第14話 堕ちた主人公
2学期の始業式から1週間。席替えがあって俺は窓際の後ろから2番目という好位置をキープ出来て満足していた。武田は不在なので廊下側の1番後ろという位置が勝手に割り当てられていた。奴が復学しても距離が離れたというのは、色々と変な噂が立てられた身としては色々と清々した気持ちがしてきた。
武田は今日から復学出来る筈だが教室には現れなかった。残暑はまだ厳しいけれど最近雨続だったし、夏風邪を引いたか、傷んだもので食あたりでもしたかもしれない。
昼休みに入った時に、俺と同じ窓際だけど1番前の席になっている綾瀬が俺の席の方までやって来た。
「立花君ちょっと良いかしら?」
「顔色が悪いが大丈夫か?」
「私は大丈夫、それより聞きたい事があるの」
「何だ?」
「ここではちょっと・・・」
綾瀬が周囲を見渡したので誰にも聞かれたくない場所で話したいのだろう。周辺の話し声が止んでいて、聞き耳を立てている奴が居ることが分った。
ゲームではこういう時は、校舎裏、空き教室、体育館倉庫、屋上、視聴覚室にランダムで移動した。視聴覚室は同じ階の端っこだから分かるのだが、体育館倉庫というのは遠いし怪しすぎる。ひとけの無さという点では最上位の場所ではあると思うけど遠いし埃っぽいのも難点だ。
綾瀬の誘導に従い歩いていき、辿り着いた場所は校舎裏だった。上の階の窓から身を乗り出せば話し声は聞こえてしまいそうだけど、それ以外では聞かれる事が無い無難な場所だろう。
「立花君、武田君が今どこにいるか知ってる?」
「どういう事だ?」
なんだろう、家出でもしたのだろうか。
「その様子だと知らないみたいね」
「そんなに仲は良く無かったしな」
「立花君は武田君の友達じゃ無いの?」
「そんな事はないと思うぞ?」
やっぱり武田のせいで周囲に誤解されている。俺はほぼ無視していたのに奴が周囲に俺の事を有ること無いこと言った事で変な噂が立っていたのだ。
「武田君はあなたの事をお助けキャラだって言ってたわよ?」
「奴が勝手に誤解しているだけで、俺は迷惑してたんだけどな」
「迷惑?」
綾瀬には俺が武田と仲良く見えたとでも言うのだろうか。学級委員長なのに随分と節穴だな。
「入学当初、俺がどんな噂を立てられてたか知ってるだろ?」
「・・・情報に明るい人?」
「女の子の趣味やスリーサイズを調べて周囲に吹聴するキモい変態な」
「・・・えぇ・・・」
綾瀬は俺についていた酷い噂をオブラートに何重にも包んで表現してくれたようだが、俺は素直に打ち返してやった。
「俺はそんなものは調べて無いし武田に教えてもいない」
「武田君はあなたから聞いたって言ってたわよ?」
「お前も俺がそんな事する奴だとおもってるのか?」
「人は見かけに寄らないのねって思ってたわ」
「俺の見た目通りがどんな風に見えるか分からないが、俺はそんなものを調べる趣味は無いし、人の秘密をペラペラ吹聴する下衆でも無い」
「そうなのね・・・」
「あぁ・・・」
綾瀬は俺の言葉を聞き少しは印象を変えてくれたらしい。武田のせいでオルカ以外の女子たちからは殆ど声をかけられなくなってたからな。
「武田は家出でもしたのか?」
「多分・・・武田君のお母さんがどこに行ったか知らないかって聞いてきたのよ」
「なんで綾瀬に?」
「私と武田君は幼馴染なのよ」
「そうなのか・・・」
2人が幼馴染なのは知ってはいたけれど、学校ではそんな素振りはしていなかったので知らないフリをした。
「立花君って情報集める事が得意だったりはしない?」
「家出少年を見つけるツテって事か?」
「私、武田君のご両親にはお世話になってるし、彼の妹とも仲が良いし、力になってあげたいのよ」
「なるほどな・・・」
家出した武田が向かうとしたらどこだろうか。ゲームの知識で動いていたようだから、何かヒントがあればみつけられたりしないだろうか。
「ご両親から何かヒントのようなものは聞かなかったか?」
「3万円持っている事と、駅前の漫画喫茶に2日泊まった事は分かっているらしいわ」
「3万か・・・1週間の持つような金額じゃないけれど、漫画喫茶に2泊ぐらいで尽きるような金額でも無いな」
「えぇ・・・」
ゲームで駅前の近くにあったのはショッピングセンターとデパートだ。少しだけ足を伸ばせば行ける距離には城趾公園と神社と図書館があった。野宿をしているなら城址公園か神社ができそうだけどどうだろう・・・。
「金を稼ぐ手段を見つけたか、金がかからないねぐらを見つけたってところかな」
「私もそう思ってたわ」
「駅前の方に詳しい人がいるから聞いてみるよ」
「詳しい人?」
「街の事に詳しいんだよ」
「そんな人がいるのね」
「期待しないで待っててくれ」
「分かったわ」
俺は綾瀬の連絡先を聞いてから校舎裏から離れた。親分さんに直接よりリュウタに連絡した方が良いだろう。リュウタも他校ではあるけれど高校生だし今の時間は連絡が出来ない。放課後部活の後に訪ねて行くか電話をすべきだろう。
それにしても武田に妹がいたんだな、ゲームでは描写が無かったから知らなかった。もしかして武田が俺の様に前世の記憶を持って産まれた事が影響して変化したのかな。
---
「おう! 坊! 良く来たな!」
「リュウタに会いに来たのですけれどいますか?」
「おう! さっき帰って来たところだ、上がってくれ」
「お邪魔いたします」
この親分さんは俺が訪ねて来た時に在宅の場合は殆ど直接出てくる。屋敷も広くて親分さんの書斎は奥の方にある。お手伝いさんや奥さんや若い衆がおて、親分さんと俺が話している時は、その誰かが親分さんに来客を伝えに来る。親分さんは俺の気配を察知すると玄関まで走って来るとでもいうのだろうか。塀の所に外向きに監視カメラがあるから、俺が駅前からこの屋敷の角を曲がり正門まで歩く間にそれなりの時間が取れるけど、親分さんの書斎から玄関までそのスピードで駆けつけたら息切れぐらいしないとおかしんだよな。
「兄貴が俺に会いに来るなんて珍しいですね?舎弟共が兄貴に悪さでもしやしたか?」
「そんな事は無いよ、以前ユイが助けられただろ?」
「一応あいつらには言い聞かせてやすからね」
親分の家には定期的に訪れているけれど、リュウタに用事があって来る事は殆どない。前回リュウタに会いに来たのは、半年ぐらい前で、それはユイが友達と駅前に遊びに行った所、しつこくナンパされていたところを、リュウタの舎弟達に救われたという事へのお礼だった。
「今日はリュウタに頼み事があって来たんだよ」
「兄貴が俺に頼み事?」
「あぁ」
「俺にできることは何でもしやすよ、誰か消しやすか?」
「そんな事を頼んだりしないさ、人探しを手伝って欲しいんだよ」
リュウタもなかなか物騒な事を言うもんだな。必要悪の世界に生きてる人だし覚悟はあるのだろうけど、そんな事に手を染めて欲しくないと思ってしまう。俺のエゴだしリュウタにはリュウタの正義があると分かって来たから言うことはないけれどね。
「それで探したい奴ってのはどこのどいつなんです?」
「名前は武田カイト、俺の同級生。だいたい1週間前に家出して、駅前の漫画喫茶に2泊してる。170cmぐらいで筋肉質だがガタイが良い訳では無くヒョロっとしているように見える」
「あっ! そいつなら心当たりがあります!」
「どこにいるんだ?」
「街でガキからカツアゲしようとしてたんで、舎弟たちが絞めた奴です」
「カツアゲ!?」
恋愛SLGの主人公がカツアゲするなんておかしいだろ。
「そいつは結構な額が入った大人が持つような立派な札入れ持ってやがったんで、舎弟がそれも誰かをカツアゲした金だと判断して巻き上げて、落とし物として警察に届けたらしいです。昨日も街に出てたんで舎弟共が追跡していたら、駅前の喫茶店で無銭飲食しやがったんで、店から出たところを捕まえて警察に引き渡してやったと聞いてやす」
「何やってるんだ・・・」
「まずかったですかい?」
「いや大丈夫だ、場所が分かれば良いんだ」
「今度見かけたらガラ押さえときやすかい?」
「いや、何かあった時には頼むかもしれないが、今は大丈夫だ」
「分かりやした」
リュウタへの用事が終わったので親分さんの書斎に行って挨拶をした。
「あの嬢ちゃん達の活躍すげぇじゃねぇか、今度祝いをするから遊びに来てくれと言っておいてくれ」
「水辺は今国体前なので誘うのは無理ですが、終わったあたりで声をかけてみますよ」
「おう! そうしてくれ!」
親分さんは、あぶれ者たちの代表みたいな所もあるが、才ある者を好む性格をしている。だからユイや水辺のような一芸の才がある人が近くにいると、テンションがあがるようなのだ。
屋敷を出たあと公衆電話から綾瀬の自宅に電話をして、武田が無銭飲食で捕まっている事と、武田が持っていた立派な札入れを警察が預かっている事を伝えた。カツアゲしたところをリュウタの舎弟達に絞められた事までは話さなかったけれど、武田が越えてはいけない部分を越えてはしまっている事は伝わったようだ。
「教えてくれてありがとう」
「捕まる前に確保出来ていれば良かったんだがすまん」
「立花君が謝る事じゃないわ」
「武田の両親への連絡は頼むな」
「わかったわ」
幼馴染が人として堕ちたなんてショックだろうな。学校にバレれば退学は確実だろう。ゲーム知識で生きていたとしても人としての常識が無さすぎだろう。武田は、俺と同じ世界から転生をしているんだと思っていたけれど、違う世界からやって来たんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます