第31話 別人に変貌した幼馴染⑤

 彼って……普通にしていると本当に真面目なのね、と初めて知った。


「よく覚えていませんが、事故なんですからあなたが責任を感じる必要はございませんわ」


「いいや、あの馬車はラングラン公爵家の馬車だったから、全部俺が悪いんだ」


「仕方のないことですわ」


「事故の記憶はないだろうが、あのときエメリーを一人にしてごめんな。怖かっただろう。俺が一緒にいたかった」


 ──どうしよう。凄く胸が痛い。


 私が盗賊に遭遇したことに責任を感じている彼に対し、記憶喪失のふりで騙しているのだ。


 非常識な自分に得も言われぬ罪悪感がわいてくる。


 私に対して自責の念に駆られる彼を見ていると、「嘘です。記憶はあります」って言い直そうかなと考えてしまう。


 そんな風に悩んでいると、なんて返答していいか困惑してしまい、しばらくの間、沈黙する。


 そうしていると彼が口を開く。


「でも今は凄く幸せに感じているんだ。記憶喪失で不安になっているエメリーに、俺は不謹慎だな」


「……まあ、そうですね」


「でもごめん。俺の愛しい天使の目が覚めたんだから、喜びを我慢できない」

 にっこりと彼が笑う。


 こらっ! レオナールも嘘をぶっ込みすぎだ。

 出会いは八年前で合っているけど、私たちの関係は、互いにいがみ合う犬猿の仲が正しい。


 はッ! そうだ! 彼の魂胆が見えてきたわ。


 私を騙して、このまま「婚約者のふり」を続けさせる気なのだろう。


 記憶を失った私は、彼の思う壺に懐柔できるのだから、好都合だ。


 たまに屋敷へまずいチーズケーキを持参したところで、メリットの方が上回ると判断したのか!


 彼にとって、「偽装婚約者がいらなくなったタイミング」で、婚約破棄する気と見破った!


 公爵家の彼が婚約解消を告げるのは、なんてことはないだろう。


 子爵家の私なんかは、ゴミ箱へポイッと捨てるように白紙に戻せる。


 独身貴族を謳歌したい彼にとって、記憶がない私は、むしろ好条件のままなのか……。


 それにしても、私はあれから一週間も眠っていたのかと驚いてしまう……。


「レオナール様」

「違うよ。いつもはレオナールって、呼んでくれていたんだ。俺のことは呼び捨てでいいから」


「はあ……そうですか」


「やはりエメリーは、まだどこか痛いのだろうか? 顔色がすぐれないけど」


「体調は問題ないけど」


「じゃぁ、寝起きのせいか」


「いいえ。頭の中が混乱しているせいだわ」


「だったら俺が、二人の出会いから今日までのことを説明してあげる」

 そんなのいるかぁぁーー! 余計に混乱するだろう!


 そう思った私は、彼を丁重に追い返す。


「ごめんなさい、じっくりと頭を整理したいから、今は一人きりになりたいわ」


「それならエメリーが気にならないように、俺は部屋の隅にいるから」

 彼がにこりと笑う。


 何を笑っているんだ!

 部屋に住みつくゴーストみたいに隅にいられたら、むしろ気になるだろう。


 そんな不吉な存在はこの部屋にいらない。頼むから帰ってくれと、もう一押しする。


「急に現れたカッコイイ婚約者が近くにいると、恥ずかしくて……。落ち着かなくて困ります。着替えもできないし」


「うぅーーん、今更恥ずかしがる関係でもないんだけどね。エメリーのことならなんでも知っているし」

 これまで私の裸を見てきた口ぶりで言った。


 嘘をつけ! 見せていないだろうと、枕で叩きそうになる。

 だが相手は公爵令息。さすがにそれをすれば、傷害罪で拘束されかねない。


 理性が働きぐっと堪える。


「レオナールはよくても、私にとっては初対面なんです。近くにいられると凄く気になるから」


「ああーそうか。それは配慮が足りなくて申し訳ない。エメリーにとっては、僕は初対面だよね。ごめん、ごめん」


「こちらこそ、レオナールを覚えていなくてごめんなさい」


「俺のことは気にしなくていいんだ。本当は帰りたくないけど、今日のところは大人しく帰るしかないか」


「ええ、そうしてください。お願いします」


「分かったよ。じゃぁ、また明日も来るから」

 にっこりと言ったが、こちらとしては来なくて結構だ!


 いよいよ本当に枕を投げつけたい心情に駆られるが、ここも大人になって我慢した。


 よくやったわ私!


 ◇◇◇

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