第5話 特別な日のプリン(ユイ視点)

 私にはお兄ちゃんがいる。けれど血は繋がっていない。お父さんが再婚した相手であるユイカさんの連れ子だからだ。

 お父さんの再婚には反対だった。

 ユイカさんは死んだお母さんの親友で、その人の旦那さんも父さんの親友だったという。お父さんから、「だから大丈夫だ」と言われたけれど納得は出来なかった。

 だからお友達のオルカちゃんに羨ましいと言われた時に、とても嫌な気持ちになり喧嘩をしてしまった。

 オルカちゃんと和解しようと思った時には、引っ越しをしていなくなっていて、とても心残りに思っていた。


 ユイカさんは元々顔見知りだった。たまにお母さんに会いに来ていたし、その時とても優しくしてくれた人だったからだ。

 お父さんとも長い付き合いがあるらしく、すぐに明るく打ち解けていて、お似合いだと思った。

 ユイカさんは、どことなく雰囲気がお母さんに似ていて懐かしいような気持ちになる人だった。だから私もすぐに打ち解けた。

 けれどユイカさんがお母さんに会いに来た時に男の子を連れて来たことは無く、私とお兄ちゃんは喫茶店での顔合わせが本当に初対面で、とても怖かった。


 お兄ちゃんは不思議な人だった、背は私より低いのに何か大きく感じるのだ。1歳年上と言われたけれど、もっと年上の人の様に感じた。ずっと笑顔ではあったけれど、クラスの男の子達が笑っている時となんか違う感じがしていた。


「本当の兄弟と言われても違和感無いな」

「私とシズカは姉妹みたいと良く言われてたもの」

「後ろ姿がそっくりだったもんなぁ」

「タダシさんたら、シズカに間違えて抱きついて来た事あったものね」

「本当にミスだったんだから勘弁してくれよ」


 お父さんとユイカさんの話をお兄ちゃんはニコニコして聞いていた。 同世代の男の子はいつも落ち着きが無いので変な感じがしていた。


「タカシ君は随分と落ち着いた子だね」

「私にもシンジさんにも似なかったのよ」

「学校の成績も良いんだって?」

「そうなのよ、両親からはトンビが鷹を産んだって言われているわ」

「うちのユイは僕達に似ていて勉強の方は苦手みたいだ」

「でも運動が得意なんでしょ?」

「ミニバスのキャプテンをしているよ。あと、足がすごい早くて運動会ではいつも大活躍だね」

「すごいわね~」


 クラスで一番背が高くて足も早いし髪を短くしていたので、クラスの男の子達からゴリラだとかオッサンだとか男女って言われてからかわれていた。だからこういう風に褒められてもうれしいと思わなかった。


「綺麗な子だね」

「えっ?」

「手足が長くて顔が小さくて色白でとても綺麗な子だなって思ったんだ」

「そうね、将来はモデルさんになってもおかしく無いわね」


 お兄ちゃんが言った事は誰からも言われた事が無かったので戸惑ってしまった。 色白なのはお母さんが日焼けしないようにと、学校に行く前にクリームを塗ってくれたからだ。死んだお母さんから、将来後悔するから塗り続けなさいと言われていたので今でも続けているけれどやめたいと思っていた。クラスの子からは夏でも白くて幽霊みたいで気持ち悪いと言われた事があり嫌だったからだ。


「真っ赤になったな」

「照れてるのかしら」


 顔がとても熱くなっている事が分かった。色が白いから赤くなるとすぐに顔に出てしまう。怒った時にタコみたいと言われた事を思い出して、そう思われないか怖くなった。


「真っ赤になって可愛いね」

「あら?この子ったら誰に似たのかしら?」


 お兄ちゃんにそう言われてさらに恥ずかしくなった。


「将来は女ったらしになりそうだな、シンジもモテたからなぁ」

「あら?それは初耳ね?悪い武勇伝でもあるのかしら?」

「あいつは一途だったよ、ただし不思議と奴はモテたんだよ。俺の方が顔は良いと言われる事が多かったけど、良い女はみんなシンジに本気になるんだ」

「そうだったかしら?」


 お父さんとユイカさんはずっと昔話に花を咲かせていた。

 お兄ちゃんは私の顔を見ながらニコニコとしていた。


「どうして私の顔を見ているの?」

「リアルになるとこうなるんだと思ってね」

「リアル?」

「あぁごめん、ただ可愛いと思っただけだよ」

「・・・」


 なんか誤魔化された気はしたけれど、私の事を可愛いと何度も言ってくれるのでさらに恥ずかしかった。


「ユイはプリン好きだろ?食べないのか?」

「このプリンじゃない」


 お父さんにプリンが残っているのを見咎められた。けれど私が私が好きなプリンは母さんが買って来る3つパックのプリンだけだ。後ろの爪の部分を折るとプルンと落ちて来るのもとても好きなのだ。お母さんがいなくなってからお父さんは違ったプリンばかり買って来るけれど、それはお母さんのプリント違いそこまで好きでは無かった。だからお腹いっぱいになっている今は食べたいと思わなかった。


「どんなプリンが好きなの?」

「お母さんが買って来る爪を取るとプルンとなる特別なプリンよ」

「あっ! こっちにもあるんだ!」

「どこに売ってるか知ってるの!?」

「えっ? こっちでは分からないなぁ・・・」

「そうなんだ・・・」

「一緒に探そうよ」

「えっ?」

「いくつかのスーパーを探せばあるよきっと」

「探す!」


 お兄ちゃんは席をピョンと飛び降りると私の手を引いて出て行こうとした。

 お父さんもユイカさんもそんな私たちをニコニコした顔で見ていた。


「お財布持ってる?足りそう?」

「500円玉があるから大丈夫」

「大丈夫なのか?」

「タカシは賢い子だから大丈夫」

「ここに戻ってきた時いなかったら、ユイちゃんに聞いて家に行くよ」

「うちはここから近いからすぐに分かるよ」


 お父さんもユイカさんも、私とお兄ちゃんが喫茶店から出て行こうとするのを止めないようだ。


「私とシズカが言ってた事が本当になるかもねぇ」

「本当になるって何だい?」

「秘密よっ! 女同士の秘密っ!」

「まぁ察しはつくけどね」


 後ろでお父さんとユイカさんが話している声を聞きながら喫茶店を出た。

 その後はお兄ちゃんが近くを通る人に、スーパが何処にあるか聞いていた。大人みたいなしっかりとした受け答えに頼もしさを感じた。

 私達は近くのスーパーに向かって歩いた。お兄ちゃんはスーパーに入ると店員さんにプリンが何処にあるのか聞いて、その棚を見ていった。店から出ると、ここ以外のスーパーは無いか女の人に聞いて、別のスーパーに向かって歩いていった。そうやって3件目でお母さんが買って来るプリンを見つけた。家からは結構離れたスーパーだった。


「見つけたね」

「お母さんのプリン・・・」

「こっちでも3つパックなんだね」

「買える?」

「3パック買えるよ」

「そんなに食べたらお母さんに怒られちゃう!」

「そうだね、冷蔵庫に入れて1個づつ食べたら良いよ」

「特別な時は2個食べても良いんだよ」

「そうなんだ、じゃあ今日は2個食べても良い日だね」

「今日は特別な日なの?」

「僕たちが兄妹になった特別な日でしょ?」

「うんっ!」


 3パックのプリンを買って喫茶店に戻ったらお父さんもユイカさんもいなかったので、お兄ちゃんを家に案内した。

 私が「ただいま」と声をかけて家に入ると、奥からお父さんとユイカさんの「おかえり」という声が聞えた。

 お兄ちゃんは一瞬立ち止まったあと、「ただいま」と言って私と一緒に家に入った。


 その日私はプリンを2つ食べた。

 お兄ちゃんも2食べていた。

 お父さんとユイカさんもその様子をニコニコ見ていた。

 私とお兄ちゃんはその日に本当の兄妹になった。


 その日からしばらくしてお兄ちゃんとユイカさんが引っ越して来た。

 その日と、誕生日と、クリスマスと、正月と、バスケの試合に勝った日と、お兄ちゃんが水泳で県大会に出場を決めた日と、お兄ちゃんが高校に合格した日にはプリンを2つ食べた。

 そしてこの前喧嘩別れをしてしまったオルカちゃんと仲直り出来た日に、お兄ちゃんから貰ったプリンを夕飯後に食べたので、プリン2つ食べた特別な日が1回増えた。

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