第9話 リアルの洗礼(武田視点)

 俺の名前は武田カイト、この世界の主人公だ。

 なぜそう言い切れるのかというと、この世界がゲーム世界で、俺がその主人公として設定されていると知っているからだ。


 俺は産まれた時に、前世の記憶をもっていた。

 前世ではそれなりに真面目に学校を出たけれど、働きに出たら何も通用しなかった。

 最初は普通ぽい会社のサラリーマンになったけど、余り歳の変わらない奴にあれヤレこれヤレと命令されて頭に来た。

 「1から教えられないと出来ないのか」とか、「見ていれば分かるだろ」と言われても教えられていない事が出来ないのは当たり前だし、どこを見たらいいのか教えられてないのに見ている訳がない。

 何とか見様見真似で一つこなして見ても出来るのは当たり前だと逆に怒られる理不尽な会社だった。

 出来ない俺はもっと覚える事があるからと毎日居残り残業させると言われて翌日から行くのを辞めた。


 次は工事現場の短期募集を見つけて応募した。

 そこはさらに酷く、教え方が悪いくせに、出来ない事を責められまくったのですぐに辞めてやった。


 コンビニで働いたら、大学中退の店員に出来ない奴だとバカにされ、キレてその場で帰ってやった。


 その後は親のスネをかじって生活しながら自宅に引きこもったけれど、3年過ぎたあたりで家の階段を登り降りするだけで息切れするようになって、さすがにヤバい事に気がついた。


 手持ちで何か出来ないかと考えた結果いきついたのが、自室にあるゲームを動画に撮ってネットにアップし収益をあげる事だった。動画を取る道具は親のクレジットの番号で登録してあるネット通販サイトで注文し用意した。


 最初は誰も見てくれないし、コメントがあってもつまらないの一言だったりしたけれど。それでもしつこく動画をアップし続けたら固定の視聴者が付くようになった。どうやら俺はプレイが素人臭いけれど声はいいらしい。


 ある時、中古ゲーム屋でたった110円で古い恋愛シミュレーションゲームが大量に入っているのを見つけた。このシリーズの最新作となる7作目が酷く、レビュー動画で叩かれていたのは知っていた。

 家に帰って調べてみたら。そのゲームは第3作目ぐらいまではヒットしたそうだけど4作目から失速し、5作で大失敗したあと、再起を図った6作目でも復活せず、豪華声優陣を使った7作目も大失敗した事で、スマホ版以外から撤退する事が確実視されていた。


 試しにやってみたら思いの外面白かった。能力値最低で落ちこぼれだった主人公が、高校3年間で自分を磨き一流大学に入ったりプロのスポーツ選手になれたりするし、その能力に見合った女の子と恋人にもなれる。幼馴染の娘については幼少期の回想シーンの行動によって、自身に相応しい相手にする事も出来た。


 俺は全キャラ攻略の動画を作ってアップをした。スーパープレイ動画では無かったけれど、コメントが面白いと評価されて、今までで1番の再生数を叩き出しイイねもいっぱいついた。おかげで登録者も増え、収益化にも成功した。


 コメントでこのゲームのRTAがある事を知って挑戦もしてみた。仕組みを知りチャートを書き上げ最短の労力で最難関の幼馴染を攻略する。タイムを更新したら動画としてあげていく。そんな単純な動画なのに視聴者は増えていった。同じRTAをする人達からももっと早く攻略する方法のアドバイスが書き込まれる事もあった。

 そして運命の日、偶然に裏技を発見してTASを除き、世界最速クリアを達成する事が出来た。

 俺はこのゲームの事は世界の誰よりも詳しくなったんじゃないかと思い有頂天だった。


 RTA最速動画を急いで編集し、動画サイトにアップした俺はとても満足していた。 コメント欄に称賛の嵐が来るのが既に目に見えるようだった。


 俺は7日ぶりぐらいにサッパリしたくなり、風呂場のある2階に降りていった。 そして足を滑らせた事まで覚えている。

 気がついたら今の俺に生まれ変わっていた。

 赤ん坊から始めるなんて人生超イージーだ。なにせ俺は曲がりなりにも大学を卒業しているんだからな。


 俺はオープニングムービーをスキップするみたいに早送り出来ないのかと思いつつ幼馴染との分岐の最初の選択肢を迎えるのを待った。そして幼稚園に入学してすぐにその時が訪れた。 何度も見ていたグラフィックと似ている場所と、RTAの時に何度も飛ばしながら繰り返して見続けたシーンなのですぐにそうだと分かった。


 俺はその回想シーンの日をRTA最速の選択肢の通りにこなす事が出来た。

 会話のスキップが出来ないのが面倒に感じたけれど、このガキ臭い女を俺好みの女に変えてると思ったら我慢出来た。


 その後もそのガキ臭い幼馴染と関わりながら選択肢をRTA通りにクリアしていった。


 中坊までの生活は本当にイージーだった。 なんせ俺には前世の記憶がある。 小学校の勉強なんか余裕で高得点を出せた。

 中坊時代は勉強が少し難しくなった。 鎌倉幕府成立1185年と書いたらバツ付けられたし、衆議院なんて無く貴族院があった。俺の知ってる日本と違う日本なので一度覚えてしまったものを追い出して記憶するという結構手間がかかっていた。

 けれど俺が伸びるのは高校からだ。ゲーム舞台である高校に合格しちまえばこっちのものだ。そしたら後は最小の労力で俺好みにした綾瀬とゴールインだ。


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 俺は何とか目当ての高校に入学出来た。綾瀬とは同じクラス、そして俺の後ろの席に座っているのがお助けキャラのタカシだ。ゲームでは前の席に座ってたと思うけど席は出席番号順で俺の名前が前世と同じ武田カイトだから逆になってしまったらしい。まさか俺と違う奴のお助けキャラになったりしないよな?後でタカシの後ろの席の田村に聞いておこう。田村は同じ中学で同じサッカー部だったし話しかけやすいからな。


 それにしてもタカシは思ってたのと雰囲気が違うな。リアルな見た目に変化しているのは分からなかったけど、ヒロイン達はあまり違和感を感じない感じだった。

 けれどタカシだけは違いすぎた。一応ゲームと同じ笑顔ではあったけれどなんか背が高いし威圧感を感じた。

 そういえば奴の妹のユイちゃんって背が高いキャラだ。兄妹だし背が高いのも当然か。ゲームの立ち絵は小男みたく見えたのにこっちが本当なのか。まぁヤローの見た目なんかはどうでもいいんだけどな。


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 RTA的に真っ先にタカシに電話かけなければならないんだが、こいつの電話番号って何なんだ?ゲームだと入学式の日にタカシの方から声をかけてきて、勝手に電話番号教えてくれる筈なんだが全然こっちを見やしない。なんか迫力がある雰囲気がして話しかけ辛くて困った。2つ隣の席のメガネちびがタカシと同じ中学らしいし、奴にタカシの番号聞いてかけてみりゃいいか。


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 メガネチビにタカシの電話番号を聞いたら、コントローラーのAが1,Bが2、Cが3、Dが4に対応してる事が分かった。 ゲームでは電話はコントローラーで押した方が誰にかけるか選択画面を出すロード時間が不要なのでわずかに早い。だから世界一のRTAを達成した俺は、全ヒロインのコントローラーでかける電話番号が頭にきっちり入っていた。

 つまり俺がこのゲームを熟知していてタカシなんか不要な状態だからタカシが声をかけて来なかった訳だ。なんか世界の仕組みが俺に合わせているみたいで怖いなと思った。


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 試しにタカシに電話したら妹のユイちゃんが出た! なんか感動。

 綾瀬の次ぐらいにグラが好みなキャラだけど、背の高い女はノーサンキューなのでヒロインとしてはアウトオブ眼中だけどな。

 やっぱりタカシの反応はそっけなかった。でも入学式から数日なのに他のクラスの女子である桃井の事を耳に入れていた。お助けキャラじゃなくてもタカシの情報通としての能力は健在のようだ。

 タカシからヒロイン達の不満度を聞けないのは問題は無い。何故ならRTAのチャートを作るのに、どうすればどれだけ不満度が上がるかの情報は必須だった。これは細かいので全ヒロインまでは完全に覚えていないけれど、ヒロインとして関わる予定の綾瀬と真田とユイちゃんだけならな完璧に覚えているので把握するのは完璧だ。


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 RTAで綾瀬を攻略するには、ステータスが上がると登場フラグが立ってしまうヒロインと出会わないようにステータスをあげる必要がある。そして1番最初は1学期のイベントである体育祭で活躍できるよう体力のステータスを上げる事がベストだ。 しかし体力のパラメーターをあげると出てくるのが脳筋女の水辺だ。

 それを回避する最も良い方法は綾瀬が運動部に入部するように回想シーンの行動を起こし、その部に俺も入部するという方法だ。自主的な運動という行動の選択をしなければ脳筋女は出てこない。


 綾瀬攻略RTAでは、主人公である俺は、その時に入ったスポーツのプロ選手になるというエンディングになる。前世の記憶からサラリーマンは御免だと思っていたのでとても都合がいい。

 現在の日本では、年俸の高いスポーツ選手はプロリーグのある野球かサッカーの選手だった。海外だと違うらしいけれど、俺は英語は喋れないし、頭を丸坊主にするのは嫌なのでサッカー選手を目指す事に決めた。


 幼少期の回想イベントの1つでは、きっちりと綾瀬に開幕したばかりのプロサッカーのチケットを渡したので、綾瀬は今ではサッカー観戦が大好きになってる。 中学校でもサッカー部のマネージャーをしていたし。俺も一応入部したけど一度もレギュラーどころか補欠選手にもなれなかった。まぁ俺は高校で伸びる男だから問題無いけどな。


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 廊下で桃井とぶつかってしまった。可能性は低いけど、綾瀬からデートに誘われた際に容姿の不味さで嫌われないよう、トイレの鏡の前で身だしなみを整えてたんだが、ランダム要素の成長の部分がかなり上振れ続けたようで、調整を誤ってしまっていたらしい。


 桃井は俺も綾瀬も同じ中学校の出身だけど、綾瀬に変化が起きないよう俺は関わらないよう避けてきた。今までもそれが出来ていたのに、ゲームの強制力なのか出会いのイベントである廊下での衝突が起きてしまったのだ。


 ゲームでは見えていたステータスが見れないのが結構厄介だった。桃井と出会ってしまった事は、最速のRTAとはズレるけど攻略的には修正が可能だ。

 雑学系を上げていないので真田とは出会っていない。つまり真田の分を桃井にスイッチすればほぼ同じRTAチャートで攻略できる。電話しデートの予約をしてすっぽかせば良い。 桃井の好感度が最低まで下がるけれど、不満が溜まりにくくなって、3年の春ぐらいまで放置しても問題なくなる。

 ただ桃井は同じ中学校という事もあって綾瀬と友達で、だから桃井だけは登場させると綾瀬攻略に影響を与えるという隠し要素がある。

 好感度には「親密、好意、普通、苦手、嫌悪」という5段階あるのだけれど、桃井が「苦手」と「嫌悪」の状態では綾瀬は攻略できない。


 桃井は3年になったら好感度を上げてフォローする必要がある。そこが面倒なので、攻略チャートでは桃井ではなく、フォローの必要が無い真田を選んでいたのだけれど、まぁそれは良いだろう。

 3年から攻略ヒロインとの出会いイベントが起きなくなるので、それまで控え目にしか上げていなかった容姿や雑学を一気に上げる。容姿を上げておくと、カラオケボックスとブティックと植物園で、確定で桃井とのデートが大成功となる選択肢が登場する。 それのどれか2回こなせば桃井の好感度は普通以上になる。 安全を見て3つともこなせば確実なので、3年になったらそれをすれば良いだろう。


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 桃井に電話したらめっちゃキレられた。誰から電話番号聞いたか聞いてきたのでタカシの名を出しておいた。こっちのタカシは教えてくれなかったけど、あっちのタカシが教えてくれたんだし問題ないだろ。

 デートの約束は出来なかったけど、色々話したらキモがられてキレられた。中学校の時の連絡網とか綾瀬から聞いたと言えば良かった。だけど好感度を最低の状態にする事には成功したようなもんだし計画通りともいえる。

 今は好感度が嫌悪だろうけど、容姿を上げたあと電話すればそれだけで苦手になって、2回デートで普通になる筈だ。


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 脳筋女とは出会わないようになっているはずなのに出会ってしまった。部活で運動のステータスをあげて、自主的な運動をしなければ出会わない筈だけど、何故だろう。遅刻しそうになった日に走った事が自主的な運動と見なされたのか?

 仕方ないから嫌われるために電話をしてみたがババアが出てきて不在だという。 体力パラメーターが高い状態になって来ているので好感度が上がりやすい状態だしヤバい。早く下げないといけないのに。


 試しにタカシに電話し脳筋女の事を聞いたあと電話してみたら繋がってくれた。 タカシは何も教えてくれなくても、タカシに電話をして聞くという事がフラグになってるようだ。他のヒロインに会った時は、タカシが教えてくれなくてもタカシに電話をして聞かないといけないらしい。


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 ヤバい、全然授業が分からなくなってる。体力と容姿が上がる行動ばかりしていたし学力は初期値以下に落ちてる事が影響しているらしい。でも1年1学期の中間テストは前日に図書館に行けば赤点は回避出来るという裏技があるから平気な筈だ。何せ中学校のテストと高校受験で試して成功した奴だからな。

 だけど最近ゲームと違う事が最近起きている。この裏技は大丈夫だよな?


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 おかしい・・・、テストの結果が悪過ぎた。担任と顧問に呼び出されて、放課後の補習と、部活動の無期限停止を通告されてしまった。ゲーム設定では無条件で退部させられるというものだったから処分が緩いけどマズいだろ。期末で挽回すれば解除されるそうだけど勉強ばかりだと運動パラメーター足りなくなるし、容姿が下がって綾瀬がデートの待ち合わせに現れなくなる。はぁ・・・どうしよう。取り敢えず綾瀬RTAルートは失敗だな。リセットボタン欲しい。

 通常攻略はパラメーター調整失敗して綾瀬じゃないヒロインルートに入りやすいしプロスポーツ選手じゃなく進学コースで将来リーマンだよ。そんなのタリィよ。


 他のヒロイン目指すか?桃井と運動馬鹿は怒らせたし機嫌取るために3週連続電話するなんて面倒だ。でも残ってるヒロインってキモい奴か趣味じゃない奴ばっかだ。 俺は綺麗系が好きなので、真田や脳筋女みたいな可愛い系は趣味じゃない。科学部のマッドサイエンティストや文芸部のムッツリスケベは綺麗系だけど性格に難があり過ぎる。まともなのは身長の高いけどユイちゃんだけか・・・、あのタカシの義弟になるとか超嫌なんだけど。


 やっぱ綾瀬を攻略するっきゃねぇよな。俺のスペックならリーマンも何とかなるだろ。それに賭けにはなるが、あのバグ技に成功すればプロスポーツ選手ルートにも戻る事が出来るしな。


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 タカシの奴おかしくないか?あいつは毎回赤点組の筈だろ。学年15位って高過ぎじゃねぇか?それにリレーのアンカーで5人抜きとか活躍し過ぎだ。運動得意なんて描写は無かったぞ! 最近綾瀬もタカシなんかをチラチラ見ている気がするしどうなってるんだよ。お助けキャラの癖に俺の邪魔をするんじゃねーよ!

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