第5話
僕は体に受ける大きな振動で目を覚ました。小学一年生のときに顎を手術したときのことを思い出した。今回は顎ではなく、肩、腰、腹、足、いわゆる全身を、巨大なドリルにこづき回されているような感じだ。
「生きとるか? あの重体から復活するとは、ごっつレアケースやで」
僕を施術した男が、鉄仮面のような面体を脱ぎ取って言った。右の目玉が、宝石か何かだ。樹脂かもしれない。
その男は、僕のへそのあたりに手を当て、なるほどなと言った。
「じぶん、裸のサイコロでやつらに会うたことがあるんか。おもろいのう」
「教えてくれ、『可能性』って何?」僕はゆっくりと口をあけた。
男は僕から手を離して、語り出した。
「あそこは、裸のサイコロと呼ばれとる」
「サイコロ?」
「あそこの空の上に、でっかく切りかいた線が見えたやろ。あの線がぐるっとカクカクに繋がって面になっとって、その面のなかの様子がいろいろ変わっていくんや」
「線のうえにずっと浮かんでいた物、あれはいったい何?」
「守り神や。工場が吐き出す煙を、ひとつに縫い合わせとるらしいわ。世界がバラバラにならんようにな」
「工場?」
「せや。工場は煙でもって世界を創造しとるんや」
「行ってみたいな」
「煙は可能性たちが作り出しとる」
「可能性…… そういえば僕が吹っ飛ばされたときにぞろぞろとでてきていた」
「せや。そいつら可能性が、お前とお前の家族を食い荒らしたんやろう。たぶん」
「やつらはどこにいる?」
「教えてどうするんや?」
「奪い返す」
「何をや?」
「全てを」
「どうやって?」
「わからない」僕は、手術台から降りた。立てる。幾分、体が軽くなった気がした。
「気持ちはわかるんやけど、ちいと慣らし運転してからにしよや」
僕は自分の体を見た。体の大部分が、金属のようなもので覆われているではないか。触ると硬く、叩くと体の奥底まで振動が響く。これは、表層だけではなく、芯まで金属なのか。
「お前を見つけたときは、体の半分弱が喰われてしもうて無うなっとったんや」
「あの生命体はどうなったの?」
「生命体ゆうか、可能性のことやな。俺らをみて、逃げよったわ」
「ところで、なんで僕を助けたの?」
「困っているヤツを助けるんが、俺のポリシーなんや」
「ありがとう、助かった」僕は、頭を下げた。
「はやく、奪い返しにいきたい」
「ヤツは逃げへん。あそこにおる」男は手術室の壁にあるレーダーのようなものを指さした。
「やつに、ロウンチセンサーを仕込んどいたんや」
「あそこってどこ?」
「サイコロや」
「まーえー。ひとまず、俺らのアジトを案内するわ。俺らの仲間になるんやろ?」僕はうなずいた。とりあえず、そうするしか手はない。
男は油にまみれた革製の手袋をぬぎ、胸のポケットから煙草をとって火をつけ、煙をふうっと吐き出した。
「気づいとると思うけど、俺のことはツナギとよんでくれ。いつもつなぎ姿やから、そう呼ばれとる」
「お前のことはターコイズと呼ばせてもらうわ」
どうやらサイコロでの出来事は、把握されているらしい。
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