第14話
まずは、工場の煙があがってこないタイミングに上空にいき、蒸気機関車に乗り込むんや。そのあと、蒸気機関車の電源をおとし、操縦桿をつかんで、工場目指して進む。それだけや。
「死ぬのはひとりでいい。僕がやろう」
「いや、俺も一緒や。最後まで何が起こるかわからんし。二人の方が確実や」
地下の練習場で何回も操縦のシミュレーションをし、サイコロに何度も行き、思考を集中させて自分を浮き上がらせる訓練をした。最初は十メートル浮くのがやっとだったが、なんとか九十キロメートルまで浮くことができるようになった。あと数百メートルで、蒸気機関車の脚たちに触ることができる。
とある朝飯で、庭師が話しかけてきた。「時間を忘れてごらんなさい。あなたは焦っています。焦るのは、時間に捕らわれているからです」たしかに、僕は焦っていた。はやく、家族の仇をとりたい。そして…… 死にたいと。遺書も書いた。もしも家族の思考が戻ったら、俺の携帯電話に連絡がくるだろうが、さっぱり来ない。僕は庭師のいうとおりに、時間を忘れて、自分の周りに充満しているエーテルとやらに意識を向けた。音、匂い、感触、五感すべてを常に研ぎ澄ますよう努めた。百キロメートルまで浮き上がれるようになり、蒸気機関車が小さくみえた。上からみると、蒸気機関車は円盤型だった。
準備万端や! 今日、実行するで! いっさい迷いはなかった。
僕たちは朝の十時きっかりに走行器械に乗ってタウンをでて、工場排水が湖に放出されている土管の傍に走行器械を乗り捨てる。丁度、蒸気機関車の真下だ。そして、思考を集中させて少しずつ体を浮かせ、バランスがとれたら一気に九十一キロメートルまで上昇する。途中、遠くに一本の長い煙突が見える。長いあいだ、煙を吐き出し続けた煙突。今日で見納めだ。九十一キロメートルまであがると、蒸気機関車の円盤の真ん中に降り立つ。蒸気機関車は脚を丸めて閉じていて、休止中のようだ。
足下にある四角いスイッチを押すと、円盤の中央部の半径二メートルくらいが、エレベーターのように下にゆっくりと降りていく。僕たちはそのエレベーターにのって、蒸気機関車の一番下まで進む。降りた先に扉があって、近づいたら横にスライドしてゆっくりと開く。その奥はコックピットになっていて、数多くのスイッチやモニターが所狭しと並んでいるのが見える。コックピットの真ん中には操縦桿らしきものがあるが、長らく使われていないのか、操縦桿は埃にまみれている。僕はシートに座り、操縦桿を握って安全装置をゆっくり切る。ブザーが鳴りだすが、ツナギがすぐに主電源を切り静寂が訪れる。
さあ、訓練の成果を見せるんや。
位置制御機能がシャットダウンされると、蒸気機関車はゆっくりと落下し始める。僕は操縦桿を少しずつ動かし、工場のど真ん中、つまり、工場長室に向かって、円盤を自由落下させようとする。旅客機のような揺れはなく、円盤はまっすぐに進んでいく。あと数百メートルのところで、急に世界が止まった。
これが走馬燈というやつか。目の前を昔の光景が反復される。家族旅行でいった沖縄、子供たちの運動会、そして、たわいもないバーベキューパーティ-。そして、工事現場での爆発。大型乾燥設備の扉が吹っ飛んで僕に向かってくる。その後、新幹線のシート。確か、爆発した大型乾燥設備の出荷前検査に向かうときだ。あのとき、重大インシデントとかいって、名古屋駅で降ろされたんだ。
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