第4話
僕は乾燥設備のなかを駆け上がって新薬工場の工事現場に戻り、急いで家に向かった。家族には思考がなかった。
みんなと会話のキャッチボールができない。妻は「ゴメンナサイゴメンナサイ」を繰り返し、子供たちは無言でぼーっと部屋の壁を見つめていた。埃がふらふらと妻や子供たちによっていく。
振り返ると、生命体がいた。
僕は食される。
一言でいうと快感。ふたつの睾丸を強くつかんで持ち上げられ、両脇のリンパにひとさし指を突っ込まれたような感じ。動けない、声も出せない。視界には猛スピードで見たことのない顔たちがカラカラとまわる。たぶんコレは、伝染病とか、戦争と同じたぐいで、僕には抗うことも何もできない。
ゴオオオォォーン、ゴオオオォォーン
突如、僕に強烈な殺意が芽生える。生物学的に生き残るために、この生命体を滅殺するしかない。ゼロからイチの殺意。
イキルコトハタタカウコトデアル
そう、いま、僕は生きているのだから。
僕は生命体の顔にかみつき、白いマシュマロを食しはじめた。外層はやや硬くザラザラしていて、内部はややドロドロ、丁度いい食べ頃のものだ。僕は、家でやるバーベキューの締めに出てくるマシュマロを思い出していた。ひと口、ふた口と食べ進めていく。全体的にほんのりと甘い。
家でやるバーベキューは大変に思い出深い。庭ではなく、駐車場の端っこに小型のバーベキューコンロをおいて、着火剤をつかって火起こしをするたぐいのものだ。妻や子供たちのよろこんだ顔、近所づきあい、ワインやビール、スペイン料理のアヒージョ、家の前で魚釣り、日が暮れたあとの花火などが走馬燈のようによみがえってくる。僕が火起こしにてこずったときには、近所の主人がバーナーをもってきて炭をあぶって助けてくれた。準備から片付けまで、バーベキューには、チャレンジ精神やスリル、いわば人生の生きがいが詰まっていた。
僕は泣いていた。いま僕は、呻きながら、よだれを垂らしながら、マシュマロをほおばっている。子供たちがよろこんで食べたマシュマロだ。妻は大型のマシュマロをきまってとなり町で調達してきた。その大型マシュマロのセンターに割り箸をぶっさして、割り箸の先のほうを親指とひと差し指でつかみ、くるくると回しながら、マシュマロの表面全体にまんべんなくゆっくりと焼いていった。そして、表面が少し焦げ付くくらいになると食べ時だ。
そうして、僕の意識は飛んだ。
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