第25話 婚約者お披露目パーティー④

 パーティーの途中で、男性陣が別室へと流れていった。

 社交界では恒例となった、葉巻の時間だろう。

 実際には、葉巻を吸っているのかどうかは知らないが、殿方は婦人抜きで秘めた会話をするのが、いつものことだ。


 とはいえこの間に、残った女性もマウントの取り合いを繰り広げるのだが。


 婦人だけが残っている状況を察したレオナールも、王太子殿下と共に私の横からいなくなった。


 よしっ! これでしばらく羽を伸ばせるわね、と思ったときだ。

 後ろから声をかけられた。


 何かしら思いながら振り返って見てみると、そこに立っていたのは、黒髪に茶色の瞳のブルーノ様だ。


 今日の会場にいるのは分かっていたけれど、偽装婚約者のふりをするタイミングでは、話せることもないと思い、意図的に避けていたのだが。


「久しぶりだね」

「そうですわね……。あれ、ブルーノ様は別室に行かなくていいのですか?」


「うん、僕は葉巻の煙で喘息発作が出てしまうからね。この時間は女性陣の中にいるのも気まずいし、居場所がなくてね。そろそろ帰ろうと思っていたんだ」


「そうですか」


「エメリーヌ嬢への婚約の申し出に一歩遅れてしまったことを、この会場に着いて反省したよ」


「え⁉ 私への婚約ですか⁉」


「以前、エメリーヌ嬢と話をしてから気になっていたのに、父を説得できなくてね……。失敗した」


「それは何と申してよいか……ははっ」

 これって私を好きだと言っているのかしらと、どぎまぎしてしまう。


 ブルーノ様のその感情は、どうか諦めないでくださいまし。


 婚約は偽装。明日以降、婚約者もいない子爵令嬢になりますからと、念を送る。


 前回お会いしたときに、私や兄のことをやたらと質問してくれる彼と、妙に話が弾んだのだが、まさかそこまで考えてくれていたとは……驚きだ。


 能天気な兄の山の話とか、私を窮地に陥れる家族の性格とかを語った日の記憶が蘇る。


「あっ、申し訳ない。つい調子に乗って、婚約者のいるあなたへ失礼なことを伝えました。ラングラン公爵家に嫁ぐことになったエメリーヌ嬢に伝えるべきことではなかったですね。婚約おめでとうございます、お幸せに。それでは僕は帰ります」


「お祝いのお言葉、ありがとうございます。ごきげんよう」


 私の前からいなくなる彼の背中を見ていると、レオナールの妹のアリアが、私の前に現れた次の瞬間、罵倒口調で言い寄られた。


「忘れないでくださいまし! あなたがお兄様と婚約なさったのは、別にあなたが愛されているからではないことよ」


「ええ、そうでしょうね」

 淡々と返答した。


 同感! それは自分が一番知っているもの。


 私は他の令嬢とは違う。

 婚約者のポジションを守るために、「何も分からないくせに、勝手なことを言わないでよ!」と騒ぎ立てる気はさらさらない。


 事実、愛されていないし、愛していない。

 全て、偽り、偽り、偽りだ!


 この会場中を騙したレオナールの作戦だし、目の前で蔑むアリアが、私に真実を述べたまでだ。よくぞ見破った!


「いつもお優しいお兄様は、わたくしのものだったのに……。あんたのお兄様の運がよかったからって許せないわ。せめてアネット様のようなできた方なら納得もできたのに。あんたみたいな令嬢の風上にも置けない女を、公爵家には入れないから」


 は? なんだそれ?


 首を傾げる私は何を言われているのか、さっぱり分からない。

 兄の運がいいって? ……ナニ?


 偽装結婚はレオナールの令嬢避けのためだし、兄は一切関係ない。


 ちなみに兄は強烈な阿保だ。


 とんでもない不良債権を買う、向こう見ずなギャンブラーで、どうやっても温泉王にはなりえない。

 神にも運にも見放された男である。


「何を仰っているのか分かりませんわ」


「ふん。まあ、そう言うと思っていたからいいわ。でもね、これだけは教えてあげる」


「何を……でしょうか?」

「金で買った愛のない結婚なんて、悲惨になるだけよ」


「ぇ?」

「お兄様が優しくするのは、あなたと結婚するまでなんだから。どうせ我が家に嫁いだ後は、見向きもされないわよ」


「はぁ……」

 嫁ぐ予定のない私は、気のない返事をする。


「あなたのお母様ってば、旅の踊り子だったんですって。どうりで淑女教育がしっかりとされていないはずですわね。そんな恥ずかしい出生で、お兄様を狙うなんて本当に卑しい方ですわ」


「お母様のことはアリア様には関係ないわ!」


「我が家に嫁いでくるんですもの関係はございますわ」

「……ぅっ」


「これまでお兄様は、あなたのことを散々嫌っていたんですから、勘違いなさらないでくださいね」

 鋭い目つきで睨まれた。


 すると、後ろからレオナールが現れた。

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