第29話 別人に変貌した幼馴染③
「──ごめんなさい。顔を見ても誰だか分からないわ」
「そんな……俺のせいで……嘘だろう……俺の天使が……」
「だから、あなたは誰?」
「エメリー……。どこか痛い所はないか?」
「特段にないわ……」
「よかった」
と言う彼は、どういうわけか私の質問に答えず、安堵のため息をつくと、気が抜けたようにソファーに腰掛けた。
痺れを切らす私は、再び尋ねた。
「お兄様? ですか?」
小首を傾げ、先ほどの質問よりも選択肢を狭めてみた。
こうなれば答えは、「ノー」一択。間違えようがない。
私の質問を否定したあとに、「自分は幼馴染だ」と告げるだろう。
よし! こい、こい、こいと彼の返答を待つ。
すると瞼をパンパンに腫らしたレオナールが、悪びれる様子もなく、くすくすと笑い、鼻声を出す。
レオナールってば。たかだか偽婚約者の計画がご破算になったくらいで、ガチ泣きしすぎである。全くもって大袈裟だ。
「ふふっ、寂しいな。本当に覚えていないのか……」
「そうみたいで、ごめんなさい」
「俺はエメリーの婚約者だよ。この一週間、俺の愛しい天使の目が覚めるのを、片時も離れず待っていたんだけどね」
「はい?」
思わず眉をひそめ、冷たい声が出た。
彼に対して記憶喪失の演技を疎かにしてしまったが、私は悪くないだろう。
レオナールが私以上に、すっとぼけたことを言い出したせいだ。
馬鹿! 何を考えているのよと、内心レオナールを叱りつけているが、またしてもその怒りをぐっとこらえる。
私が変な顔をしたせいで彼が訝しむ。
じぃっと見つめてくるレオナールは、目を白黒させる私の瞳の奥を覗いて確認する。
「ん? どうしてそんなに驚いているのかな」
レオナールに「愛しい」なんて言われて動揺しまくりの私は、大きく瞳孔が開いているはずだ。絶対に。
──まずい。私に記憶があるとバレるのは困る。
ここで発覚すれば、「婚約解消」の多額の違約金を請求されるかもしれない。
何をどうやっても我が家の資金で払えるわけもない。
そうなれば、偽婚約者確保に熱心なレオナールに取っ捕まり、今度こそ、この先五年は逃げられない。
どうする、どうする、どうすると、焦りながらに自問する。
──そうだ、その手があったぁぁッ!
と、閃くわたしは、にこりと笑う。
「だって……とってもカッコいい素敵な人が、私の婚約者だなんて……信じられないから……夢みたいで」
片方の頬に手を当てると、照れた表情を見せてみた。
それに加え、私らしからぬ寒い台詞まで発した。
どうだ! これでレオナールは私から一目散に逃げていくはず。
なぜなら、彼は自分に群がる令嬢が嫌い。大嫌いだ。
彼の苦手なキャラに私が変貌したとなれば、私は問答無用にお役御免。偽婚約者としての価値は地に落ちた。
さあ、この部屋の出口はあなたの背後にあるわ。
とっとと立ち去りなさいな、と考えつつ、彼にうっとりした顔を作る。
すると、彼が目を瞬かせ真っ赤になった。
よぉーし! 大成功だ。
顔面を紅潮させるほど、彼が怒っている!
こうなれば、レオナールは私に二度と近づいて来るまい。
そのまま私のことを嫌うのだ!
ほ~れ、ほ~れ、正常運転に戻れ。
──と、内心勝ち誇っていた、そのときだ。彼が声を出して笑った。
「はは、嬉しいな。エメリーから素敵な恋人と呼ばれるなんて」
「は……。じょ、冗談ですよね」
「本当だよ。記憶を失っても、エメリーは純情で可愛いね」
「嘘ですよね」
「いいや。何があっても愛しい恋人のままだよ」
そんな言葉が返ってきて、私の最高のボケが、なぜか失敗に終わる。
それならばと、再び気合を入れ直す。
先ほどの言葉では攻撃力が、いまいち足りなかったようだ。
私以上に奇怪な台詞を並べ立てるレオナールへ、これでもくらえと彼の嫌いな言葉をとことん返してやることにした。
「嬉しいわ。私の我が儘に優しく付き合ってくれそうな、見目麗しいキラキラの貴公子様が、私の婚約者なんて」
ほ~れ、気持ち悪いだろう。
さっさと私の言動に引きなさいよ。
そう思った私の感情とは裏腹に、レオナールがギラッギラッに眩しい笑顔を見せる。
「愛してるよエメリー。愛しい人の我が儘は、何を言われても可愛いから、何でも言って」
「本当に冗談ですよね……。あなたのような貴公子様が、私の婚約者なんですの?」
「貴公子様じゃなくて、レオナールだよ。いつもそう呼んでくれていたんだから」
「そうなのね……。ごめんなさい。あなたが誰なのかさっぱり分からない……」
「それは残念だけど、俺の愛は何があっても変わらないから」
変わる以前に、二人の間に愛など存在しなかっただろうに。
「私たちは、いつからお付き合いをしていたのかしら」
この偽レオナールめっ!
もうここまできたら、リアルに知らない人物だ。
何が愛しい婚約者だ。
偽婚約者になっただけだろう。
都合のいい解釈をするな! と内心ブチ切れながらも、表面上必死に微笑む。
これをしらふでやってのけるなんて、私って大女優だわと感心もする。
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