瑞木由花 11歳 夏3
家に帰って宿題をしたら、今日はもうおねーちゃんの返ってくる時間だった。急いでスクールバス乗り場まで走っていく。バスはもう来てた。おねーちゃんが降りてくる。今は女っぽかった。
おねーちゃんが、一緒に降りた女子に背中を突き飛ばされてコケた。女子は他の子たちと一緒にケタケタ笑ってる。何が面白いんだよ。
「おねーちゃん、大丈夫!?」
おねーちゃんに駆け寄って、付きとばしたヤツを睨みつける。
「今の絶対ワザとだよね!? なんでこんな酷いことするの!?」
「瑞木が今日、女子トイレに入ろうとしたからよ」
ソイツは、はん、と鼻を鳴らした。
「コイツ半分男なんだよ? 女子トイレでエロいこと考えてたらどうすんの? 瑞木の妹だって、男子が女子トイレに入ってきたら怒るし、怖いでしょ? それと同じ。これは罰なの」
じゃあ仕方ないな、なんてちっとも思わないのに、おねーちゃんは男子だから女子トイレを使っちゃいけないのはおかしいって理由を、うまく説明できない。それがすっごく悔しくて、何とか言い返す。
「そりゃあ怒るけど……、でも、今突き飛ばすのは違うじゃん。しかも怒ってなかったし。笑ってたし!! 罰なんて嘘だよ!!」
「……うるさいなあ。小学生のくせにわかったようなこと言わないでくれる? さっきのだって、ホントはちょっとじゃれてただけだし。ねー恵里佳?」
「……うん、そうだね」
わたしにだって、無理矢理言わされてるってわかる。なのに、ソイツはほらね、って勝ち誇った顔をする。
「ていうか、むしろ感謝して欲しいくらいなんだけど。あたしたちが弄ってあげてるから、瑞木が学校で孤立せずにいられるんだよ? ほら、わたしたちのクラスは仲いいからさ。瑞木が自分が男か女かもわかんない頭のおかしいヤバい奴でも、クラス一丸となって瑞木を弄ってあげて、ボッチにならないようにしてあげてんの。ま、小学生のアンタにはわからないだろうけど」
ひでえとかウケるとか呟きながら、中学生たちがくすくす笑ってる。ソイツも笑って、持ってたものを用水路に捨てた。おねーちゃんの生理用品だった。
怒りと悲しみが爆発して、ものすごい熱がわたしの中で暴れ回った。頭と体が勝手に動く。一気に駆け寄り、ソイツの襟と袖を掴んで渾身の力で体を捻り、地面に叩きつける。
グエ、って変な声がした。不細工な顔にぴったりだ。
「オイ何すんだよお前!!」
突然息ができなくなって、体がふわって浮いたかと思うと、藪の中に転がってた。後ろにいた男子に突き飛ばされたんだ、ってわかって、途端に全身が痛くなる。動けない。由花、っておねーちゃんが助けに来てくれる。
「由花、おねーちゃんは大丈夫だから、もうやめて」
大丈夫じゃない。大丈夫じゃないでしょ。嘘つかないで!! わたしの熱は収まらない。口だけは動く。動かせる。
「なんでみんな、そんな酷いことが言えるの? 小学校からずっと仲良しだったじゃん。ちょっと前までうちに遊びに来てたじゃん。なんで、急にそんな裏切るようなことができるの? 意味わかんないよ!!」
「由花、もういいから」
「裏切られたのはこっちの方だ。そんな気持ち悪い奴だってのを、ずっと隠してオレらを騙してたんだからな。仲良くするんじゃなかった」
男子が言う。違う。怖くて、言えなかっただけだよ。なんでわからないの?
わたしが投げ倒した女子が、男子に助け起こされる。女子はわたしを睨んだ後、おねーちゃんを見て、
「瑞木、明日覚えてろよ」
っていった。おねーちゃんの体が硬くなる。す、ってわたしの背すじが冷えた。
「なんで!? やったのはわたしじゃん。おねーちゃんじゃない!!」
「だからだよ。嫌ならあたしたちのやることに文句つけんな」
……ああ、わたし、こんなサイテーな奴らになんにもできない。
そいつらが勝ち誇った顔で帰って行き、見えなくなってから随分した後、わたしたちはようやく家に向かって歩き始めた。雨でもないのに、ガッポガッポっておねーちゃんの靴から湿った音がしてる。
「由花、おねーちゃんは大丈夫だから」
嘘だ。
「本当だよ。だから心配しなくても大丈夫」
嘘だ。
「皆が言ってたのも本当だから。今も仲良しだから」
全部嘘だ。わたしが泣いて泣いて泣きまくってるから、慰めるために言ってくれてるだけなんだ。一番辛いのはおねーちゃんのはずなのに、わたしが、ずっと泣いてるから。
わたしは、おねーちゃんになんにもしてあげられない。
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