第26話 婚約者お披露目パーティー⑤

 穏やかな笑顔を見せるレオナールが、アリアに向かって話しかけた。


「おやアリア。さっそくエメリーを一人にしないように、気遣ってくれていたのかい」


「ええ、そうですわ。わたくしはバイオリンと刺繍が得意なことを、お話ししていたのよ」


「そうなのか。今度エメリーにも刺繍を教えてくれると助かるな」

 そう言って彼は、嬉しそうに首を傾けた。


 何だこの兄妹は……。

 レオナールは妹に盲目すぎるだろう。


 実際のところアリアは、私をいびっていたのだ。


 だがしかし、挑発してきたアリアは、喋ってもいない「趣味の話に賛同せよ」と言いたげに、にっこにっこの顔を私へ向けてくる。


 この場で打ち明けるのが面倒に思えてきた私は、「ぜひともお願いしたいわ」と、嫌味なくらいにっこりと笑ってやった。


 そうすれば、アリアも安心したのだろう。


「では、お兄様が戻ってきたのでわたくしは、失礼いたしますわ」

 と言い残して去っていく。


「ねぇ」

「なんだ?」


「アリア様は、随分と私たちの婚約を疑っているようだったわ。勘がいいわね」


「それはまずいな」


「どう考えても私たちの関係には無理があるのよ。そもそも周囲を欺くのは、気が引けるもの。レオナールの婚約者のふりは、これ以上できないわ。これでお終いにしましょう」


「いいや絶対にやめない。婚約解消なんてすれば、俺がまた令嬢たちから追い回されるだろう!」


「レオナールの問題なんて、知ったこっちゃないわよ」


「へぇ~、お前はそういう態度にでるのか……」

「何よ」


「俺たちは契約したよな」


「どうだったかしら?」


 考えてみれば、所詮私たちの口約束である。


 とぼけておけば証拠はない。それに気づいた私は知らないふりにでた。


「どのみち、お前は俺の婚約者としてパーティーに出席したからな。俺の婚約者はお前だと誰もが知る事実になった」


「え⁉︎ 誰も信じてないでしょう……」


「いいや、俺が参加者に直接紹介したからな、覆せない事実だ。お前から婚約破棄を申し立てると言うなら、婚約解消の違約金でも払ってもらうかな〜……我が家の言い値で」


 どすの効いた声で、脅された。


「は⁉」

「子爵家のお前から、婚約破棄を宣言されたとなれば、いくら必要だろうか?」


「お金なんて、我が家にあるわけないでしょう!」


「俺からは婚約解消を求めないからな。婚約を解消して欲しければ、相応の違約金を払うのは常識だろう」


「脅す気なの……」


「言っただろう。俺はお前をとことん利用してやるって。俺の気が済むまでお前は婚約者だ。嫌なら違約金を今すぐ払え」


 お巡りさ~ん。恐喝現場は、ここです! 助けてくださいと思ったものの、周囲を見渡せば豪華絢爛な調度品の数々が目に飛び込んでくる。


 大富豪が、しがない子爵令嬢に金をたかっているなんて、警察もお役所も信じてくれないじゃない!


 やられた……。


 少し前の自分が浅はかだった……。


 今になって気づいたけど、たった一日でも彼の婚約者のふりなんかしてはいけなかったんだ。


 彼から婚約解消を言い渡さない限り、婚約解消の原因はトルイユ子爵家になるのだ。それを分かっていなかった。


 独身貴族をこの先五年も謳歌したいために、私との婚約を望んだ幼馴染……。

 彼がすぐに偽装婚約者を手放してくれるとは、到底思えない。


 この男は最っ低だ!


 お金に踊らされて彼の婚約者のふりに応じたのを、知っているくせに!


 トルイユ子爵家が貧乏だって分かっていて、違約金を請求するとは! 卑劣極まりない男だ。


「どこまでも最低ね。偽装婚約だって言いふらすわ」


「別に俺は、お前に何もする気はないが、お前を逃す気もない。ただ婚約者でいればいいだけなのに、何が不満なんだ?」


「偽装婚約者がレオナールってだけで、悲しくて泣けてくるわ」


「はぁ! 幸せすぎて泣けてくるに訂正しろ!」


「誰が訂正するものですか!」


「よ~し、いいか! この婚約のことを他人に言いふらしたら、ラングラン公爵家に対する名誉棄損で訴えるからな!」


「ひっどーい! 私の結婚が遠のいていくじゃない……」


「偽装婚約が周囲にバレたら、お前の責任だ。我が家の名誉にかかわるから、そのときは、偽装ではなかったことを証明するために結婚してやる。安心しろ!」


「誰が安心できるっていうのよ! 離婚前提で結婚したら、汚点しか残らないでしょう馬鹿! アリア様は私たちの関係に気づいていたわよ。周囲にバレるのだって時間の問題よ」


「バレたくないなら、これからの作戦を選べ」


「は? 何を選べって言うのよ?」


「偽装婚約がバレないためにも、お前は今日、俺の部屋に泊まっていくか、明日以降、しばらくこの屋敷に通うかの二択だ。どっちがいい?」


 レオナールってば、どこかから入れ知恵でもあったのだろうか?

 妙に饒舌で、いちいち空を見上げていた男とは思えない。


「は? どっちも嫌よ。もう帰るから」


「よし分かった。明日以降も『お前は我が家に通う』ってことだな。来なければ、お前の部屋を俺が訪ねる」


「あ~、もう分かったわよ」と切れ気味に訴えた私は、すぐに帰る事にした。


 大概、こういったパーティーは日付が変わるころまで続く。


 まだこの場を離れられないと言う彼が、私を公爵家の馬車で送ってくれる手配を済ませて、見送ってくれた。


 この帰りに、盗賊に襲われるとは露知らず──。


 ◇◇◇


===================♡♡♡

お読みいただきありがとうございます。


章で区切っておりませんが、ここまでが、第一章『私にだけ冷たい最後の優良物件』となります。

次から第二章となり、タイトルの回収章です。


引き続きよろしくお願いします<(_ _)>

 瑞貴


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