第33話 破天荒な兄の教え②

「言っておくが俺はモテる!」

 全く根拠のない自信を全面に出す兄は、どうだと気取って、胸を張った。


「自分で言っていて虚しくない?」


「いいや全く。俺は、『最後の優良物件』が売れたことによって、これからモテ期到来の一番熱い男だからな」


「ってか、ふざけたことを真面目な顔でぶっ込んでこないで、私から早く離れてくださいな!」

 未だに目の前に迫る距離にいる兄を、あっちへ行けと押っ付ける。


「おっと危ない、危ない。エメリーにキスをしては、ヴァロン王国の全独身令嬢を泣かせるところだった」


「何をふざけたことを言っているのよ! 聞いている私が恥ずかしいわ」


「馬鹿なことをしているのはエメリーだろう。エメリーがふざけているせいで、美しいご令嬢が待ち侘びる俺の唇が、ぶちゅーっと妹にぶつかるところだったんだぞ」


「あのね……。お兄様を待っているご令嬢は一人もいないでしょう。夜会でも、私としか踊ったことがないくせに、よく言うわよ」


「変だな? 俺の妹はレオナール様のことも分からない記憶喪失のはずなんだが、どうでもいい話はちゃんと覚えているんだな」

 そんな風に言う兄が、顎に手を当て小首を傾げた。


「あ……」

 返す言葉もなく絶句する。

 ふざけた兄に乗せられてしまい、少し前に立てた計画は、泡となって完全に消えた。


 ……となれば、平凡地味ライフを目指す私は、是が非でも兄を味方に付けるしかないだろう。


「私もお兄様のような、のこぎりでも切れない図太い神経が欲しいわね」


「言っておくが、レオナール様を知らないふりをするエメリーの方が、俺よりよっぽど図太い神経をしているだろう。俺が知っている令嬢の中で、一番強気でふてぶてしい性格だと思うぞ」


「お兄様が常々言っていたでしょう。可愛くすっとぼけろって」


「ああ、なんだそういうことか。レオナール様に構って欲しくて、すっとぼけていたのか」


「違うわぁーっ‼ 人生最大のピンチだからよ」


「何を意味の分からないことを言っているんだ?」


「レオナールに騙されて、窮地に陥ったのよ!」


「まあ、パッとしないエメリーは、ちょっとくらい窮地があった方が、刺激があっていいだろう。人生が潤うぞ」

 私の肩をポンポンと叩いて笑っている。


「よくないわぁ―っ‼ レオナールの『婚約者のふり』をしないと、婚約解消の違約金を払えって脅されているのよ。これのどこが潤いなのよ!」


「俺には脅しに聞こえないが、それの何が問題なんだ?」


「は? 大問題でしょう!」


「おお、そうだった……伝えるのを忘れていた」

「何を?」


「婚約おめでとう」


「は? 何がおめでとうよ! これは婚約じゃなくて、お金をたかる恐喝よ! 恐喝ッ!」


「だから、結婚すれば払わなきゃいいんだろう。さっさと結婚すればいいだろう」

 ふんと鼻で笑われた。


「なんでレオナールと結婚しなきゃならないのよ! 彼は私のことが大っ嫌いで、私だって彼なんか嫌いだもの。そんな二人が結婚できるわけないし、しないから」


「レオナール様は、エメリーのことが好きだろう。どっからどうみても大好きだぞ」


「モテないお兄様は、本当に感性がどうかしているのね。彼が私のことを好きなわけないでしょう」


「なるほどな……。こんな調子のエメリーを好きになったレオナール様に同情するな……。とにかくエメリーは、そのまま婚約者に収まっていればいいだろう。それが一番平和な解決方法だ」


「このまま婚約者のふりなんかしていたら、穏やかな日常が遠退いていくじゃない……」

 がっくしと項垂れる。


「それはレオナール様の妻の生活でいいだろう。『レオナール大好き♡』とでも可愛く言ってみろ。そんな気がしてくるはずだ。良かったな、はははっ」


「あのね、私の話を聞いていたかしら? それともお兄様は本当に馬鹿なのかしら?」


「何に悩んでいるのか俺には毛ほども理解できんが、エメリーはそのままレオナール様と婚約者のままでいるのが無難だ」


「ひっどい。私の事情も分からず、そんなことを軽々しく口にするなんて、横暴だわ!」


「何言ってんだよ。エメリーの我が儘のために、ラングラン公爵家へ違約金を払えるわけないだろう。婚約解消は駄目だ。考えを改めろ」


「どうせお兄様なんて、当てにしていないわよ。自分で何とかするもん」


 いよいよ頭にきた私は、手に取った枕を兄に投げつけようかと思ったが、兄の言葉で固まった。

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