第7話 笑顔が崩れた日(ユイ視点)
私のお兄ちゃんはいつも笑顔だ。本人は真面目な顔をしているつもりらしいけれど笑顔に見えてしまう。
けれど昔、この笑顔が崩れた日があった。
ある日、バスケの大事な試合負けて悔しい思いをした日、お兄ちゃんが私を気晴らしのために駅前のショッピング街まで連れ出してくれた。そしてお兄ちゃんがショッピング街近くの公園で出ていた出店のアイスを並んで買ってくれている間、私が噴水前のベンチで席取りがてら待ってたら、3人の男達にナンパされてしまった。その時の私はまだ中学校1年生だったけど、既に身長が170㎝を超えていて成人に見えると言われていた。
私が連れがいるからと断ってもしつこく誘って来て困っていたら、お兄ちゃんが駆けつけてきて、その男達の間に割り込んでくれた。
「なんだ!?チビ!!」
「こんな綺麗なお姉さんとお前じゃ釣り合わないからあっちいけよ!」
「ヘラヘラした顔しやがって」
「なんだ?こういう仕組みなのか?」
お兄ちゃんが変な事を言っている気がしたけれど、男達から一歩も引かず立ち向かってくれてとても頼もしかった。男達がお兄ちゃんを押し倒そうとしたけれど、逆にお兄ちゃんが男達を制圧し追い返してくれた。
「ユイ、大丈夫だったか?」
「う、うん。お兄ちゃん強いんだね」
「あぁ、警備会社・・・に勤めている人から護身術を習った事があったんだよ」
「ふーん」
私より背が低くて頼りないと思う時もあったのに、この日はお兄ちゃんがとても大きな人に見えた。
私とお兄ちゃんは駅前に行く度にその男達の仲間らしい人に絡まれるようになった。その度にお兄ちゃんが私を庇ってその男達を撃退してくれた。
その頃からお兄ちゃん背は急に伸びていって私の背を一気に追い抜いていった。遅くやってきた成長期なんだと思うけれど、少し目を離すと背が伸びていくようでとても不思議だった。
お兄ちゃんは「戦闘経験値って意味があったんだな・・・」と不思議な事を言っていたけれど、男達を制圧する事で体の成長につながる何かを感じたのかもしれない。けれどお兄ちゃんの後ろに庇われているだけの私には分からなかった。
背が大きくなった事は、お兄ちゃんが中学校に入ってから始めた水泳の記録を急激に伸ばす事に繋がったようで、お兄ちゃんは3年の時に県大会に出場する事が出来るようになっていた。また元々真面目でテストの成績が良かった事や、人当たりが良い事や、2年の後半ぐらいから体が大きくなって頼りがいが出て来た事もあって学校の人気者になり、次期生徒会長として指名されて当選をした。
「ユイのお兄さんって、成績も良くて、性格も良くて、背も高くて、スポーツも得意って、良物件じゃない?」
「良物件って?」
「結婚相手として」
「はぁ!? お兄ちゃんと結婚!?」
「ユイも血がつながって無ければと思ったりしない?」
「・・・」
あまり周囲に両親が再婚同士という事を話していない。小学校の時に一番の友達だったオルカちゃんと喧嘩をしたので話すのが怖かったからだ。だからなのか、別の小学校からやってきた同級生は私とお兄ちゃんが血がつながっていないという事を知らない。この子もそういった1人だった。
「ちょっと前まで私より背が低くて頼りなかったんだよねぇ」
「確かに大きくは無かったね」
それなのに不良たちから私を守ってくれたんだよね・・・。
「でも夏休み明けのあの顔は酷かったね」
「街で喧嘩したんでしょ?」
「なんかすごい人が学校に怒鳴り込んで来たらしいじゃん?」
お兄ちゃんが最後に喧嘩した相手は、地元のヤクザのドンの息子で、私やお兄ちゃんに絡んで来た人たちの元締めだったらしい。お兄ちゃんは大人を連れたその人と会うと、少しだけ話し合い河川敷に向かい、そこで1対1で喧嘩をしてやっつけてしまった。
私はその日初めて笑顔じゃないお兄ちゃんを見た気がする。真剣に全力で相手にぶつかっていき、相手の倍以上殴られて顔が崩れて行って、何度も倒されて起き上がり、相手が起き上がらなくなるまで続けた。
その後は、喧嘩の立ち会いだと言ってその場にいた大人の人がどこかに連絡を取り、やってきた人たちに連れられてお兄ちゃんと一緒に病院に行った。
お兄ちゃんは病院に着くまで私に「大丈夫だから、俺が守るから」と言いながら意識を保っていたけれど、病院についた途端に意識を失ってしまった。とても心配したけれど、お兄ちゃんも相手の人も体に大事は無かったらしく、打撲の治療だけして1日様子見の入院をして帰る事が出来た。
その日、病院に駆け付けたお父さんとユイカさんは、同じく駆けつけて来たヤクザのドンの人と話し合ったそうだ。
私はお兄ちゃんのベッドの横にいたのでどんな話をして分からない。けれどその日から、ヤクザのドンの息子はお兄ちゃんを兄貴と呼ぶようになった。そしてドンの息子の仲間達も私を「立花の姉御」と呼び無理に絡んで来る事は無くなった。
夏休み明けに腫らした顔の事で問題になった際には、ヤクザのドンとその息子の人が一緒に学校にやって来てお兄ちゃんを庇った。
学校ではお兄ちゃんは喧嘩してはいけない人と喧嘩して学校に怒鳴り込まれたと思われていた。
お咎め無しという結果から、お兄ちゃんのしたことが間違えて無かったと証明されても、先生たちもそれについては口を開かないので、憶測だけが広がってしまった。
中学校卒業の時に卒業生代表の挨拶をするお兄ちゃんはカッコよかった。
卒業式の後には色んな生徒たちに群がられて制服のボタンや詰襟のカラーや襟の校章だけでなく、袖のボタンまで引きちぎられて奪われていた。
なんとなくそうなる事が分かっていたので、こっそりと前日にお兄ちゃんの制服の第二ボタンだけは付け替えて、私の宝物入れに確保しておいた。
お兄ちゃんが本当に好きな人が出来た時に、その人に渡してあげられたらなと思っている。
「新しいお兄ちゃんってどうなの?」
「いいお兄ちゃんだよ」
「そうなんだ・・・」
最近オルカちゃんがお兄ちゃんに急接近している気がする。同じ学校で同じ部活でご近所さんだからか、お兄ちゃんの良さを見るチャンスが多いのが理由だと思う。
「お兄ちゃんって水泳は早い方なの?」
「紹介の時は県大会出場ギリギリって聞いてたけど、練習で見た感じでは、県大会決勝進出クラス以上全国大会出場未満の結構凄い選手って感じだね」
「オリンピック強化選手クラスから見ても?」
「記録だけならそこまでではないけど、記録が伸びるスピードが異常だと思う」
「そういえば中学校2年頃から急激に身長が伸びて記録も伸び出したんだよねぇ」
「そうなの? そういえば身長がまだ伸びてるって言ってたね」
「成長期が遅かったんでしょ?」
「ふーん・・・」
お兄ちゃんの身長は現在180cmを超えている。中学校1年の時に170㎝だった私より10㎝近く低かったのでお兄ちゃんに急激に抜かされてしまった感じだ。私も今では180㎝近くあるけれど、まだ伸びているお兄ちゃんと違い成長が遅くなっているので、お兄ちゃんを超すまで伸びる事は無いと思う。
「ユイはうちの高校を目指しているの?」
「成績的に厳しいんだよねぇ」
「お兄ちゃんに教えて貰えば良いんじゃない?中間テストでは結構上位にいたよ?」
「あの高校でも上位にいけるんだ。お兄ちゃんはすごいなぁ・・・」
「家では勉強して無いの?」
「結構勉強してる」
「だよねぇ。努力で取ってる成績って感じがするよ、水泳でも練習熱心だしね」
「そっかぁ・・・」
お兄ちゃんってやっぱすごいんだと感心すると共に誇らしくもあった。
「明日から本気出そうかな・・・」
「今日からやれっ!」
「プリン2個じゃなきゃ無理」
「何それ!?」
プリンは私の元気の源だからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます