第52話 断わられた舞踏会①

 観劇から五日後──。

 レオナールから断られ、ならばと兄から誘われた舞踏会の日だ。


 貧乏なくせに、貴族たちとの交流は外せないと言い張る兄は、やたらと社交場への参加にこだわりを見せる。

 そんな兄と共に会場へ到着した。


 大ホールへ入ると、「トルイユ子爵家のダニエル様、エメリーヌ様のご到着です」とアナウンスが響く。


 舞踏会でよく行われる、入場を知らせる紹介だが、そのせいで、一斉に視線が入り口に注がれる。

 それも、相当遅れて到着したせいで、今日はやたらと向けられる視線の数が多い。


 会場の至る所で歓談するグループができており、盛り上がっている雰囲気だが、どこかの会話に混ざる勇気もなく、すぐさま壁際へと移動する。


 横にいるお兄様も、会場全体を見回したいのかもしれない。

 私の向かおうとする先に、何の躊躇いもなくついて来ているのだから。


 会場中を隈なく見渡し、金髪の男性を一人ずつ確認する──。

 その全ての確認を終え、ため息交じりに言った。


「レオナールは、本当に来ていないのね」

「そうみたいだな。彼が舞踏会に顔を出さないなんて、珍しいな」


「確かにね」


「な~んだ。エメリーはレオナール様に会えなくて寂しいのか?」


「別にそうじゃないけど、もしかして用事が早く終わったら、いるかもしれないなと思っただけよ」


「どうせ、明後日には会えるんだろう」


「まあね。次はラングラン公爵家に招かれたから、少し緊張するのよ」


 自分の妹を紹介したいと、レオナールがお茶の席をセッティングしたのだ。

 彼は「エメリーは妹と気が合うと思うはず」と、楽しみにしているようだったが、レオナールは分かっていない。


 妹のアリアは、レオナールと結婚する私のことを、酷く毛嫌いしていることを。


 だけど、そんな憂鬱な気分を差し置いても、レオナールに会いたいのだから、恋人の演技を続ける彼に、すっかり絆されてしまったのだろう。


「いよいよ記憶が戻ったことにするのか。どうせ下手な芝居なんだろうが、レオナール様ならそれにうまく付き合ってくれるだろうさ」


「うんきっとね。かつての記憶があると伝えても、レオナールの態度は変わらないと思うから」


「レオナール様は、エメリーにベタ惚れだからな」


 いつも謎な自信に満ち溢れている兄の言葉。普段であれば信用しないけれど、こればかりは信じたいと思うから、笑顔で頷き聞き入れた。


「妹が結婚するとなると、俺もいよいよ真剣に嫁さん探しをしなくてはならないな。さ~て、どこの誰がいいだろうか」

 そんなことを嬉しそうに話す兄の顔を見つめる。


「お兄様ってば、本当にいつも楽しそうよね。訳の分からない山を買って、我が家を存続の危機に陥れておいて、よくもそんな呑気なままでいられるわね」


「ぶははっ、俺は一番我が家のことを考えている人間だと思うぞ」


「その温泉レジャー施設は、いつになったらできるのかしら?」


「以前買った山は、いまいち温泉が湧かないからな。温泉レジャー施設を作るとなると、新しく土地を買うか」


「はぁ⁉ 何かとんでもないことを考えているでしょう⁉ しょうもない山を買ったので、まだ懲りてないわけ!」


「ははっ、幸い、エメリーがラングラン公爵家との関係を作ってくれたから、資金は何とかなるだろう。いやぁ~、意外なところに協力者はいるもんだな。持つべきものは、すっとぼけた妹だ、はははっ」

 私の肩を叩いて笑う。


「まさか……。そのためにレオナールとの婚約をご破算にするなと、説得し続けていたんじゃないでしょうね」

 そう伝えると兄は「さあな」と、とぼけた顔で言ってのけた。


「そのギャンブル気質を何とかしないと、本当に我が家が破産するわよ!」


「まあそんなにカリカリ怒るなって」


「怒るに決まっているでしょう! まさか、『もう怪しいものを買いました!』と、言い出すんじゃないでしょうね……」


「いや、まだだ。新規事業を始めたいし、職人とのコンタクトを取りたいのだが、どこも今抱えている仕事で手一杯だと言って、協力してくれないからな。どこかに埋もれている有能な人材がいないかを、それとなくこの会場で当たりたいんだ」


「はあ? 一体何の話をしているのよ。いい加減身の丈に合った仕事を、コツコツやりなさいよね──」


 そんなことを伝えると、都合の悪くなった兄は、何も言わずにこの場から動き出し、毎回のことながら、どこかへ消えた。


 そうなればいつものごとく、壁の花、ならぬ「壁の枯れ木」に扮装して目立たないように潜む。


 だがどういうわけか、呼んでもいないのに、レオナールの妹である、アリアが近づいてきた。


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次話は妹が再登場です.ᐟ.ᐟ.ᐟ


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