第2話 ビンタはご褒美じゃないよ
武田から電話があった10日の放課後、教室の掃除当番である田村と丹波の3人でノロノロと談笑しながら片付けていると、茶髪でかなりウェーブのかかった髪をした美少女が教室に飛び込んで来た。
「立花って奴はこの中にいる!?」
「俺が立花だけど?」
「あんた何勝手な事してくれるのよ!」
名乗りをあげたら俺の所に近づいて来て、その勢いのまま思いっきりビンタをされたため、少しよろめく事になった。
20年後には美少女のビンタはご褒美という輩がニョキニョキ湧いて出て来そうだけれど、こっちの世界のこの時代ではまだそういう文化は定着していなかった。
「痛てぇな!」
「はぁ!?あんたしらばっくれる気!?」
「あんた誰だよ!」
「3組の桃井よっ!」
なんとなく雰囲気からその可能性はあるとは思ったけれど、ドット絵のグラフィックとリアルな人間の顔の差異によって完全には一致せず判断が付かなかった。でも予想した通りこの美少女はゲームヒロインである桃井だ。ゲームでは髪色はショッキングピンクだったけど、リアルな世界では茶髪に修正されるらしい。
「桃井さんね、いきなり俺にビンタをしたけれど何か用か?」
「あんたが武田に私の電話番号とスリーサイズを教えたんだって!?」
「教えて無いけど」
「あんたに聞いたって言ったのよ!」
「武田が?」
「そうよ!」
「俺は教えてないね」
「はぁ!?嘘ついてないでしょうね!」
なんかめっちゃ睨まれて居るけど、知らないものは知らない。
「あんたスリーサイズなんて他人に言うのか?」
「言う訳ないでしょ!」
「俺があんたのスリーサイズを知る方法は?」
「あいつがあんたに聞いたって……」
「それで?」
「お前の事は何でも知っているとか迫って来て超キモかったんだけど……」
「それはキモいね……」
桃井は俺をジッと見て何かを考えて居た。
「あんたは無関係な訳ね?」
「あぁ……」
少し冷静になったのか、赤の他人がスリーサイズを知る方法など無いと分かった様だ。
「あんたと武田の関係は?」
「席が前後ってだけだね」
「それだけ?」
「先週の土曜日に3組の桃井の事を教えろって電話がかかって来たね」
「はぁ?」
「可愛いって噂があるねってだけ答えたかな」
「──それだけ?」
「部活と趣味と電話番号とスリーサイズ教えろって言ったから、他のクラスの子の事なんて知らないって答えたね」
「じゃあ何で知っているのよ!」
「知らないな」
なんかえらく睨んで居るけど俺は無実なので睨み返しておく。
「──本当なのね?」
「俺はストーカーじゃないからな」
「ストーカーって何?」
あぁそうか、まだこの世界の日本にはストーカーって言葉は無いんだな。武田にその言葉が通じたのは、奴が俺と同じ転生者だからか。
「あぁ、なんか外国では異性に付きまとう奴をそういうらしいぞ」
「そうなんだ……」
桃井が俺から不満そうに視線を外して立ち去ろうとしたので、呼び止める事にした。
「おい! 桃井!」
「なによっ!」
「あんたは俺に何か言うことがあるんじゃないのか?」
「なにをよっ!」
「俺はいきなりビンタされたんだが?」
「──ゴメン……」
「はっ!」
あまりの小声だったので鼻で笑って返した。
「何よ……」
「これからあんたに会うたびにビンタして小声でゴメンとだけ言って立ち去るようにするよ」
「はぁ!?女に手をあげる気!?」
「恥知らずを女として扱う気は無いね」
「恥知らずですって!?」
桃井はかなり怒っているけど可愛い系の顔立ちなので迫力を感じないな。
「今の出来事をあんたの親に話したらどうなるんだろうな?」
「どういう事よ!」
「あんたの親は娘がこんな風に育って恥ずかしいと思わないのか?」
「親にチクるの?」
チクるとは随分と不良っぽい言葉を使うものだな。真面目な生徒が多いこの高校では始めて聞いたぞ。
「あんたの親は、娘が恥知らずに育っても平気な奴か?」
「違うわよ!」
「じゃあ親に言っても恥ずかしく無い生き方をしろよ」
「──親には言わないで……」
「じゃあしっかり謝れ」
「──ごめんなさい……」
「あぁ?」
「ごめんなさい!」
「許す!」
はっきりとした声で謝罪はしたので許す事にした。
桃井は俺を睨んでいたけれど、俺が許すとハッキリ言ったので言い返せないようだ。
「あんた性格悪いわね」
「性格悪い奴にはな」
「……」
桃井は不満そうな顔のままだったけれど、これ以上やり取りしても不利と思ったのか、踵を返して何も言わずに教室を出ていった。
俺は桃井が性格悪い奴だとは思ってはいない。ゲームでは彼女は学校が終わると部活がない日は、急いで帰り家業である花屋を手伝っている家族思いの少女という設定だった。
実際に俺は中学校時代にショッピングセンターにある桃井の実家である花屋で、今の桃井と同じようにウェーブがかかった女の子が働いているのを何度か見かけた。明らかに成人女性では無かったので、あては1人娘という桃井だろうと確信していた。
「立花君すごいねっ!」
「良くあそこまで言えたなっ!」
俺と桃井のやり取りに固まっていた田村と丹波が、桃井が去った事により解けたようで、興奮気味に話しかけて来た。
「中学校では生徒会にいたからね」
「エリートなんだ〜」
「生徒会スゲー!」
「「きちんと挨拶しましょう!」、「悪い事をしたらゴメンなさいって言いましょう!」っていう立場だったんだよ」
「おー」
「それっぽい」
生徒会長なんて面倒事を押し付けられただけの存在だけど、目上の存在である大人とやり取りする機会が多いし、学校に馴染めないハグレた生徒を導くという中間管理職のような、子供の時にはあまり出来ない経験が先行して出来る面白い立場ではあった。
「怒っていたけど桃井さんってやっぱ可愛いよね」
「真っ赤な顔してふくれていたけど可愛かった」
「確かに可愛くはあったな」
俺の言葉に田村と丹波は驚いたという顔をした。
「あんなに言い返していたのに可愛いと思ってたのかよっ!」
「可愛い子にはつれない態度って奴なの?」
「可愛いからって悪い事をしていいわけじゃないからね」
「確かに……」
「僕なら許しちゃうなぁ……」
可愛いは正義って言葉はあるけど、それが許されるのは実害が無い範囲だけの事だ。
「でもこの学校ってあんな茶髪でも何も言われないんだな」
「地毛だと許されてるらしいぞ」
「なんか同学年にハーフとかクォーターの人が多いって聞くよね」
「中学校では黒髪に染めるよう指導されてたな」
「うちは私立だからその辺が緩いらしいぞ。ただお硬い所の大学受験や就職試験では不利になるから黒髪に染めるみたいだがな」
「金髪や茶髪を黒髪に染めたくないっていう女の子は、うちか姉妹校の方を受験をするらしいよ」
なるほど……それでデートスポットの背景の人たちは黒髪ばかりなのに、ヒロイン達だけがカラフルな髪色という状況が成立しているのか。
ちなみに姉妹校とはこちらより駅前の方ある高校だ。元々あちらが先に建てられたので、うちでは姉妹校と言うけど、あちらでは自分たちの高校を本校と呼び、でうちを分校と呼んでいるらしい。
ちなみにあちらは校舎がかなり古い事と、制服が学ランにセーラー服と地味であるためか、うちの高校の方が人気が高いため偏差値も高くなっている。ただ姉妹校の方がスポーツに力を入れていて殆どの競技でうちは負けている。
部活動で対戦系の運動部に入ると、高校3年生での県大会の決勝は必ずその姉妹校が相手となっている。
「綾瀬もクォーターとかだったっけ?」
「すごい美人だもんねぇ」
「確かに……」
綾瀬は同じクラスにいる、ゲームでは最も攻略難易度が高いヒロインとなる女生徒だ。攻略を目指すなら、全てのパラメーターを高い位置でキープしつつ季節ごとのイベントも多くこなさないといけなかった。
主人公の幼馴染であるため、お助けキャラを通さなくてもある程度の情報を持ってスタート出来る事と、好感度があまり高く無くてもイベント自体が起こせる。ただし会話の選択肢で好感度が上がるものが出なくなるのでデートやイベントで失敗が頻発する。
ちなみに綾瀬の好感度が一定より高いと、他のヒロイン関連のイベントより綾瀬関連のイベントが優先されるといった設定になっているらしく、他のヒロインを攻略するなら綾瀬との会話は好感度を上げない方向でする事が推奨されていた。
平均的にステータスを上げなければ好感度が上がらない綾瀬に対して、桃井は容姿と芸術のパラメーターをあげるだけで攻略出来るキャラだった。基本的に高校時代は演劇部に入っている。帰宅して家業の花屋を手伝う事があるため、急いで帰宅しているシーンが見られる。
主人公との出会いは、帰宅を急いでいる桃井と廊下でぶつかるというものだった。
卒業後は家業を手伝いながら大学で演劇を頑張り女優になったという事が分かる後日談となる。
桃井が基本的に演劇部であるというのは、ゲームにおいては桃井が演劇部に入らないパターンがあったためだ。
ゲームには主人公と綾瀬の二人だけは部活が定まっていなかった。ゲームでは幼い頃のパートというのがあって、そこの行動によって、主人公の初期のパラメーターと綾瀬の初期の好感度と、高校時代に入った際の綾瀬の部活が変わるという設定がされていた。
さらに綾瀬が入る部活には他のヒロインは何故か所属しないという設定があるため、主人公を綾瀬が演劇部に入るパターンに行動させると、桃井は演劇部では無く軽音部に入るという変化をする。
桃井が軽音部に入る場合は、3年の時に街にデートに行くと、芸能事務所のスカウトの目に留まり、卒業後は歌手としてデビューする事が決まったという後日談に変わっていた。
こういったヒロイン達の部活は綾瀬の所属によって2パターン用意されていた。 水泳部のヒロインは陸上部に、美術部のヒロインは吹奏楽部に、科学部のヒロインは無線部に、文芸部のヒロインはコーラス部に、放送部のヒロインは新聞部にといった感じだ。ただしユイだけは綾瀬がバスケ部になってもバスケ部に入っていた。しかし、好感度が高いヒロイン、フラグ管理が難しく、綾瀬の部活イベントがユイの部活イベントの発生によって消されるといった事が起きるため、お勧め出来ないと言われていた。。
ゲーム中に描写は無かったけれど、来週の月曜日に体育館で学内の部を紹介する催しが行われる。 その日から生徒たちは放課後に部の見学を行って、入部届を出していくものらしい。
野球部やサッカー部などスポーツ系の部活に入るつもりの生徒の中には、4月の入学式の直後に入部届を出して既に部に参加している生徒もいるらしいけれど、多くの生徒はまだ部に所属していない。
「誰がごみ捨てに行くかジャンケンしよう?」
「勝った奴が箒とちり取り片して、2番が担任に報告行くにする?」
「いいね」
俺と同じ掃除当番である田村と丹波が各々のおまじない方法で何を出すか決め出したので、俺は勢いを付けて掛け声を言った。
「ジャンケンポン!」
田村と丹波は条件反射でグーを出してしまい、俺がパーを出して勝ちが決まった。
「立花汚ねぇ!」
「ずるいと思うよ!」
「勝てば官軍、じゃあコレは片しておくな」
「覚えてろよ!」
「だしちゃった僕達が悪いし、こっちもさっさと決めよう」
ルーズドッグである田村と丹波の声を聞きながら、俺はさっさと箒とちり取りを教室の後ろのロッカーに戻して、5回以上続いている「「あいこでしょ!」」の声を聞きながら下駄箱に早足で向かった。
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