高鳴ってしまい、体の触れている部分から音が伝わってしまわないか心配になった。


 神社につくと、立花君には不思議な人脈がある事が分かった。神社にいた明らかに立花君より年上の人が、まるで立花君が目上の人かの様に接していたのだ。

 ユイにもそのような態度ではあったけれど、それは立花君の妹のだからという感じだった。

 特に立花君を兄貴と呼ぶリュウタさんは立花君をとても慕っていた。とても鋭い目をしていて威圧感があるのに、立花君に対して親しげで本当に嬉しそうだった。

 なんでみんな立花君に引き付けられて慕うんだろうと思ったら、自分もその中の1人だと気が付き顔が熱くなってしまった。こんな顔を見られたくないと手で顔を隠していたらお祭りの花火が丁度上がって私の気持ちがバレるのは回避出来た。


 花火のあと、この大きなお祭りの責任者の立場にいる人にも立花君が気に入られている事が分かった。その中の1人には私も会ったことがあった。その人はこの街の市長さんで、以前水泳のジュニアオリンピックで優勝した時に、市の栄誉だと言って表彰してくれた人だった。しかもその人と同格の存在として話をしている大人が4人、その4人に目上の様に扱われている2人、その内の1人が立花君を坊と呼んで贔屓にしていた。

 立花君って一体何者なんだろうととても不思議に思ってしまった。


 その日からユイが私に立花君と付き合うように私に言うようになった。お兄ちゃんと釣り合う人が私だけらしい。私からしたら、ユイの方が立花君にお似合いだと思うのだけど違うのだろうか?


 この話をお祖母ちゃんに話したら、それがお父さんに伝わっていて、国体で優勝した日に色々質問されてしまった。

 お父さんは「あいつなら合格!」と言った。

 お父さんは良くわからない根拠で喋る事がある人なので聞き流したけど、あいつに近づくなと言われなかった事には感謝した。


 ユイちゃんのお誕生日があったのでプレゼントを渡しにいったら家族でパーティをしていた。お邪魔しちゃ悪いのでプレゼントだけを渡して帰ったら、外まで付いて来たユイに、お兄ちゃんの事が好きか聞かれた。

 私が正直な気持ちで首だけで頷いたら「応援するからっ!」と言われてユイは嬉しそうに家に駆け戻っていった。


 国体で優勝した3日後、立花君から、知り合いが私の国体優勝のお祝いをしたいと言ってるから一緒に来てと言われた。

 部活の帰りバスに乗って駅前からにその人の家の方に歩いていった。 それはショッピングセンター街の近くにある家で、外から中が見えないように高い塀に囲われていて、地元ではヤクザの親分の家と呼ばれてる家だった。


「おう! 坊と嬢ちゃん! 良く来てくれた!」

「お招き下さり有難うございます」

「あ・・・ありがとうございます」

「緊張しなくて良いぞ、遠慮せず入ってくれ」

「お邪魔します」

「し・・・失礼します」


 迎えて入れてくれたのは、夏祭りの日に会った偉そうな人たちの中で、特に偉そうな2人の内の1人だった。どうやらその人はヤクザのボスだったらしい。


「嬢ちゃんフグは好きか?」

「か・・・可愛いと思います」

「食べるのが好きかどうか聞いてるんだよ?」


 ヤクザのボスは一瞬ポカンとした顔をしたあと豪快に笑った。

 私も見た目では無く味が好きか聞かれたのだと分かり恥ずかしくなった。


「美味ぇから楽しみにしててくれ!」

「は・・・はいっ!」


 フグなんて高級そうなもの食べた事ないよ・・・。

 それにしても立花君ってヤクザのボスの親戚だったんだ。妙に貫禄があったり、年配の人に目上の様に話しかけられるのにも納得したよ。

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