第28話 別人に変貌した幼馴染②

 生まれ変わった私は首をこてんと傾げ、「あなたは誰?」と呟く。

 その相手はもちろん、よ〜く存じ上げるレオナールだ。


 私の人生において、最大級といえる渾身のボケ。

 それを思いっきりかますと、彼は再び泣いた。


 それも私を見つめたままボロボロと大粒の涙を落として。

「え……?」

 どうしたというのだ。


 あ〜、そうか。なるほどね。


 彼にとっては、せっかく捕まえた偽婚約者が、よりによって欠陥品になったからだろう。


 それが悲しくて泣いていても、同情する気はない。


 彼としては不本意な形で当初の計画はご破算だろうが、私の心も穏やかではない。


 全くもって碌でもない計画に、よくも私を巻き込んでくれたわねと、ムッとする。


 この状況。ひたすら涙をこぼす彼の一方、私にとっては願ってもない状況に持ち込めた。


 これまでの人生。不運続きだった私がここにきて最大級の運が向いてきた。


 上目づかいできょとんとした空気を醸し出せば、ただひたすら押し黙り、彼の出方を待つ。


 彼の反応を、うずうずと待ちきれない私とは裏腹に、レオナールは声も出せないほど泣き続けている。


 私が「あなたは誰?」と告げただけで、ここまで泣くとは──。男前のくせに大号泣だ。


 そんな姿を見ると……この幼馴染。私を骨の髄まで利用する気だったんだなと、呆れてしまう。


 彼の偽装婚約への執念がビリビリと伝わる。怖いくらいに。


 危なかったわ……。選択を見誤らなくてよかった。あのままいけば本当に五年も拘束されるところだった。


 悲しみに暮れる彼からの返答がないため、今は何時かしらと、マイペースに周囲を見回す。

 部屋に置いてあった二人かけのソファーがベッドの横に移動し、薄い毛布が一枚、背もたれに折りたたまれている。


 どういうことだ?


 レオナールがこの部屋で、しばらく過ごしていた形跡があるんだけど……。


 偽装婚約発表のパーティーから、一体、どれだけの時間が経過したのだろうか。


 そう思っていると、レオナールに、ぐっと抱きしめられ、顔にレオナールの鎖骨が当たる──。


「ふぇ……」

 わけも分からず、胸が圧迫され変な音が出た。


 すっとぼけた私に怒っているのだろうかと考えていれば、レオナールは絞り出すように弱々しい声を出す。


「エメリーを……俺があの日、屋敷まで送っていれば」


「エメリー?」

 違ぁーーう! どうしたのよレオナールは?


 彼が私を呼ぶときは、「お前」でしょう。どんなときだって。

 かつて、私の名前を何度も伝えたのだが、「お前はお前だ」と、全くもって理解できない反撃にあった。


 それっきり、レオナールからは「お前」か「枯れ木」呼ばわりされている。


 未だかつて二人きりの場面で私の名前を呼んだこともないレオナールに、一体、何が起きたというのだ⁉


 けれど、私の疑問とは違う捉え方をした彼から、見当違いの質問が返ってくる。


「もしかして、自分の名前も分からないのか?」


「名前って、エメリーですか?」

「いいや。あなたはエメリーヌで、俺はずっとエメリーと呼んでいたから」


 は? 嘘をつけ。呼んでいないだろう。


 あのパーティー会場の参加者に嘘をふりまいていたレオナールが、今度は私を騙しにかかっているんだけど……どういうことだと、頭の中に疑問符が連続して、ぐるぐると回っている。


 それにしてもいい加減、レオナールの胸の中から離してくれないだろうか。


 男性の胸に顔をうずめてキュンとしたのは初めだけで、レオナールと密着するなんて恥ずかしくてたまらないから!


 変に意識してしまうせいで、全く感じる必要のない緊張とドキドキを抱く。


 彼に私の感覚はどのように伝わっているのかと考え始めてしまい、頬が熱くなり居心地が悪い。


 羞恥心が最高潮に達してきた私が、もぞもぞと動き始めれば、彼の腕がさらにぎゅっと締まった。


 は? ちょっと離してよ! と、危うく口走りそうな衝動を、ぐっとこらえ取り繕う。


「あのう……あなたは誰ですか? 流石に若いから、父ではないでしょうが……兄? それとも弟かしら?」

 そう問い掛けると、覇気のない彼がこう言った。


「エメリーは本当に記憶がないのか?」

「ええ、少しも」


「ほら、よく見て」という彼が、私から少し離れると、顔をまじまじと見せてくる。


 やけに真面目な表情だ。

 そのうえ目が腫れて隈が酷い。


 こんな疲れた顔のレオナールを見るのは初めてであり、心の底からそう告げた。

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