【本編完結済】お助けキャラに生まれ変わったけれど【IFストーリー投稿中】
まする555号
第1章 高校1年生編
第1話 お助けキャラしません
自宅の廊下にある黒電話が騒がしく音を立て、夕食後の洗い物を終え妹のユイと談笑していたお袋が「はいはーい」と電話先の相手に聞こえもしないのに声をかけながら廊下に出て黒電話に近づいていった。
俺達家族に話すトーンより1オクターブ高い声で「もしもし立花です」と言ったあと、相手の言葉を聞いて「少しお待ち下さいね」と言ってリビングにいる俺に声をかけてきた。
「タカシ~クラスメイトからよ~」
「はいよ」
お袋の声のトーンが高いままなのは、受話器の後ろに付けられたオルゴールを相手に聞かせるという原始的な保留で、プッシュ式電話の様な保留機能とは違い声が相手に聞こえてしまうからだろう。
「もしもし」
「おっ! タカシか?桃井レンの事を教えてくれよ」
「えっとどちら様ですか?」
「俺だよ! 武田カイトだよ!」
「武田?後ろの席の武田か?どうして俺の家の番号を知ってるんだ?」
「お前と同じ中学の奴に聞いたんだよ! それより桃井レンの事を教えてくれよ」
「桃井レンって3組の子だっけ?」
「そうそう! そいつだよ」
「可愛いって噂があるね」
「それで」
「それ以外知らないけど……」
「えっ?」
「他のクラスの女子の事なんか知らないよ」
「部活とか趣味とかも知らないのか?」
「知らないよ」
「電話番号とかスリーサイズは?」
「俺はストーカーか何かか?」
「似たようなもんだろ……」
「お前とは高校で初対面だと思うが随分と失礼な決めつけをするんだな」
「……」
武田カイトは高校のクラスの俺の前の席の奴で、入学当初から妙に俺に馴れ馴れしい奴だった。 そいつは俺が女の子の情報を集める事を趣味にしていると思い込んでいて、俺に聞けば何でもペラペラと話し出すモラルが低い奴と思っていた。
実際の俺にはそんな趣味は無い。俺は武田からそんな話題をクラスの中で振られるので、俺の評判はがた落ちしており非常に迷惑を被っていた。
「用件がそれだけなら切るぞ」
「おっ! おいっ!」
俺は返事を待たずそのまま電話を切った。
そいつが俺にそんな事を聞いて来る理由には一応心あたりがあった。武田は、俺が前世でやっていた恋愛シミュレーションゲームの主人公で、俺こと立花タカシは主人公に女の子の情報を集めて教えるお助けキャラだったからだ。
「武田君って変わった子ね」
「どうして?」
「受話器を取ったらいきなり「タカシか!?」 って言って来たのよ?私の声を聞いたあと「あっ! ユイちゃん!?」って間違えてたし」
「お袋の名前もユイカなんだし間違えて無いかもよ」
「タカシの友達にちゃんづけされる訳ないじゃない」
「それもそうか……」
普通は「もしもし」のあと「タカシ君はご在宅ですか」という感じに続けるものだ。 いきなり「タカシか?」なんて言うのは、携帯電話が普及し始めたあたり、かけてきた相手の名前がディスプレイで出てくるようになった時代からの応答だろう。
どうやら武田も俺と同じような存在の可能性が高いみたいだ。
「お兄ちゃん! 同級生がどうして私の事知ってるの!?」
「えっ! 知らないよ?」
「あまりおかしな人にユイちゃんを紹介して欲しくないわね~」
「勝手に私の事話したりしないでよ!?」
「俺は何も話して無いって!」
お袋と妹のユイから責められる事になってしまった。 武田のせいで家庭内の俺の評判もがた落ちしそうだった。
---
俺には小さい頃から前世の記憶があった。
日本と言う国の海が見える街で生まれ育ち、苦労しながらも定年まで働いて、そして海で散歩中に波にさらわれ溺死した記憶だ。
俺が現在住んで居る場所も一応日本だ。しかし1970年生まれで還暦過ぎに死んだ俺が1980年に生まれ変わったと言えば輪廻転生では無い事が分かるだろう。
小学校の夏休みの時にお小遣いを貯めて、前世の俺が住んでいた街に行ってみた事があった。そこは俺が住んでいた街とは似ている様で違っていて、前世の俺の家がある場所にはビニールハウスの農園があって人が住んでいなかった。
ここは前世の俺が住んでいた日本では無かった。テレビで映される有名人は知らない人ばかりだし、CMで流れる企業名なども知らないものばかりなので不思議に思っていた。
その時はパラレルワールド的な世界の日本に生まれた可能性を考えていたけれど、中学校の時にここが俺が20代の頃に一世を風靡した恋愛シミュレーションゲームの舞台だという事に気が付く事になった。
気が付いたのは中学校の時にお袋の再婚を契機に引っ越しをした事だった。まず姓が変わった事によってゲームキャラと同姓同名になった。また再婚相手である義父の連れ子で一歳下の妹となる女の子がゲームヒロインと同姓同名だった。さらには俺の中学校入学のタイミングで義父の家に引っ越す事になったのだけれど、その近所にある偏差値の高い高校がゲームの舞台となる高校と同じ名前をしていた。
引越し先の街を注意深く散策すると、公園や動物園や遊園地などが、その恋愛シミュレーションゲーム内で主人公がヒロイン達と行くデートスポットと似通っていたし、ショッピングセンター街の花屋にヒロインだと思われる人が手伝いをしていたとあっては確信するしかなかった。
「お兄ちゃん高校楽しい?」
「前の席の奴が変な奴だけど、高校自体は楽しいかな?」
「変な奴?」
「女の事ばかり気にしてるんだよ」
「カッコいいの?」
「顔立ちは整っているけど、お洒落に気を使って無いからかダサく見えるな」
「ふーん……」
妹のユイもヒロインではあるのだが、体育以外の成績が酷く、偏差値が高いゲーム舞台である高校に入学できるようには思えない。
「ユイはどの高校目指してるんだ?」
「コーチが、頑張れば京都にある強豪校のスポーツ推薦受けさせられるって言ってた」
「すごいじゃん」
「でもお兄ちゃんの高校も一応県下では強豪でしょ?」
「まぁそうだけどね……、でもうちは文武両道をうたってるからスポーツの成績だけじゃ通らないぞ?」
「ぶぅ~」
「同じ高校に行きたいのなら勉強教えるからな」
「その時はお願い」
ユイは頑張り屋な所があるので一念発起すれば合格するんだと思う。実際にゲームの中では入学していたし、不可能ではない筈だ。
「制服が可愛いんだよね・・・」
「確かにね」
恋愛シミュレーションゲームの舞台だけあって確かに制服は可愛いと思う。男子は青で女子は赤いブレザーという派手な格好をしている。
「お兄ちゃん彼女作らないの?」
「今のところ興味ないかな」
「ふーん……」
大した人生ではないけれど、それでも前世で生きて来た経験のおかげもあって、小中学校時代の勉強は復習のようなものになっていた。おかげでいい成績が取りやすく教師の覚え良かった。そのため中学校時代には教師から推薦され、生徒からの信任も受けられたおかげで生徒会長になっていた。
高校になっても第二次ベビーブーム世代の受験戦争を戦って来た経験から、勉学においてのアドバンテージは残っていたし、前世より基礎の学習を念入りに出来たおかげでいい成績を取れていた。
けれど、ゲーム設定上の立花タカシは、進学校に入学できていたとはいえ学年最下位クラスの成績を歩んでいた。決して頭の出来が悪いわけではないけれど、一を聞いて十を知る様な天才では無かった。自身が感じる能力からいっても、大学時代以降に大成するような存在になるには、大きな運が必要ではないかと思い続けていた。
このゲームが世に出た時はまだバブル景気の最中だった事もあり、世の中がかなり明るかった。けれど前世では10年以内にバブルが崩壊して就職氷河期と言われる時代に入ってしまった。
俺はバブル崩壊前に社会人にはなっていたけれど、不景気の煽りで務めていた会社が倒産してしまい無職となった。新卒大学生の採用枠ですら狭くなっている状態での再就職は、前世の俺の様な凡人には厳しいものがあり、半年間失業保険を受け取ったあと、最低賃金に近い金額でのビルの清掃会社や警備会社や飲食店などのバイトを繰り返し、最後はスーパーのパート店長として長く生きる事になった。
その後、20年以上経過して少子高齢化の煽りとやらで社会全体で人手不足となった事から、アルバイト先であるスーパーの本社から正社員の声がかかり、正社員の店長として採用された。
65歳での定年までに店長からエリアマネージャーまで肩書は上がったけれど、僅かに手当が増えただけで、それ以上に残業が増えるというあまりいい思いはしない昇進だった。
この恋愛シミュレーションゲームの世界でも、同じように不景気な時代に突入するかは分からない。 続編は出ていたけれど不景気っぽい描写は無かった。
俺は景気に左右されるような前世のような生き方は送りたくないと思っている。 だから後々まで使える資格を取得するか、公務員や公益法人の社員など安定的な仕事に就く事は出来ないかと考えていた。
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