第10話
俺は煙草をもみ消すと、工場長室の窓から外に飛び降りたんや。ドオスン…… と砂に落ちて沈んで、砂から這い上がったら、すぐ仲間の救出に向かったんや。一階の非常階段の扉をのぞいたら、両腕のない仲間が横たわっているんが見えて、その奥からは、無数の可能性たちがこっちに向かって走ってきとった。俺はその仲間ひとりをおぶって、何とか脱出し、命からがらタウンに戻ってきたんや。死ぬとこやったで。「それが俺にゃあ」
それから俺たちは、可能性たちが煙をつくっているあいだを見計らって、仲間たちの死骸をかき集めたんや。必死のパッチやったで。可能性たちは煙をつくるとき、他のことには何も目もくれへんから、それを利用したんや。何でかそのとき、きまって鐘がなるから、わかりやすかったわ。
仲間たちの死骸を集め終えたら、みなそれぞれの体の一部を検体としてサンプリングして思考検出器にかけて、仲間たちが見た景色っちゅうものを集めて、重ね合わせてマッピングして、工場の設計図を作りあげたんや。
「それがコレにゃあ」ジュラルミンが、奥の部屋から丸められた模造紙のようなものを持ってきて、テーブルのうえに器をよけて広げる。設計図には、工場各階の、通路、階段、部屋の、配置やサイズなどが書かれている。一番上の階には工場長室がある。
「たぶん、ここに例の可能性がおるど」ツナギは、工場長室の隣の部屋を指す。
「救護室?」せや、ターコイズに顔を喰われてもうて、相当なダメージを受けたみたいやで。あれからずっと部屋の光がついとるんやから、長い手術が行われとるんや。
「じゃあ、いますぐ救護室にいこう。手術中を襲えばいい」僕は、鼻息あらく、そう言う。
「襲ってどうするんや、家族の思考を奪い返したいんとちゃうんか?」
「思考は右手に収納されているにゃ。にゃからにゃんとかして右手だけを切り落とせばいいのにゃあ」
「そんなこと、なんでわかる?」俺は医者にゃあと、ジュラルミンはニャッとする。
奥の部屋を覗いてみると、仲間たちや可能性たちの残骸が、所狭しと棚に並べられている。五体満足な残骸は何ひとつなく、腕だけ、顔だけ、胴体だけという有様だ。いずれも形はいびつで、人間とくらべてアンバランスである。
「全部、俺が解体したのにゃあ。仲間も可能性もにゃ。それでいろんなことがわかったのにゃあ」
設計図を巻き戻して、テーブルの端っこに置き、僕たちは再び、お茶を飲む。
「可能性って何でできている?」
「エーテルという物質にゃあ」
「エーテル? 地球にはない物質だ」
「ノーノー、地球にもあるにゃあ。想像力を通してみると、地球のありとあらゆるところにあるのがわかるにゃあ」
「小さな太陽がいうとった、『人間が感じないもの』や」と、ツナギは言う。工場がつくる質量全体のなかで大部分を占めているらしいにゃあ。まるで宇宙全体がエーテルに浸かっているといえるくらいにゃあ。とジュラルミンが得意気に補足する。
「やつらのことを、なんで可能性って呼ぶ?」
「にゃつら一体一体が放出する煙が、世界の一部になってるからだにゃあ」
総合すると、可能性の放出する煙たちがあつめられて工場の煙突から空中に吐き出され、空を切り欠いた面にたどり着いた煙たちを守り神である蒸気機関車が縫い合わせてひとつにまとめ、面の向こう側に一枚一枚の世界が作られていくということになる。まあ、今のところはそういうことにしておこう。
パン、パン、パン、パン……
ゆったりした低音の拍手とともに、奥の部屋から、生命体が現われる。
「可能性にゃっ」言ったと同時にジュラルミンの両腕がドサッと床に落ち、肩からドバドバとなだれのように機械油がこぼれ落ちている。
ネンドガヒクイナ…… セイミツアブラカ……
ジュラルミンは思考をつかって、ゆっくりと両腕を持ち上げ、自分の肩にドッキングさせ、掌をグーパーして機能性を確かめる。生命体の顔はおよそ半分が褐色で、のこり半分と体全身は白いが、あの目つき。僕や家族を喰ったヤツに間違いない。
「俺がヤルにゃら、おみゃあらは逃げろにゃあ」
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