第23話 婚約者お披露目パーティー②
アネット侯爵令嬢と目を合わす私は、澄ました顔をして口を開く。
「エメリーヌ・トルイユでございます」
さして付け足す言葉も見つからず、名前だけ告げた。
あとは、レオナールの言葉に頷くだけだが、彼も早々に話を切り上げるつもりなのだろう。
彼に絡めている腕がくいくいと、「この場を離れるぞ」と言わんばかりに動かされたあと、レオナールが言った。
「それでは、パーティーを存分に楽しんでいってください」
やはり私の思ったとおりだった。
レオナールも当たり障りのない会話で、アネット侯爵令嬢との会話を終わらせようとしている。
けれど、最後の優良物件に未練を残すアネット侯爵令嬢が、この場に爆弾を投げ込む。
「お二人はどうして婚約をなさったのですか?」
「ははっ、どうしてそんなことを仰るのか分かりませんが、もちろん、俺が彼女を愛しているからですよ」
「今まで、レオナール様とエメリーヌ様に、そんな素振りはございませんでしたでしょう」
「周囲に隠していただけですよ」
「それは、どうしてでしょうか?」
上目遣いのアネット嬢が言った。
「俺の想い人だと世間に知られると、エメリーが注目を浴びるからね。彼女はそういうのを嫌がっていたから隠していたが、そろそろ公表する時期だと思ったからですよ」
よどみなく言い切った。
おっ! これは予想外だ。
案外馬車の中で予行練習していた演技が、板に付いているではないか。
相変わらず私には、借りてきたセリフにしか聞こえないが、彼にしては存外うまくこなしている。
そんな風に感心していれば、一歩も引かないアネット侯爵令嬢が、悪びれる様子もなく、とんでもない話をぶっ込んできた。
「わたくしは我が家のコネを使って、各方面の情報を長年探っていたんですの。ですからレオナール様がトルイユ子爵家にドレスを贈ったのは存じておりましたが……何か違和感がありますわ」
「あはは、そうですか? 今日のドレスは、彼女を想って随分と前から手配していたんですけどね」
「お二人は、喧嘩ばかりなさっていると、諜報員からの報告書にも、はっきりと書かれておりましたわ。エメリーヌ様に触れるのも、嫌悪なさっていると」
あらまぁ、レオナールも可哀そうに。
彼が日々狙われていたのは、プロの仕事あってのことかと同情の眼差しを向ける。
「喧嘩するほどエメリーと仲がいいもので、そう思われているのでしょう」
彼が私に同意を求めて見てくるため「ええ、そうね」と頷いておく。
「そうでしょうか? この会場に入って来たときのレオナール様の顔色が、あまりにも優れない様子でしたけど……。レオナール様は何か無理をなさっているのでは、ございませんか?」
「はは、さすがアネット嬢ですね。誤魔化していたつもりですが、気づかれてしまいましたか」
「やはり、この婚約発表は偽装──」
「俺の婚約者はエメリーヌしかあり得ませんよ。顔色が悪かったのは、新聞のせいで周囲が騒がしくて……。寝不足が続いていたからですが」
「そうでございます……か?」
綱渡りの会話をアネット侯爵令嬢と繰り広げている最中、会場に到着した貴族たちの名前が次々とアナウンスされている。
そのたびに、レオナールが入り口に視線を向ける。
徐々に賑わう会場の空気を読んだのは、同伴する彼女の弟である。
「これ以上は失礼だから」と諭す彼女の弟に促され、アネット侯爵令嬢は目の前から消えたが、どっと疲れた。
女の執念は恐ろしい……。
私は婚約者ではないから、本来、恨まれる筋合いもない。
それでも何かを勘ぐっている彼女には、近づかないでおこうと誓う。
本物の婚約者だと勘違いされてしまえば、プロの諜報員を送られるかもしれない。
だが、そんな問題をゆっくり考える暇もない。今日は、世間が大注目するパーティーだ。
その渦中にいる私たちは、一息つく暇もないのだから。
今度はレオナールの妹であるアリアが、私たちに笑顔を見せている。
その妹に吸い寄せられるように、レオナールが動き出したため彼に従う。
この男……。
彼の家族にまで私を紹介するようだ。
いらないだろうと思う私とは裏腹に、偽装婚約を拡散するのに余念のない彼と並んで、彼の妹と対面する。
彼の妹であるアリアは、にっこりとレオナールへ笑いかけたため、ためらいもなくレオナールが口を開く。
「アリアへ紹介するよ。俺の婚約者のエメリーヌだ。エメリーはアリアの二つ年上になるからよろしく頼むね」
紹介を受けた私は、姿勢を正す。
「トルイユ子爵家が娘のエメリーヌです」
「お兄様もエメリーヌ様も水臭いんですから。わざわざ紹介されなくても、エメリーヌ様のことは存じておりますよ。何年か前にお茶を一緒に飲みましたでしょう。よく覚えておりますもの」
「光栄ですわ」
「公爵家のことで不安や疑問があれば、わたくしに何でも聞いてくださいまし」
そう言ったアリアは、愛らしい笑顔をレオナールに見せた。
だが彼女は私に顔の向きを変えた瞬間、額にぐしゃりと皺を刻み、しかめ面に変わる。
最後の優良物件とまで言われる自分の兄が、よりによって、没落寸前と噂されるトルイユ子爵家の令嬢と婚約したのだ。
不満しかないはず。
だが私の方も「だよね」と思わず納得する。
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