第6話
ツナギは歩きながら、このアジトの成り立ち、目的、構成メンバーについて語ってくれた。変死した家族をもつ者たちの非公式なコミュニティであることや、目的が可能性たちの壊滅であること、政治家、軍人、芸術家、医者、整備士など、さまざまなメンバーがいることなど。ツナギも僕も技術者に該当するらしい。
「とりあえず、今日はここまでや、機密情報やしな。いっさい他言無用。もちろん、お前にもセンサーを忍ばせたあるしな」
「疲れたやろ、寝えや。俺のベッドをつかっていいし」
僕はすうっと深い眠りに落ちた。
家族の夢をみた。姿はなく声だけだった。だが、やけにリアルだった。
「わたしたちは、ココに居るから大丈夫。心配しないで。そうだよ、パパ、パーパ」
テーブルに朝飯が運ばれてきた。僕は礼を言って、レタスと玉葱のサラダから食べた。昔、よく嫁に、「主食よりサラダから食べたほうが、痩せるんだって」と言われ、その癖がついたのだ。その癖さえ、いまは愛おしい。
「ほな、訓練を始めよか」
「何の?」
「あそこに行く訓練に決まったあるやないか」
「なるほど」
「まずは、この波形を見てみ」
突然、部屋の空間に四角い大きなヒビがはいって透明なモニターが現われ、そのモニターに、ぎざぎざの波形グラフが映しだされた。
「横軸が時間、縦軸が質量や。縦軸が長いほど、夢に質量が、つまり思考が入り込んどるっちゅうこっちゃ」
「質量って? 夢と質量に関係がある?」
「ほうや。夢に質量が入っていけばいくほど、濃い夢になる。つまりはリアルに感じるようになるんや。ほいで、一線を超えると、夢に移動できるんや」
「夢に移動って、どういうこと?」
「夢のなかで呼吸でき、会話もし、ジャンプもハグもできるんや」この男はいったい何を言っているのか。
「まあ、この質量くらいじゃあ、ほんの一部しか移動できとらんがな」
「どうやったら完全に移動できる?」
「意識を集中させて、フル思考で全身で夢に入り込むんや。そのためには夢ってことに気づけなアカン。それがさっき言うた、一線を超えるっちゅうことなんや」
「その訓練をするってこと?」
「ご名答や、ターコイズちゃん」
「意識を集中させるコツは、時間をとめることや。そうすればいろんな雑念が消えよる。じぶんのまわりの全てのものに気を巡らせる、愛おしく思うんや。すると呼吸を忘れ、目ばたきがやみ、時間がとまる。無のなかに永遠が生まれるんや。夢のなかでそれができれば、ぬるっと夢のなかに入り込めるようになる」
「難しいのは、夢やと気づくことや。コツは夢の決まった場所に決まったモノを置いておき、毎回それを見つけることや。まずは、その練習をする」
「とりあえず、そのモノをいま作ろ」ツナギは僕に、太めのヘアバンドのようなものを渡し、目の位置にはめるように言った。僕がヘアバンドを目のあたりにセットすると、僕の右手をつかみ、てのひらをうえに向けた。
「てのひらの上にモノがあると念じてみ。せやな、思い出の品でええわ。なるだけ硬くて丈夫なやつ」
何がいいかと考えたとき、ふと、ロボットを思いついた。煙草サイズの小さいものだ。長女に買ったものだから、いまは二代目になる。外れた腕を新しくブリキで新調したり、足に車輪をつけたり、もとの姿からはほど遠い。
「強く念じとるか?」僕は、てのひらのうえあたりにロボットを念じた。強く。強く。
てのひらの真ん中あたりが、じんじんと熱をもってきた。
「ええぞ。人形か? 足ができてきとる。だんだん色もついてきた。ほう、機械人形やな? あとは顔だけや」僕は、顔を念じた。
「よし、ヘアバンドをとってみ」驚いたことに、あのロボットがそこにいた。
「これで意識に質量があることがわかったか? まあ、実は思考に質量があるんや。念じるといろんなことが起きるっちゅうやろ、良いことも悪いことも。それは思考に質量があるからなんや」なるほど、信じられる。
「いまは、このバンドで思考の種類や向きをそろえなあかんけど、訓練すればそんなことせんでもできるようになるし」
「次は、夢やと気づく訓練や」
「もっかいバンド巻いて、ベッドに横になってみ」言われるように、僕は横になった。
「このふにゃふにゃボールをくわえてみ。中から甘い空気が出てきて、すぐ仮眠に誘うんや。仮眠ボールと呼んでる。なかなかのネーミングセンスやろ。いうて、もう寝とるか」
僕はジャリジャリした地面のうえにいる。みてみると靴を履いていない。こげくさい匂いもする。かすかに光が見える方向に、ゆっくりと進んでいく。足の裏にジャリを踏んでいる感覚がつづいている。しばらく進むと僕は湖に出る。なんだか琵琶湖に似ている。引き寄せられるように、一歩一歩、スロウに湖に入っていく。よくみると僕は白いタイベック姿だ。そして、なんだか金切り音がしたかと思うと、ボオンと吹き飛ばされて、僕は砂の上に尻餅をつく。上空から一匹の大きな魚類が降ってくる。魚類とはいえ、骨だけの姿だ。ヒレっぽいのが見えるので魚類と感じたのだ。僕は少し驚いて、手に持っていたロボットをじぶんがつけた足跡に落としてしまう。また金切り音がする。
「グウウウ…… ゲェェエエエ…… グウウウ…… ゲェェエエエ」僕は、じいいぃっっっと耳をすます。
「ユウウウ…… メェェエエエ…… ユウウウ…… メェェエエエ」僕は、さらに耳をすます。
「ゆめ、ゆめ、ゆめ、ゆめ」僕は、ミッションを思い出す。そうだ、いま夢のなかに居るのだ。
「そうや。夢なんや。ターコイズ、ロボットを拾ったらんかい」どこからともなく、聞いたことのある声が聞こえてくる。僕は、ロボットを拾う。
そして、ゴーグルを外すと、砂にまみれたロボットを握りしめていた。
「これで、慣らし運転は終了や」
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