瑞木由花 18歳 秋9
静寂が訪れた部屋の中、わたしはじっと己を見つめる。鏡を見れば、瞳が爛々と輝いているだろう。
さっきまで心を支配していた、どうしようもない無力感と行き先の見えない閉塞感は、もうない。かわりに明確な目的が、一番星のようにわたしの中で輝いている。
ネイルに心の中でお礼を言い、ソックスを脱ぎ、拳を構え、シャドーを始める。無心で体を動かしている時が、自分のもっとも奥深くと向き合うことができるって、知ってるから。
――ピシッ、ピシッと、空を切る音。
わたしはおねーちゃんが好き。まず、それは絶対不変の感情だ。
そして、わたしが抱いている感情が生む願いは、キスであったり、デートであったり、セックスであったり、結婚であったり、そういう、普通は恋愛感情を持つ相手に向けられるものだ。
なら、わたしのこれは恋愛感情なのか?
早計だ。ネイルが言うとおり、それらは全部愛情表現の方法に過ぎない。愛のない行為、金目当ての結婚、全部よくある話。でも、それならどうやって答えを出せばいい?
結局、わたしが自分で決めるしかないんだ。
――拳は空を切り続ける。足は滑らかに動き、トン、トトンとステップを刻む。
自分の感情と向き合え。キヨにいに指摘されるまで、気づくことすらなかったこの想い。わたしの中にずっとありながら、見向きもしなかったこの想い。わたしの中で、一番大きなこの想い。
「おねーちゃんが好き」
気づけば口に出していた。
「好き。好き。好き。好き。好き」
止まらない。でも足りない。何度言っても、想いを表現し切れない。このままじゃ、きっと届かない。もっと熱くて、大きくて、内側から溢れ出すような止められないもの。
――気づけば頭の中におねーちゃんの歌声が聞こえている。体は熱を持ち、止まらない。
「好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き」
――わたしの拳が空気を切る。
いや、違う。そこにはちゃんと敵がいる。それは誰だ? 人じゃない。でもずっと戦ってきた相手。世間や社会と呼ばれるもの。昔は偏見と差別でおねーちゃんを傷つけ、今はエゴ塗れの理想と希望を押し付けてくる相手。おねーちゃんの敵。つまりわたしの敵。そうだ、わたしの本当の敵は、いじめっ子でもゴリラ男でもなく、コイツらだったんだ。
もっと早く気付くべきだった。ボクシングは、目の前の敵からおねーちゃんを守ることはできるけど、コイツらをぶっ飛ばすことはできないんだって。
……でも、もう遅い。
だから、いい加減、答えを出そう。
もう充分に悩み、向き合った。臆病な自分は、これで終わり。
必要なのは、認める勇気。この醜悪な業を、これもわたしだと受け入れること。
……わたしはわたしらしく。おねーちゃんが自分の願いをかなえられるように、ずっとそう言い続けていたけれど、自分でやるにはこんなに勇気がいるなんて。
押し付けちゃって、ごめんね、おねーちゃん。
「好き。好き。好き。好き。好き。好き。――――…………ううん、違う」
それと、もう一つごめんなさい。おねーちゃんの優しさを、きっと無駄にしてしま
うから。
――シャドーを止める。血が、限りなく熱い。
これは、愛だ。
好きなんかじゃ物足りない。大好きだって弱すぎる。だから、愛以外にはあり得ない。
そう決めた途端、わたしの心臓がドクンと跳ねる。心が禁忌を受け入れた。わたしは今、この世の倫理を敵に回すと決めたんだ。
姉妹の間に恋愛感情はあってはならない。きっと世界中の人がわたしを非難するだろう。けど、それがどうした。彼らが何を言ったところで、この想いが偽物だってことにはならない。
だって、わたしがそう決めた。
だから、この愛は、本物だ。
ああ、この切なさ。この愛しさ。この熱さ。この苦しみ。この痛み。
もしもこの世界にあらゆる禁忌が存在しなかったとしたら、わたしはずっと前から、この感情を愛と呼んでいた気がする。
だから。
これは愛だ。愛なんだ。
わたしはおねーちゃんが好き。
好き。好き。大好き。
「愛してる」
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