第15話 モブって何だ?
武田は結局退学する事になった。
リュウタの舎弟に締められるキッカケとなったカツアゲの被害者というのが、良く武田とツルンでいたように見えた、同じ中学校出身の真田だった。なんでもあの日、武田に呼び出されて金の無心をされていたらしい。
真田は武田から「モブのくせに逆らうのか」と訳の分からない事を言われたらしい。
「真田も災難だったな」
「武田君があんな事をする人だとは思って無かったよ」
「でも何でわざわざ駅前まで行ったんだ?」
「ちょうど用事があったついでだよ」
真田は俺と同じ中学校出身で比較的近所だ、駅前はバスに乗らなければいけないのでわざわざ用事もなく行くような場所ではない。
「それにしても、真田がモブなら、このクラスは綾瀬以外は全員モブになるよな」
「さすがに綾瀬さんはモブじゃないね」
「綾瀬がモブなら、人類は全てモブじゃないか?」
真田は期末テストにおいて学年8位、このクラスの男子で1番頭が良い。中学校の時は学年1位か2位にいつもいて俺は勝った事が無い。
優しくて面倒見が良いので女子の人気も高い。
放送部に所属していてお昼の校内放送のパーソナリティは彼の双子の姉で放送部ヒロインでもある真田マコトで、真田自身も放送部で真田マコトの相棒役として喋る事もある。
「真田もそのメガネ取れば良いのに」
「取ったら女の子に見られちゃうから嫌なんだよ!」
「でもその分厚い黒縁メガネは無いんじゃないか?」
「姉さんからもらったこれが良いんだよ」
真田はメガネを取ると美少女顔負けの可愛さがある。男の娘枠ヒロインとして作られたけどボツになったキャラの可能性があるんじゃないかと思っている。つまり真田は全然モブじゃない人物だったりする。
「相変わらずシスコンだなぁ」
「ふんっ! いいじゃないかっ!」
真田はゲームでは描写されないキャラではある。武田には妹が居たり、俺とユイが実の兄妹じゃなかったり、ユイと水辺が幼馴染で近所に住んでいたり、水辺が片親だったり、桃井は急いで帰宅する所が多かったりデートの約束が取りにくかったり時間に遅れたりする頻度が高いのは、遊び人で時間にルーズという事では無く、実家の花屋を手伝う必要があるからだったり、描写されないものはあっても、それぞれにはそれぞれの背景があって誰もモブでは無いのだ。
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国体は地元の相模県で行われたので部員全員で水辺を応援した。国体では女子の800mと男子1500mが無いため、水辺は400mでのみ出場となる。今季の水辺の成績はライバルの人より早い事もあって今大会の勝敗が日本代表を決めると言われていた。
「オルカちゃん凄い人気だね!」
「新女王の誕生の瞬間だからね」
俺の隣にはユイがいた。部員たちに紹介すると、坂城から「血は争えないね」と言われた。背の高さを言ってるんだろうが、血は繋がっていないんだが・・・。
スタートの瞬間静まり返り、パンという音と共に部員たちから「「「セイ!」」」の掛け声がかかる。スタートは成功し頭が抜き出たときトップだったけれど、ペースはライバル選手の方が早いらしく100mのターンでは0.12秒差で並ばれ150mのターンでは少し行されてしまっていた。けれど焦る必要は全く無かった。何故なら水辺は後半伸びて行くタイプでラップタイムが落ちないけれど、ライバル選手は若干遅くなっていくからだ。
案の定200mでは水辺が差を縮めていて秒差になりガラガラと最後の1週を告げる鐘が鳴らされる300mで0.22秒先行していた。そのあと部員たちの「「「ソーレ!」」」掛け声のあとは「「「ラスト!ラスト!」」の掛け声と共にウィニングランの状態で泳いでいた。
水辺が400mのタッチをしたあと電光掲示板に表示された時間が日本新記録である事が分かったとき会場は大盛り上がりだった。
「オルカちゃんやったねっ!」
「水辺がこれから戦う相手は世界だからな!」
水辺は電光掲示板の記録を見たあと、今まで自身を引っ張ってくれたライバル選手とロープコース越しに肩を抱き合い健闘を称え合った。ライバル選手も悔しいだろうにこうやって称え合えるのは、その選手にも過去に称えてくれた誰かがいたからでは無いかと思う。
水辺は今度は逆のコースの選手と健闘を称え合ったあと、もう一度電光掲示板を見て仰向けにプカっと浮かんだ。まだ全員泳ぎ終わってないので、すぐにプールサイドにあがるためにコースを跨いだら違反になるからだ。
全ての選手がゴールしたあと水辺はゆっくりとプールサイドに上がってきた。俺と坂城が「「頑張れ日本!」」と大声をあげると、声が水辺に通ったのか、こっちを向いて口パクをしてきた、最後がイの口の形じゃ無かったので「私は日本じゃない!」ではなく、「私は日本!」と言ったんだと思う。
水辺はそのあとメディアの軽いインタビューを受けたあとプールサイドから出ていった。
「50から300までの50毎のラップタイムの差が0.22しか無いんだが、どんだけスタミナお化けなんだよ」
「どんな心臓もってるんだろうね」
「1拍で3リットルぐらい押し出してるんじゃないか?」
「人間の血は5リットルも無いよ」
「人間じゃ無いな」
「見た目は可愛いのに・・・」
「性格は?」
「可愛げが・・・あるんじゃないかな?」
「可愛げか・・・上手いこと言うな」
俺と坂城が冗談を言い合っているとユイが「お兄ちゃん酷いよ! オルカちゃんに言いつけるから!」と怒られてしまったので平謝りする事になった。賄賂(プリン)を渡して今の発言は聞かなかった事にして貰った。
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「君が立花君だね?」
「はい、立花は私ですが」
「私はオルカの父のワダツミだ」
「あっ! 水辺さんのお父様ですか」
「娘から君のことは聞いているよ」
「私の事ですか?」
「娘は君のことを、良くわからないけどスゴい奴と言っていたよ」
「褒められてるんですかね・・・それ・・・」
「妹のユイさんとも仲良くして貰ってるそうだね」
「ユイとは俺と知り合う前から友達だったみたいです」
「それも一応聞いてるよ」
立花の家庭環境の事は知っているということなのだろう。
「今は海外では無いんですか?」
「明日の便でアメリカにとんぼ返りさ」
「では今日は娘さんとの時間を大事にして下さい」
「ははは、ありがとう」
みんなで水辺をお祝いしたい気持ちはあるけれど、今日は遠慮した方が良いだろう。
「お父さん!」
「良く頑張ったね!」
水辺父は、ウィンドブレーカーに着替えた水辺を抱きしめた。水辺父は欧米暮らしが長いからか日本人の親娘間では見られないスキンシップをするようだ。
「お父さん恥ずかしいっ!」
「おやおや」
水辺家のスキンシップはそうなのかと思ったけど娘の方は恥ずかしがっているので違ったようだ。
「お父さんはいつ来たの?」
「あっちの方で見ていたんだが、ここの方から特に娘を応援する様子があったんで移動して来たんだよ」
「彼が立花タカシ君で、彼女が妹のユイちゃんだよ」
「さっき挨拶させて貰ったよ」
他の部員たちは紹介しなくて良いのだろうか。さっきまで隣にいた坂城もスッといなくなってるし、他の部員たちもまるで他人かのように空気になっている。
「立花君、お父さんだよ」
「うん、ダンディなお父さんだね」
口ひげを綺麗に切りそろえてる男なんて前世でもたまにしか遭遇した事がない。 水辺の父親は顔立ちは欧米風じゃないからハーフとかでは無さそうだけど違和感はない。
この世界の日本では、開国後に欧州の貴族のお洒落が流入して男性の口ひげを揃えるのが流行ったそうだけど、戦後からは剃るのが普通になっていて、芸能人や親分さんの同業者がしているのは見かけるけれど、綺麗な口ひげをしている人を街中で見た事は無かった。
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