第10話 シャリはふんわり派

 俺の高校1年の夏が終わった。夏休みは始まったばかりだけどね。


「全国惜しかったね」

「県大会の決勝に出れただけでも満足だよ」

「その分私が頑張ってくるよ」

「余裕で標準タイム超えだもんなぁ・・・」

「私が戦うのは世界だからね」

「頑張れ日本!」

「私は日本じゃない!」

「お前は日本だ!」


 予想外の健闘をしたけれど、標準タイムに一歩及ばず全国大会出場を逃した。讃岐県って行ってみたかったなぁ・・・うどんが美味しいらしいし。来年は樺太県で開催らしいし是非行ってみたいな。

 水辺は全国でも余裕で優勝するだろう。同世代で彼女の記録に並ぶ選手はいないらしいしね。彼女の国内の壁は現在大学生という選手だけ。 記録が伸びている水辺と違い、停滞しているらしいので来年ぐらいには逆転と言われているらしい。オリンピックは俺達が3年である2年後の夏の開催。水辺はオリンピック出場の有力候補という事もあり、既に雑誌社から取材も受けているらしい。


「合宿楽しみだなぁ・・・勉強・・・」

「こ・・・国体も控えてるんだからお手柔らかにね?」

「期末もまたギリ赤点回避の状態だったし、流石になぁ・・・」

「うっ・・・」

「まぁ息抜きに花火はやろうぜ」

「うんっ!」


 水辺とユイが仲良しなので、自然と俺と水辺もよく会話するようになった。日曜日に3人で出かける事もあったしな。2人は仲が良過ぎるので、2人のデートに、俺がついて行ってる感じがするのだけれど・・・。

 まぁ荷物持ち兼場所取り兼用心棒兼お財布とも言うな、まぁ2人は見た目が良いので役得ではあるのだけれど。


「そういえは夏休みの課題はやってるか?」

「まっ・・・まだ夏休みは始まったばかりだしっ!」

「でも水辺は全国行ったり世界大会向けの強化合宿に行ったりと忙しいんだろ?」

「うっ・・・」

「合宿の時にマズそうなら持ってこいよ、手伝うからさ」

「心の友よ〜」

「打算的な友だなぁ!」


 インターハイの直後に水泳部の夏合宿が予定されている。学校に宿泊するだけなので目新しくはないのだけれどね。

 合宿ではランダムに食中毒事件が起きるので注意が必要だ。確か水辺の場合は全国大会のお土産で買って来たものが原因で発生した筈だ。

 料理にぶち込まれる前にチェックしといた方が良いだろう。

 そういえば同日にサッカー部も合宿だった筈だ。マネージャーである綾瀬もいるだろう。もし一緒に料理するのなら綾瀬の方もチェックが必要だな。確か綾瀬の食中毒の原因は、綾瀬の父親の友人から送られて来た山菜を使った事だった筈だ。


「時期も時期だしお土産は傷みにくいものを選ぶんだぞ」

「えっ?」

「インターハイの直後に合宿だし部員へのお土産持ってくるだろ」

「うん」

「この時期は食べ物が傷みやすいからさ」

「茹でて無いうどんなら大丈夫じゃない?」

「現地で打ち立て茹でたてを食べるから良いんじゃないの?」

「そうなの?」

「無難に個包されてる菓子あたりが良いと思うぞ」

「そっかぁ・・・」


 真空パックされた生麺とか乾麺なら大丈夫だと思うけど、何があるか分からないしな・・・。袋に穴が空いててカビが生えるとかありそうで怖いんだ。なんせゲームでは食中毒イベント起きると体力と運動パラメーターが低下して、ストレスも上昇して最悪休憩コマンドしか受け付けない病気状態になるからな。まだ大会が控えてる世界クラスの選手がそうなるのは色々マズいだろ。ゲームでは描写が無いけど保健所が立ち入り調査して、学校や顧問にも責任問題とか発生しそうだしな。


---


「じゃあ3000円ね、無駄遣いするんじゃないわよ」

「はいよ」

「お兄ちゃん早くっ! オルカちゃん来ちゃうよっ!」

「暗い道では足元気をつけるのよ〜」

「分かってるよ」

「ほらチャイム鳴ったぁ」


 今日は近所の神社の夏祭りの最終日だ。去年はユイと2人で行ったけど、今年は水辺も一緒に行くらしい。土曜日と日曜日の2日間夕方5時から夜の9時にかけて開催するけれど、花火が打ち上がる日曜日の6時半から8時半の間が人手が多い。けれど親分さんが色々仕切って居る関係で、祭りの関係者用の花火観覧席を確保してくれたので、人が混み合う場所ではなく特等席で見れる。


「オルカちゃんお待たせ〜」

「浴衣可愛いね、イルカ柄なんて初めて見たよ」

「イルカじゃなくてシャチだよっ!」

「あっ!本当だ!」

「確かにシャチだ・・・さらに珍しい柄だな、でも似合ってるよ」

「あ・・・ありがとう」

「お兄ちゃん私の浴衣は?」

「さっきから何度も褒めてるだろ?」

「みかん柄なんてそれも珍しいね」

「ユイの大好物だからな・・・」

「プリンの次にねっ!」


 ユイはみかんも好物なのだが、色白なためか食べると肌が黄色くなる。だから出かけない日の夜にしか食べない。

 

 色白のユイが鮮やかな赤色の地にミカン柄の入った浴衣。色黒の水辺が薄い黄緑の地にシャチの柄が入った浴衣。丁度肌色と浴衣の濃さが対比状態になっていて面白い。


「そっちは浴衣じゃなく甚平なの?」

「この方が身軽だろ?」

「情緒無いなぁ」

「和装っぽい服で合わせてるから良いだろ?」


 俺は藍色の甚平を着ている。去年は浴衣を着たのだが、ユイが人混みで倒れそうになったときに、支えるのが遅くなって足元を少し抉らせてしまったのだ。だから今年からは浴衣ではなく甚平で行くように決めていた。


 サンダル履きのペタペタした音を響かせながらバス停に着くと、同じく神社に向かうらしいカップルが待っていた。男性の方は学校で見かけた事があった、確か3年生の人で挨拶週間の時に校門前に立っていた人だ。だから生徒会の人だと思う。


「あれ? 水泳部のエースの2人?」

「水辺はエースですが、俺は違いますよ」

「県大会出場の壮行会に出てたでしょ?それに全国まであと一歩だったらしいじゃない」

「良くご存知でしたね」

「活躍した選手は2学期の始業式で表彰式するからね、色々準備するために情報は集めているんだよ」

「さすが生徒会ですね」


 中学校の時はそういうのは教師がやっていたけど、高校では生徒会がやるんだな。 これじゃあ掛け持ちは難しいだろうな。


「2人は付き合っているのかい?」

「いえ、家が近所なんですよ」

「あぁ幼馴染って奴かい」

「そんな感じです」

「じゃあもう一人の子が彼女かい?」

「妹ですよ」

「なるほど3人で幼馴染なんだね」

「はい」


 俺だけ違うけれど、家庭の事情の説明が面倒なのでそういう事にしておいた。


「隣の方は恋人ですか?」

「そうだよ」

「生徒会の方ですか?」

「いや、彼女は学校が違うんだ」

「そうなんですか?」

「君たちと同じ幼馴染って奴だよ」

「なるほど・・・」

「バスが来たようだね・・・、結構混んでるな」

「去年もそうでしたよ」

「去年は土曜日に行ったからここまで混んで無かったんだよ」

「花火ですか・・・」

「だねぇ」


 席は全部埋まりぎゅうぎゅうと寿司詰め状態だった。寿司のシャリはふんわりが好みなので、ぎゅうぎゅうは勘弁して貰いたい。

 俺達3人は一塊になってお互いに支え合うように立ってバスに揺られた。空きスペースの関係で先輩達は前、俺たちは後ろ側の通路に立っていた。


 3人とも比較的背が高いので捕まるところに手が届かないという事は無かった。 それでもある程度体を密着させなくてはならずユイや水辺の柔らかい部分が当たって少し気まずかった。

 俺達の次に停留所で乗った乗客で定員オーバーだったためか、降りる客が出ない限り停留所には止まらず、鳥居前と言う神社に近いバス停に降りるまで進んだ。

 先輩達と降りるまで時間差が出てしまったからか、降りた時には先輩達は人に流されて先に進んでいるのか姿は無かった。

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