瑞木恵里佳 15歳 夏
ボクの隣で、由花がご機嫌斜めな様子でお父さんの車に揺られている。講座でおかしな質問をして、笑われたのが恥ずかしかったのだろう。この子はさっぱりしているように見えて、意外と引きずるほうだから。
今日の講座を思い出す。講師の女性が言っていたこと。
大切なのは、声を上げること。私たちはちゃんと存在してるんだと叫ぶこと。
言われて、気づいた。ボクは今まで、そうしてきたことが一度もなかった。
初めて男の体になり、不定性のXジェンダーだと言われた時。お父さんとお母さん、由花に何かをすることもなく、受け入れられますようにと願っていただけだった。
友だちだと思っていた同級生に虐められた時。気持ち悪いことじゃないと言い返せなかった。暴力を振るわれても靴をトイレに落とされても、ただ黙って耐えていた。
おかしいと、そう叫んだのはいつも由花だった。本当なら、ボクがするべきことだったのに。
ボクはいつも由花に守られ、居場所を与えてもらっていた。
今だって、ボクは人の目に止まらないように生きることばかり考えている。もちろん、楽しくなんてないけど、何もしないのが一番安易で楽だから。
……そうして、死ぬまで生きていくの?
ぞっとした。自由に生きることを諦めるなんて、それは奴隷や囚人と何が違うんだろう。
ボクがボクらしく生きるためには、声を上げないといけなんだ。
そう考えた途端、とてつもなく心が重くなった。何もしなくたって虐める人がいたのに、目立つようなことをすればどうなってしまうんだろう。
でも、批判されるのを覚悟で、やらないと何も始まらない。これまでの歴史や、由花が証明してきたように。由花がボクシングを始めたのは、ボクを守るため。本人から聞いたわけじゃないけど、姉妹だからわかる。変わろうとしてるんだ。何もしないボクの代わりに。
「……? どうかした?」
ボクの視線に気づいたらしく、由花が小首を傾げて問う。
「いや、由花は凄いなって」
「え、いきなり何? なんかよくわかんないけど、やったあ」
「それと、ありがと」
「もう、おねーちゃん、だからどうしたの? ……どういたしまして」
きっとこの、照れ笑いを浮かべる可愛い妹のようにはできないと思う。でも、由花が傍にいてくれれば、勇気をもらえる気がした。
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