第4話 置き去りにされたプリン

 水辺と別れて自宅に入ると、ユイがリビングで時代劇の再放送を見ていた。ユイは時代劇が好きな訳では無いのにどこれを見ているって事は、裏番組はさらに面白くないものでもやっているのだろう。


「おかえり~」

「ただいま」

「プリン最後の1個だよ」

「ユイはもう食べたのか?」

「うん」


 3つで1つがパックになったチープな奴だが、ユイはそのプリンが大好物だったりする。お袋は3日に1回のペースでこのチープなプリンを売ってるスーパーに行ってそこで2パック買って来る。この家ではお袋がそのスーパーに寄る日を冷蔵庫のプリンの個数で大体把握できるようになっている。


「そういえば、水辺オルカって人知ってるか?」

「えっ?オルカちゃん?知ってるよ?」

「ユイの新しいお兄ちゃんかって聞かれたぞ」

「え!?会ったの!?」

「水泳部に入ったらいた」

「そうなんだ・・・、泳ぐの得意って言ってたもんね・・・」


 水辺とユイに面識があるのは本当の様だ。


「水辺はオリンピック日本代表候補だぞ?」

「えっ! そうだったの?」

「県下で水泳やってる同世代では知らない奴がいないぐらいの有名人なんだけどな」

「知らなかった・・・」

「水泳してないならそんなもんかもな」

「お兄ちゃんは知ってたの?」

「俺は知ってたけど、水辺は俺の事は知らなかったな」

「そうなの?」


 俺も一応、県大会に出場するくらいの選手ではあるけれど、全国区の水辺に比べたら、そこら辺の一般人と大して変わらない存在だろう。


「お前だって、特に苦戦しなかった地方大会の相手チームの選手なんて殆ど覚えて無いだろ?」

「うん・・・」

「顔を合わせやすい団体競技だってそうなんだから、個人競技の水泳なんてさらに覚えているわけないだろ」

「そうなんだ・・・」


 ユイは女子バスケの選手として結構有望だったりする。背もスラっと高くて俺は中学校3年生の2学期までは負けていた。


「今は駄菓子屋の婆さんの所にいるらしいぞ」

「えっ!?」

「ユイが良いなら遊びに来たいって言ってたけど、どうする?」

「・・・」

「気まずいなら断るけど、ご近所さんだし、すれ違う事も多いだろ」

「うん・・・」

「昔は公園で良く遊んだんだろ?」

「うん・・・」

「仲直りは早いほういいぞ」

「うん・・・」


 俺は放心気味になってしまったユイの目の前にプリンとスプーンを置くと、リビングを出て自室に入って制服を脱ぎ部屋着に替えた。


---


 カバンから今日宿題で出された英語のプリントを片付けていると、部屋の音をノックする音が聞こえてきた。


「はい」


 部屋に入って来たのはお袋だった。 ユイだと思っていたので少し驚いてしまった。


「ユイちゃんいないけど知らない?」

「さっきリビングでテレビ見てたけど」

「そうよね・・・、プリンが2個減ってたものね・・・」

「友達の所にでも出かけたんじゃ無いの?」

「それなら良いんだけど・・・」

「夕飯は?」

「タダシさんは今日遅いらしいからユイちゃんが帰って来たらね」

「ふーん・・・」


 夕飯の仕込みは終わっていて簡単な調理だけで出せる状態になっているのだろう。


「探しに行こうか?」

「どこに行ったのか分かるの?」

「多分あそこの駄菓子屋さん」

「駄菓子?」

「ユイはそこの娘と友達らしいよ」

「そうなの?」

「らしい」

「近所なら心配する事ないわね」

「そうだね」


 6時を回っているけれど、この季節はまだしばらくは明るい。恋愛シミュレーションゲームの舞台だからか、一部の例外を除いてこの地域はかなり治安が良い。あと30分経っても帰って来ないようなら呼びに行くぐらいで良いだろう。


「ただいま〜」


 丁度その時、ユイが帰って来たようで、ドアの開く声と共に声が聞こえて来た。


「心配要らなかったようね」

「そうだね」

「夕飯15分ぐらいで出来るから降りて来なさいね」

「はいよ」


 お袋は俺の部屋から出ていきドアを閉めると、階段を降りていった。


 宿題の片付けを続けようと机に向かおうとすると、お袋と入れ替わるように誰かが階段を上がって来る音がした。そして部屋の扉がノックされた。


「はい」

「うわっ! ビックリした」


 ノックしたのはユイで、俺が返事と共に扉を開けたので驚いたようだ。


「ごめんごめん、たまたま扉の前にいた時にノックされたからな」

「もうっ!」


 このタイミングで階段を上がって来るのはユイしかいないし、水辺と会って来たなら俺に報告するために来そうだと思っていた。


「水辺に会って来たのか?」

「うん」

「仲直り出来たんだな」

「えっ?どうして分かったの?」

「そんなに明るい顔をしてるなら想像は付くだろ」

「えっ!?」


 ユイはペタペタと自分の顔を触って何かを確かめていた。


「俺のプリンは美味しかったか?」

「あっ! まだ食べてないっ!」

「15分ぐらいで夕飯らしいから後にしておけよ」

「分かった!」


 ユイは「冷蔵庫! 冷蔵庫!」と言いながら階段を降りていった。俺が渡したプリンを置きっぱなしにしたまま水辺に会いに行ってたらしい。


 懸念事項は払拭されたようだし宿題を片付けてしまおう、今日は毎週楽しみにしている動物番組の日だ。 今日の特集はニュージーランドのカカポだったよな。


 それにしてもうちの高校って宿題が多いんだよな。前世の高校ではこんなに毎日宿題なかった。県下でもエリートを多く輩出していると有名な私立高校だからなのだろうか。 恋愛シミュレーションゲームの高校なんだしもっと緩い所だと思ってたんのだが、ちがったようだ。

 一応前世でも同じ内容の英国数理は大丈夫なのだが、歴史や地理が微妙に記憶と違っていて社会のテストではミスをしやすい。近代の偉人なんかは別人ばかりだし、地名もかなりちがう。廃藩置県はあったようだけど、古い地名が今でも使われている。

 前世の静岡県が三河県と駿河県と伊豆県に分かれているし、北海道なんか10個の県に分かれている。工業が発展しているのは前世と同じだけど、農林の部分が前世よりも盛んで、逆に水産は抑え目になっている。

 歴史も太平洋戦争で敗退はしているけど無条件降伏はしていないようで、樺太や千島列島や台湾は日本が統治している。自衛隊は無く日本軍があり、海外の有事には治安維持名目で派兵もしている。

 海外の情勢も違うようで、政治体制が前世とは随分と違う。前世で隣の大きな社会主義国だった国は帝国主義だし、ヨーロッパなんかも封建主義が残っている国が多い。

 俺がお助けキャラとして登場するゲームではそうでは無かったけれど、続編となる作品では、公家の出というヒロインがいたり、武家のヒロインがいたり、他国の貴族という設定のヒロインが登場したり、私設軍を持つ財閥のお嬢様が出て来た。 多分その辻褄合わせの世界観になっているのだと思う。

 迷走作と言われる5作目では当時流行っていたアニメに影響されたのか、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人のヒロインが出てきて異能バトルをし始める。果して異能が溢れる世界になった時、前作までの登場人物達はこの先生きのこる事が出来るのだろうか。

 俺の記憶だと6作目は原点回帰して、7作目も発売という広告をどこかで見た記憶があるから、人類は滅亡みたいな事にはならなかったのだと思うけど少し不安だ。

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