第34話 破天荒な兄の教え③

「それじゃあエメリーは、公爵家に違約金を払うために、娼館に身売りでもするか?」


「でたわ、でたわ! これだもの。実の妹を娼館に売るなんて、レオナールと同じで、人でなしだわ」


「どうせ極上客が即座に身請けするだろうな」

 兄がにこっと笑う。


 おや? 枯れ木だと思われていた私も、案外美人なのかしらと誇らしげに尋ねる。


「それって私が美人だからってことかしら?」


「安心しろ。そんなことは言っていない」


「あっそ……。じゃあ極上客って誰よ」


「エメリーが娼館にいると知れば、レオナール様が毎日足しげく通って、堂々と手籠めにするんじゃないか?」


「あるわけないでしょ!」


「はははっ試してみろ。最短ルートで結婚だ。良かったな」


「どこがいいのよッ‼」


「どのみち逃げられないから、可愛くすっとぼけて、婚約者をやっていればいいだろう」


「っていうか、お兄様はこの部屋に何しに来たのよ」


「レオナール様から頼まれた」


「は? 何をですか?」

 レオナールの謎すぎる指示に絶句する私は、ぽかんと口を開けた。


「エメリーの記憶がないから、困らないように見て欲しいっていわれたんだ。随分と愛されているな」


「レオナールから愛されているわけないでしょう。それは見張れって意味よ」


「だから彼は、エメリーを心配しているんだって」


「そうよ、私が偽装婚約者から逃げないかを、心配しているんでしょうね。どうしよう。そのレオナールは、明日も来るって言ってたんだけど……。もう記憶が戻ったことを伝えて、婚約者のふりを五年する方がいいかしら?」


「いや。記憶のないふりの方が絶対面白いことになるから、そのまますっとぼけていればいいだろう」


「お兄様……」

 そう言ってジト目で見れば、真面目な口調で兄が言った。


「はい妹よ。兄だがなんだろうか?」

「私で遊んでいるでしょう」


「そんなことはない」

 真面目な顔で言い張る兄が、誇らし気に告げた。

「妹想いの兄が、最善の助言をしただけだ」


「そうは見えないわよ」


「エメリーの記憶が戻ったと知られれば、あの晩に盗まれた、大きなアメジストのネックレスの弁償を迫られるかもしれないぞ。どうするんだ? 大きな石をダイヤが取り囲むようあったから、あれは相当に高いぞ。それこそ娼館で稼いでもらわないと払えないな」


「ああー、そうだったっ! ネックレスをちぎられたんだ。その問題をすっかり見落としていたわ──」

 レオナールのことだ。確かに何を言い出すか分からない。


「このまま記憶がないふりをしておけば、アクセサリーなんて『知らん』と、そのまますっとぼけていられるだろう」


「さすがお兄様! 悪どい思考ですわ。確かにしばらく様子を見る意味でも、このまま記憶喪失のふりをしておきます」


「よし、その調子だ。敵を欺くためには味方からというだろう。家の中でも油断するなよ」


 悪知恵だけは働く兄から助言をもらった私は、当面の間、記憶喪失のふりに徹することとなった。


 ◇◇◇

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