第6話 漢じゃなく男です

「おう坊か! よく来たな! まぁ上がってくれ」

「お邪魔します」


 日曜日の部活動が終わったあと自宅に帰ったあとに出かけたのは、この地域の顔役である親分さんの家だ。前世のヤの付く自由業のイメージとは違い、地元に寄り添う用心棒という存在だったりする。

 時には警察組織より治安維持に貢献しているらしいこの親分さん達がいるおかげで、この街は安全な街になっているらしく、ヤカラっぽい人ですら基本的に一般社会の人たちに大きな迷惑をかけたりしない。


 何でここに来たのかと言うと、ある事件がきっかけで、この親分さんと仲良くなってしまい、遊びに来いと言われている。だから週に1回、学校帰りに親分に会いに来ているのだけれど、今日は何故か呼び出しがあったので伺った。


「リュウタはいないんですね」

「奴は舎弟共と遊びに行ってるぞ」

「今日は何で急に俺を呼んだんです?」

「あぁ、入学祝いをやろうと思ってな」

「貰っていませんでした?」

「ありゃあ合格祝いだ、入学祝いは別にするもんだろう」

「そういうもんですか?」

「そういうもんだ」


 家の奥にある客間に行き、親分さんと対面で座ると、襖がスッと開いて親分さんの奥さんがお茶と茶菓子を出してくれた。

 親分さんがお茶に口を付けたところを確認したあと、俺も口をつけると親分さんがスッとテーブルの脇から白木の箱を取り出して俺に差し出して来た。


「祝いだ」

「ありがとうございます」


 丁寧に渡された白木の箱を受け取ると、恭しく蓋を開けた。箱に入っていたのは漆塗りの鞘に入ったドスより少し長い刃物だった。前世より銃刀法が緩い国になっていて、特別な立場の人は持ち歩いたりしているけれど、平民であり未成年でもある俺が所持するものでは無かった。


「これは?」

「元服祝いの小刀だ、鞘の家紋を見せれば滅多な事は起きないだろう」

「刃物を所持する許可がありませんけど」

「こちらで手続きしておいたから大丈夫だ」

「そうですか・・・」


 確か18歳未満の人が刃渡りの長い刃物を所持するには、自身だけでは無く保護者の許可も必要だった筈だ。という事はお袋が許可を出したという事になるけど。


「学校にも届けておいたから持っていっても大丈夫だぞ」

「こんな大事なもの持っていけませんって」

「この家紋付きを勝手に持ち出す馬鹿はいねぇだろ」

「まぁそうかもしれませんが・・・」

「お守り代わりに身近に置いておけや」

「ありがとうございます」


 俺が親分さんと出会うきっかけはゲームの設定に関係があったりする。


 ゲームでは主人公がヒロインたちをデートに誘って好感度を稼ぐのだが、複数のヒロインとデートの約束をしていると、どこがデートの待ち合わせ場所かという選択肢が出てきて、間違えるとデートに遅れたりすっぽかしてヒロインに嫌われてしまうというペナルティが発生する。 きちんとメモしながら攻略すれば問題は起きないのだけれど、同じ作業の繰り返しになりがちなため、流れ作業の様に続けていると間違えてしまう事がある。

 そのためヒロイン達を同じ場所にデートに誘い選択肢を出現させないという裏技が良く取られる事になった。同じヒロインに連続で同じ場所にデートを誘うと好感度が下がるけど、別のヒロインであれば問題は起きない。本命以外のヒロインは本命のヒロインと同じ場所にデートに誘うという事をすれば間違えは発生しなくなる。


 しかしその裏技にはリメイク版で落とし穴が追加されてしまった。3回連続で同じ場所に違うヒロインをデートに誘うと街の不良に軟派野郎だと目をつけられるようになり、デートの度にランダムで戦闘パートに飛ばされるようになったのだ。

 好感度が爆上がりする大事なイベントが飛んだり、ヒロインの不満度が解消し切れずにフォローする手間が増えたりと結構厄介だった。


 俺は中学校の頃に生徒会の用事で、生徒会役員と街に買い出しに出る事があったのだけど、2回別の生徒と駅前まで買い出しに出た翌週に、ユイと街に買い物に行ったら、ユイがチャラそうな男に絡まれるという事があって、それがゲームシステム故のイベントなのだと勘違いしてしまった。

 俺は、そのチャラそうな男達の間に割り込みユイを庇った。その結果殴りかかられてしまい、警備会社に勤めた時に倣った護身術を使って撃退してしまった。

 それが本当に何かのイベントだったのか、俺やユイが買い出しで駅前の方に行くと、その男達の仲間らしい奴らが高頻度で現れて絡んで来るようになった。

 俺はユイを守るために用事がある時は一緒に出かけ払いのけていった。そして最後に現れたのがチャラそうな男達の兄貴分である、親分さんの息子であるリュウタだった。


 このリュウタだが実際にゲームにも登場するキャラだった。不良たちに一回でも遭遇しているとゲームの3年の秋ぐらいにデートをしたときに現れて最終バトルを行うからだ。

 結構強く運動関連のパラメーターを上げておかないと倒されてしまい、全攻略キャラの好感度が爆下がりするという結果になる。

 また怪我の発生によって、しばらくの間行動選択が休むしか選べなくなる。休日もデートに出かけられなくなるため、ヒロイン達とデートの予約をしていたらすっぽかす事になる。

 また行動選択によるヒロイン達の不満度のコントロールが出来なくなる事で、連鎖的にヒロイン達の周囲に悪い噂が広がっていき好感度がさらに下降した。不満が溜まりやすい3年の秋というゲーム最終盤ででこれが起きると取返しがつかないため、運動パラメータを上げずに攻略できる、文化部系ヒロインとのエンディングを目指している場合は恐怖のイベントだった。


 俺はリュウタと河川敷でタイマンをした。リュウタは強かったけれどまだ俺と同じ中学3年生で体が出来ていなかった。ゲームでは必殺技のようなものも使って来たけれどそれを使っても来なかった。

 それに不思議な事に、俺はチャラそうな男達を撃退したあと、不思議と体の力が上がっていた。ゲームではイベント的な戦闘が終わると「経験値〇〇を得た」とか「アイテム〇〇を得た」と言った事が表示されるけれど、実際にステータスが上がったり持ち物が増えたりはせず、ギャグ的な表示という認識だった。

 リアルな世界なので、不良たちを撃退してもそんな表示がでなかったけれど、何かが起きている事は感じていた。


 体の力は上がっても、俺は本格的な格闘術を習った訳は無かった。前世では警備会社に勤めている時に護身術や捕縛術や撃退術や護衛術など教えて貰い合気道の道場にも1年ほど通わされたけど、今世ではそれ関連のものは習っていない。

 リュウタは何か習っているのか喧嘩については何枚も上手だった。リュウタが俺を2回投げたり殴ったりする内に、俺がリュウタを1回投げたり殴ったりという感じだった。 けれどユイを守らなければいけないと根性で立ち続け、気がついた時にはリュウタを倒していた。


 今ではリュウタから兄貴と呼ばれる関係になっている、リュウタの舎弟達からも一目置かれて「立花の旦那」と呼ばれている。


 あのナンパをしてきた奴らがゲームで絡んで来る不良っぽい奴かは分からない。 たまたま似た境遇に出会い俺が勘違いしてしまったのかもしれない。


 リュウタとタイマンをしたのは夏休みの最終日あたりだった。俺は顔を腫らした状態で中学校に行ったので周囲にとても驚かれ、両親が学校に呼び出される事になった。

 俺やユイが駅前で変な奴らに絡まれていたのは他の生徒に何回か見られていたようで、変な事件に巻き込まれていると問題になってしまったのだ。

 結局、親分さんがリュウタと共に学校に謝罪に来てくれ、俺は学校から問題なしと判断された。親分さんは街ではとても信頼のある人物だったので先生たちは信じてくれた。

 それに俺は生徒会長をしていたし、勉強や部活を真面目に取り組む模範的な生徒でもあった。 


 校長が親分さんの説明に納得して矛を収めてくれたあと、教頭先生は、「身内を守るために戦う事は正しい」と言ってくれた。担任も、「そういう事があったら相談しに来い」と言ってくれた。

 前世で通っていた学校の教諭達とは違い、この世界の先生は随分と頼りがいのある存在だと思った。

 体罰が未だに現役で古臭いなと思っていたけれど、それは先生という存在が尊敬され、先生自身が誇りをもって仕事をし、保護者は安心して学校に預けられているからなんと気が付く事になった。

 この学校だからなのか、この街だからなのか、この国だからなのか、この世界だからなのかは分からなかったけれど、とても有難く思った。


 リュウタは、親分さんから素人である俺に手を出した事を怒られていた。けれどもともとは俺がゲームのイベントが発生したと勘違いしてリュウタの舎弟を撃退してしまった事が原因でもあった。だから俺はリュウタを破門だという親父さんをなだめ、俺がリュウタと盃を交わして身内になる事で破門を無かった事にして貰った。

 その結果、親分さんにとっても俺は息子の様な存在になっていて、こうやってとても気にかけてくれるようになっている。


 最初の頃は高校を出たらうちに来いと言っていた。けれど俺は安定職である公務員か公益法人の職員を目指すつもりだった。だから俺は親分さんに、「役人になって国の為に尽くすつもりだ」と言って断った。親分さんは目を見開いて、俺の肩に手を置いて「頑張れ坊主!」と言った。

 高級官僚を目指すとでも勘違いされてないか心配だけど、その時はその時だと思った。 地元を愛してるとでも言って、市役所職員目指せば良いんじゃないかなと今では開き直っている。


「兄貴! 来るなら来るって教えてくださいよ!」

「リュウタ! 行儀が悪いぞ!」

「俺と兄貴の間にそんな水臭えもんはねーよ」

「身内だけなら良いが、若いもんの前ではケジメつけろよ!」

「わーってるよっ!」


 リュウタは、舎弟たちの前でも俺に対して似たような感じだ。堅苦しいのは嫌だし、悪い気はしないので、対外的な場所でなければそのままにしてる。


「リュウタ。舎弟達に、街で俺を見かけた時にここでの流儀の挨拶させないように言っておいてくれよ?俺も身内ではあるけど、普通の学生である今を大事にしたいからな」

「舎弟達も兄貴を慕ってやがるからなぁ、一応言い聞かせておきやすよっ!」

「リュウタ! 坊の邪魔になるような事はさせるなよ! 坊は正道を行く漢だからな!」

「そんな大した男じゃないですって」

「兄貴はスゲェですよ!」


 親分さんが、俺の事を男じゃなく漢って言った気がするけど勘違いかな?あと、リュウタも何故こんなに俺を買ってくれているのだろうか。

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