第11話 正道の範囲
「屋台の人達が2人の事を立花の旦那や姉御って呼ぶの何で?」
「し・・・知り合いにそっち系の人がいるんだよ」
「そうなの!?」
「花火の席もその人が関係者の場所を抑えてくれたんだ」
「へぇ〜」
リュウタの舎弟達がやってる店が入口近くにあって「立花の旦那! 食べて行って下せぇ!」ってって言われて仕方なく並んだら「姉御の分はサービスでさぁ!」って言われてしまった。水辺が不審そうに俺達の方をじっと見ている。
その後も別の店で買おうとしたら「旦那から金なんて受け取れやせんぜ!」って言われたし、「特別に大盛りでさぁ!」と言われたし、「これは不良品だったようです、こっちを使って下だせぇ」と10匹掬っても破けない何枚重ねされてるのっていうポイを渡されて金魚掬いをしたりと、露店で忖度されまくった。
ユイはあからさまに目線を遠くにやってるし、水辺は俺達を「何なのコイツ」って目で見ているし、非常に居心地が悪い。
お面、ヨーヨー、綿菓子の袋、リンゴ飴など、買ってもないのに手渡されたものを俺達は装備しながら、教えられていた花火大会の関係者席に向かう事にした。
「兄貴ぃ! 席はこっちですぜ!」
「リュウタ・・・」
「兄貴って何!?」
「ややっ! この可愛い姉さんは兄貴のいい人なんです?」
「ユイの友達だよ」
「いい人・・・」
「姐さんも綺麗な人ですし、兄貴も両手に華で隅に置けないですなぁ」
「彼女は次期オリンピックに出て活躍するぐらいの有名人になるからな、あまり変な噂流すなよ」
「噂・・・」
「さすが兄貴のスケ! スケールが違ぇや!」
「だからスケじゃないって!」
「スケ・・・」
スキャンダルで選手生命が絶たれたら目も当てられない、特にあと2、3年は大事な時期だ。
リュウタの先導で席に座り一息つく。花火が打ち上がる方向に向かってひな壇になっていて、パイプ椅子ではあるけれど座れるようにされていた。花火の打ち上げポイントの方向以外の3方向が紅白の幕で囲まれていて、周囲を余り気にせず花火を見れるようになっていた。
「お兄ちゃん、私は良いと思うよ?」
「何がだ?」
「オルカちゃん・・・」
「俺じゃ釣り合わないよ」
「そんな事ないよ」
「オルカちゃんの方を見てみなよ」
「あん?」
水辺の方をみると下を向いて顔に手を当てて震えていた。
「泣いてる?」
「ニヤけてたよ」
「・・・」
俺はそこまで鈍感では無いので、水辺に嫌だと思われていないことは分かる。でもゲームだと主人公ですら3年の卒業式の後で告白を受けて付き合うんだぞ?1年の2学期にすら入って無いのにこういうのは時期尚早じゃないか?
「あまり急かせるなよ、水辺にとって高校の3年間は特に大事な時期だからな、雰囲気に流されて決めないほうがいいぞ」
「そうなのかなぁ?」
「俺達はまだ学生だし、知り合ってすぐだし、卒業まで考えて決めるぐらいが良いんじゃないか?」
「オルカちゃんの事を可愛いって思ってるんでしょ?」
「可愛く思わないほうがおかしいだろ」
「でしょ?」
「何が言いたいんだ?」
「オルカちゃんの方を見てみなよ」
ユイと水辺は俺を挟んで反対側に座っているのでユイの方を見ると水辺を見ることが出来ない。
水辺の方に目を向けると、さっきと同じように下を向いて顔に手を当てていた。
「さっきと変わらないんだが」
「お兄ちゃんの事をキラキラした目で見てたよっ!」
「首を横に振ってるんだが?」
「恥ずかしがってるだけだよ!」
「そうかぁ?」
その時遠くからパシュっと音が聞こえた瞬間、空の上が明るくなって、ちょっとだけ遅れてドーンという音が響いた。 特等席とはいえ安全に配慮してそれなりに離れてているので、光と音にそれなりの差は残るようだ。それでもほぼ真上で花開く大輪は見事で思わず口を開けて見続けてしまった。
「うわぁ・・・」
「きれぇ・・・」
「ほんとにな・・・」
さっきまでの話が無かったかのように、光と音の迫力に流されていった。
少しだけユイの方を見ると、キラキラした目で上を見上げていた。白い顔に花火の色がそのまま写りとても綺麗だった。
逆に水辺の方を見ると口をポカンと開けて少しだけ間抜けな感じだった。色黒なので花火の色の写りは弱いけれど、目だけはキラキラとした光を反射し浮かび上がっていて、可愛らしい人形っぽく見えて可愛いと感じた。
最初の一発目の花火の時は気が付かなかったけれど、花火一発一発に出資者がいるらしく、観客席の近くのスピーカーから個人名や企業名などが読み上げられていた。親分さんの名前も読み上げられ、スターマインと名付けられたいう連発式の花火が打ち上がっていった。個人名での出資なのに、地元の有力企業より見事な花火で、親分さんのすごさが良く分かった。
バブル的な景気の良さもあって出資者が多いのか2時間ぐらい花火が続いた。風が奥の方に向かっているらしく、最後まで火薬の煙で曇ったりせず見ることが出来た。 前世では2000発の花火大会を見に行った時は20分ぐらいで終わっていた。2時間と言うことは1万発を超える数が打ち上がっていたんじゃないだろうか。
「お兄ちゃん・・・トイレ行きたい・・・」
「・・・私も・・・」
「近くに簡易トイレのボックスがあったな、荷物持ってるから行ってきな」
「うん!」
「お願いっ!」
2人から、小さなポーチ以外を手渡されたので、それを持って追いかけた。花火が終わった直後に引き上げる人は多いのか、簡易トイレは5個も並んでいたけれど長い列が出来ていた。
「2人間に合うかな・・・」
「どうしたんです兄貴」
「リュウタか、2人がトイレに並んだんだがあの列だろ?」
「社務所のトイレなら関係者だけなんで空いてやすよ」
「使って良いのか?」
「身内なのに水臭ぇですよ」
「じゃあ呼んでくるから頼む」
「任せてくだせぇ」
本当は関係者じゃないしマナー違反な気がするけど、背に腹は代えられない。俺は列に並んでいる2人の手を取りリュウタの所に行くと、リュウタの案内で神社の社殿の隣の事務所内に入らせて貰い、そこのトイレを使わせて貰った。2人は間に合ったのかかなりスッキリした顔をして出てきて、水辺だけは俺が待っているのを見つけると恥ずかしそうに顔を伏せた。
「帰り道はしばらく混雑しますんで、あっちの席で休むと良いですよ」
「ありがとう」
「誰かに送らせたいんですが、出払ってやすし、しばらくはタクシーも捕まらなねぇんですいやせん」
「片付けとかあるんだろ?何か手伝おうか?」
「兄貴達の手を煩わせる事なんで無いですよ、ドンとしていて下さい」
「色々とすまないな」
こっちの人たちは無理に手伝おうとすると余計な気を使わせ迷惑をかける事を知っているので引き下がる事にした。俺達がリュウタの行った席に行くと、親分さんと神社の関係者とパリッとした服を来た人が数人座って酒を傾けていた。
「おう! 坊も来てたのか!」
「こんばんは、いい席用意してくれたみたいでありがとうございます」
「いいって事よ、まぁ適当に座って摘んでいけや」
「失礼します」
俺は親分さんとの付き合いで、何度かこういう雰囲気の場所にいた事があるけれど、ユイはそこまで多くない。水辺は初めてらしく完全に緊張して固まっていた。
「そっちの嬢ちゃんは初めて見るな」
「ユイの親友で、俺の同級生でもあります」
「坊と同じように日焼けしてるって事は水泳部の仲間か?」
「えぇ、彼女は次期オリンピック出場の最有力選手ですよ」
「ほぅ・・・そりゃすげぇ」
その時親分さんと飲み交わしてた人の1人が、水辺の事を知っていたようでハッとした顔をした。
「その嬢ちゃんは、来年のスポーツ栄誉賞の候補として選考にあがっててる女傑だぞ、間違いない」
「坊の連れてる相手なだけあるなっ!」
「随分といい物件に目を付けたもんだな」
「坊は俺と違って正道を行くからよ、そんときゃケツ持ち頼ぁ」
「頼まれよう」
なんかすごい事がサラっと決められたきがするんだが大丈夫だろうか。
親分さんから教わったこちらの作法でお酌をしていると、リュウタがやってきた。
「足の準備が出来やした」
「俺達より先に坊を送ってやれ」
どうやら先に帰してくれるらしい。2人が緊張し過ぎているので気を使ってくれたのだろう。
「分かりやした、兄貴も姉さん達も是非どうぞ」
「お気遣いありがとうございます、お先に失礼させて頂きます」
「おう! また今度ゆっくりとな」
「失礼します」
「し・・・失礼します」
リュウタの誘導に従って神社の裏手に行くと、関係者用の駐車場があり、黒いスモークの貼られたセダンが待っていた。
「リュウタ、ありがとうな」
「今度は迎えも準備しますんで、ゆったり来て下さいや」
「その時は頼むな」
「任せてくだせぇ」
遠慮しすぎるのは美徳じゃ無いらしいので好意は素直に受け取っておく。過剰な気遣いに感じるけれど、親分さんの言う正道の範囲で便宜を図ってくれているようなので断ったりはしない。
家についたとき、2人ともぐったりしてしまっていた。水辺をそのまま帰したら、家に入った瞬間に崩れ落ちそうなので、うちのリビングで休ませてから帰って貰った。
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