第30話 別人に変貌した幼馴染④

 イライラする私の気も知らずに、レオナールが語り始めた。


「二人が出会ったのは八年前で、それから俺たちはずっと付き合っていったんだ。俺のためにエメリーがいつもチーズケーキを焼いてくれていたんだけど、本当に覚えていないのかい?」


「全く覚えていないわ」

「一週間前にやっと婚約を発表したのに……」

 レオナールは言葉に詰まると、両手で顔を覆った。


「ああ……。その婚約が破談になってしまったのね」


「いや、そんなことは絶対にしない。俺にはエメリーしかいないから」


 そりゃぁ~そうだ。

 いくら公爵令息とはいえ、「偽装婚約者」なんてふざけた役を頼める令嬢は、私くらいだろう。


 って今、婚約解消はしないって言っていなかった⁉


 はあ? 嘘だ! 何を考えているのよ!


 いいや! 彼が何と言おうとも、盗賊に襲われかけた汚名付きの令嬢を、ラングラン公爵家の婚約者に据えておくわけがない。


 さあ! ちゃんと真実を告げるのよと、彼を急かす!


「ですが私がこうして眠っていて、その横にいたということは、私に何かあったんでしょう」


「まあね……」

「ねぇ、何があったか教えて!」


「忘れてしまいたい記憶だろうから、無理に知る必要はないよ」


「いいえ。それを聞けば、何かを思い出せるかもしれないもの。ねぇ、お願い」

 レオナールをじっと見つめていると、ようやく観念した様子で口を開く。


 だがしかし彼の報告は、百パーセント私の記憶にない、でたらめ話だ。


「──俺たちの婚約発表をしたその帰りに、エメリーの乗っていた馬車が事故に遭って」


「──事故?」


「馬車の車輪が外れてしまって……」


「記憶にないわ……(リアルに)」

 一体全体、何がどうなっているのだ⁉


 彼は、てんで予想外のことを言い出した。


「忘れ去りたいほど怖かっただろう。あの日のことは思い出さなくていから。あのとき、エメリーの傍にいなくて申し訳なかった」


 目を瞬かせる私に、彼がかすれる声でひたすら謝り続ける。


「本当にごめん……ごめんなエメリー」

 強盗に襲われた件について彼は……彼なりに責任を感じているのかもしれない。


 あの日、馬車の御者台と後方に、計四人も従僕が乗っていたのだ。


 正直いって、四人は過剰な配置だ。


 その光景を見れば、重要人物が馬車に乗っていると思われてもおかしくない。

 実際は偽装婚約者だけど。


 パーティーまっただ中で、従僕たちは、さぞかし忙しかったであろう。


 よくもそんな最中に四人も用意したなと感心していた。


 私の乗る馬車が盗賊に目を付けられた原因。それはおそらく過剰な警護が元凶だろう。


 金品を求める悪党から見れば、厳戒警護を要する重要人物が乗っていると思ったに違いない。


 まあ扉を開ければ、枯れ木令嬢がちょこんと一人で呆けた顔をしていたのだ。


 あちらも大層びっくりしただろう。気の毒なことをした。


 偽装婚約を疑われないために、レオナールがわざわざ大袈裟に護衛を増やしたせいで、未婚の令嬢が襲われたことを気にしているのかもしれない。


 実際は未遂に終わっているけど、真実はどうであれ、男性に襲われたとなれば令嬢の責任になるし、一生消えない汚名になり得る。


 私に一切非がなくても。


 男に穢されたと噂が広がり、社交界の表舞台に顔を出せなくなった令嬢を、これまで何人も見てきた。


 そんな令嬢は大概婚約が破談し、家の名誉に関わるため修道院へ消えていった。


 まあ今回の私は、結果的に頭を少々殴られただけだ。

 そんなことを大して気にしていない私は、今しがた盗賊に感謝を申し上げていたのだが……。


 はなっからトルイユ子爵家に、名誉もなにも存在しない。こうなれば、両親も怪しい縁談をまとめることはないだろう。

 兄のすねにかじりついて、平穏に生きていく。


 実際、馬車の中身が相当期待外れだった盗賊としては、令嬢にオイタをする気だったようだが、鎧のような怨念ドレスのおかげで何も起きていないわけだし、痛くも痒くもない。


「エメリーが記憶を失ったのも、あの日のことも、全部俺が悪かったんだ。謝っても許してもらえないだろうが、本当にすまない」

 レオナールが意気消沈する。

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