第12話 覗きは犯罪

 ユイがバスケットボールで全国大会に出場した。ゲームではユイはバスケ大好き少女ではあったけど、中学校の時に全国にいったという設定は無かったと思う。

 ゲームでは、ユイを攻略するには運動と容姿のパラメーターを高くする事が必須で、バスケ部に所属していないと発生しないイベントが多いため、他の部活に所属していた場合は攻略は不可能では無いけれど難易度が跳ね上がるといった特徴があった。


 ユイは魅せるバスケが好きで、強引なドリブルとカットインが多い。少しワンマン的なプレイスタイルとも言える。

 ユイが大事な試合をする日は、部活や生徒会の活動に都合が付くなら応援に行っていたし、公園にあるコートで1on1に付き合ったりしていたので知っていた。

 俺はユイと兄妹になるまでは、体育の授業以外でバスケをした事がなかった。この街は外国からの移民が比較的多いので公園に3on3用のワンゴールのコートがあったりと、スポーツとしてのバスケ人気が高かったけれど、ここに引っ越す前の街ではそうでは無かった。

 けれど俺は前世ではテレビでスポーツ観戦するのは好きだったし、勤めていたスーパーの親会社である商社が、日本でも始まったプロバスケットのチームスポンサーになっていたこともあり、チケットを買って応援に行っていた。

 職場の休憩中にバスケついて熱く語る高校生バイトがいたおかげで目が肥えて、バスケットに対するウンチクだけはそれなりに持ってしまっていた。だからバスケの本場のアメリカでは時々ゲームチェンジャーと呼ばれるスターが産まれ、それによりチームスタイルが大きく変化していった事も知っていた。

 このゲーム世界のアメリカではユイのするような魅せるプレイスタイルの選手がスターとなっていてバスケットをする少年少女たちの多くがそれに憧れていた。

 けれど前世で最新の流行りのバスケットのプレイスタイルは高い決定率を持つシューターだった。ビッグマンだろうが体格の優れた強引なドリブラーだろうが、外からシュートを打てる力が無ければ格落ち扱いされるぐらい外からのシュート力に注目されていた。

 俺はユイと兄妹になったあと、1on1をして遊んでいたけれど、身長では負けていたし、練習量も比較にならないぐらい少なかったので当初は相手にならなかった。

 最初はゴール前で手を広げて立って、シュートをしづらくさせているだけだった。

 けれど俺はこっそりと遠距離からのシュート練習を繰り返した、俺の攻撃のターンではゴール下で守っているだけで良かったユイは、それだけでは時々俺に得点されるようになり、きちんとマークをしてくるようになった。そうするとゴール下が開くので俺もゴール下に入りやすくなってカットインで得点出来るようになった。

 俺が中学校2年から体格が良くなり身長が届いて来たことでリバウンドも取れるようになった事や、手足が長くなった事でスティールに成功するようになり、一方的な試合という事は無くなり、勝てはしないけれど、それなりに良い試合が出来るようになっていた。


 ユイが常陸県で開催された全国中学校選手権大会に出場出来たのは、キャプテンになった事による責任を感じた事もあるけれど、世界クラスのスポーツマンである水辺の影響を受けて、楽しむ事だけではなく勝ちにこだわるようになった事が影響しているのではと思う。


 全国大会では2回戦で敗退してしまったけれど、県大会を含め、ユイは今までのようなワンマンプレイだけではなく、作戦の指示やチームメイトへの鼓舞やパス回しを多用するなどチームプレイが多くなっていた。

 ユイは器用な性格では無く、頭の回転も早い方ではない。だから今までゲームメイクに関しては、監督やポイントガードの同級生に任せ、自身はその時々の指示と直感とゴールへの執着心で得点を量産していた。

 

 ユイは中学生最後の結果としては有終の美とも言える全国大会出場を果たすことが出来た。敗退を決める笛が鳴った時は涙を流して悔しがった。そしてしばらく口数も少なかった。普段ならプリンを食べれさえすればケロッと明るくなる天真爛漫な子供のようなユイが、少しだけ大人っぽい女性になっているように見えた。


 首都のスポーツ強豪校のスカウトも注目したという噂もあって、推薦の話も確実などと言われていた。

 ユイは俺達と同じ高校が良いなと言っているけど、うちの高校は古豪ではあるけど現在は進学校の色合いが強いため女子バスケット部は最近成績が振るわない。それに県内では姉妹校であるリュウタが通っている高校の方がスポーツに力を入れている。通うには少し遠いけれど、そっちの方がユイには向いているんじゃないかと俺は思っている。


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 水辺は前評判通り400mと800mの自由形で危なげなくインターハイを制覇して帰って来た。

 800mでは特に記録伸びがすごく、2位をあわや周回遅れにするという余裕っぷりだったらしい。大会新記録、高校生新記録、同期国内最高記録で、ライバル選手の国内記録にも3秒差に迫っていたらしい。地元スポーツ紙には世代交代だと書かれていて、どこかの大会での直接対決で勝ったら、世界選手権の日本代表は確定らしい。


 そんな地元のヒーローである水辺ではあるが、何かと抜けた所があると気付く事が増えて来た気がする。

 まずインターハイの会場であった讃岐県のお土産を立花家へも買ってきたのだが、それが讃岐ひやむぎと小豆島そうめんだった。

 うどんは俺にダメ出しされたからひやむぎとそうめんにしたらしい。残暑厳しい季節に合っているお土産だと思うけど、うどんがダメだからってこっちを選ぶのは違うのではと思ってしまった。


 讃岐ひやむぎは、噂に聞く強いコシという讃岐うどんとは違っていた。ツルツルの喉越しはしていたけれど、麺が細いからかコシはそこまで感じなかったのだ。家族には好評だったし、俺も空気を読んで「さすが讃岐! 喉越しが違う!」と言っておいたけど俺は強いコシというものを味わってみたかった。

 それに対して小豆島そうめんはとても美味しかった。微かに香ばしい風味がするのはごま油を使っているかららしい。他の人もそう思っているようで、同じ束数茹でて盛られているのに、みんな小豆島そうめんの方を先に食べ終わっていた。


 そんな光景を見ながら、俺は付け合わせのミョウガの天ぷらをサクサクと食べながら、前世の讃岐うどんのチェーン店っていつ頃からか出店して来たっけと思っていた。


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 合宿では予言通り勉強会という名の水辺の夏休みの課題の片付けを行った。

 夏休みも残り10日を切っているというのに、水辺は宿題を殆どこなしておらず、泣きついてきたからだ。

 部員へのお土産だというカマドの形を模したという饅頭を1年生部員に捧げながら全員に懇願し手伝いを勝ち取っていた。

 元々1年生部員たちも夏休みの課題を片づけるためにお互いの空欄を埋めあっていた。水辺は穴埋め終わったそれを丸写ししていき、焦りの顔からスッキリとした顔になった。

 大いに捗ったおかげで最終日前の夜には全員で花火をする余裕もが出来た、200円づつ出し合って手持ち花火のファミリーセットを買い楽しんだ。


「この紐みたいなのただ燃えるだけ?」

「線香花火は平たいヒラヒラがある方を持つんだぞ?」

「これが線香花火っていうものなの!?」

「知らなかったのかよ・・・」

「知らなかった・・・」

「ここの少し膨らんだ部分に火薬が入ってて、そこに火をつけるんだぞ」

「やってみる!」


 水辺は親が海外を飛び回っていたらしく、家で花火をした事が無かったらしい。だから合宿で花火をする事をすごく楽しみにしていたらしく、部員たちの中で一番はしゃいでいた。


 水辺は母親が父親と飛び回っていると思っていたけれど、水辺を産んだあとすぐに亡くなったらしく母親そのものがいないらしい。だから家族がいたらしていて、普通に知っている筈の事に、水辺は疎い事がある。


 俺はそれが不思議でユイに疑問を投げかけ、その理由を知った時、ユイと水辺がお互いに同学年の子供が周囲にもいるのに、1学年差がある2人が姉妹のように仲が良くなったのか分かった。

 ユイも水辺も父親が忙しく母親がいないという共通点を持っていた。多分、お互いが姉妹の様になる事でその寂しさを補い合ったのだと思う。ユイが妹で水辺が姉。 年齢の割に幼いユイに、ポンコツだけどしっかりしている水辺。そんな関係が出来ていったのだと思う。


 お袋と義父が再婚する前にユイと水辺は喧嘩したそうだ。

 それはユイが母親との悲しい別れという記憶を持っていて、それが他人により上書きされ母親の記憶が薄れていく事が怖かったからじゃないかと思う。

 母親との大事な思い出のプリンを大事に食べ、子供のような口調が改まらないのは母親と暮らしていた時から精神年齢が止まっている部分だろう。


 それに対して水辺は、ユイに新しい家族が出来る事を単純に羨ましがった。母親という記憶自体が無いため上書きするような家族との思い出が無かったからだろう。 


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 合宿ではサッカー部も同じ合宿所にいたのだけれど、期末を1教科赤点で乗り切りサッカー部に復帰していた武田は見かけなかった。俺は綾瀬が持ち込む食材で食中毒が起きないかを心配していたので、武田がサッカー部自体にいない事に気がついたのは最終日の朝だった。

 綾瀬に聞いてみたら、どうやら武田は合宿初日に風呂場を覗くという事件を起こして、顧問から退部を言い渡されて帰されたらしい。


 ゲームでは合宿中にランダムの食中毒のイベントの他に覗きイベントというものがあった。夜中に寝苦しくて廊下に出ると風呂場方からシャワーの音が聞こえ、さらに扉の近くを通りかかると隙間があって、覗くかどうかの選択肢が発生する。覗くと脱衣所で着替え中のヒロインと目が合ってしまい大声をあげられてしまうというものだ。

 覗きイベントが発生すると覗いたヒロインだけでなく、他のヒロインの好感度も下がる。けれど芸術と運動のステータスが上がりストレスが下がるといった効果があった。

 覗きに失敗するといったパターンもあって、その際はマッチョな先生と目が合いストレスが上がるといったパターンもあった。

 どちらにしても上がるステータスが多いため、攻略を重視する場合は覗かないという選択は無いイベントではあった。


 俺は公務員を目指す人間が内申を汚すような汚点をのこすべきでは無いと思っていたので、寝苦しさを感じてもそのまま寝ていた。けれど武田によって覗きイベント自体は発生していたようだった。

 覗かれたのは、ヒロインでもマッチョな先生でもなく、水泳部の顧問だった。

 水泳部顧問は女性の数学教師だが、昔はそれなりに活躍した水泳選手だったそうだ。活躍した時期の写真を見ると綺麗な人だったんだと思う。けれど今では50代で2児の母で、最近孫が生まれたそうで、平均的な成人の1.5倍程の幅がある太めの体型にその面影は感じない。

 部活の時間は訓練メニューを書いた紙を部長に渡し、あとは時々プールサイドの日除けのあるベンチでニコニコしているプールサイドの年配マダムといった感じの人だ。


 武田は、覗いたものに衝撃を受けたのか、悲鳴をあげて逃走したそうで、そこをサッカー部顧問に目撃され捕まったらしい。

 事情を聞いていたサッカー部顧問は現れたマダムから状況を聞き激怒、反省する態度を見せない武田に愛想を尽かし、すぐに退部を言い渡し、帰宅するよう命令したらしい。


 ちなみにサッカー部の顧問と水泳部顧問は姓は違うけど実の親子なんだと後で知った。マダムは結婚しても旧姓の通名で先生を続けているそうだ。


 夏休み明けに武田は通学して来なかった、廊下の掲示板に、「1−1武田カイトを2週間の停学処分にする」と書かれた張り紙がされていたので、自宅謹慎させられているようだ。

 クラス中に武田の悪い噂が広がっていた。痴漢で捕まったとか、下着泥棒で捕まったとか、女教師を襲ったとか、聞いていた事と違う噂も飛び交っていた。冤罪のようで気持ち悪いけれど、奴の自業自得だと思い俺は静観していた。

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