第21話 偽装婚約の契約⑨
レオナールは結婚がめんどくさくて、ただ先延ばしにしたいだけだろう。どうせ……。
そりゃぁ~、筆頭公爵家の次期ご当主様は、五年経って二十五歳になろうが、好条件に変わりはない。
場合によっては、公爵位を継いでいる可能性さえあり、今以上に人気が高まるかもしれない。
独身貴族を謳歌しても、レオナールはなんら問題はないのだ。
だけどこっちは困る。本気で枯れ木令嬢になる。
「何言ってんのよ! 五年後なんて、完全に売れ残りの年齢になっているでしょう! 私の愛しい旦那様を探す計画はどうしてくれるのよ!」
「愛しい旦那様か~ぁ」
レオナールが宙を見てほわほわしている。
彼ったら、怒られて、にやけるなんてどういうことよ。腹が立つわね。
「レオナールって、本当に自分勝手で嫌な男ね。変な契約に乗るんじゃなかったわ」
「お前なぁ……」
言葉に詰まった彼の眉間に、深い皺が寄る。
「五年契約なんて無理よ。私のお目当てのお相手が結婚しちゃうでしょう」
「はぁ⁉ お目当ての男って誰だよ!」
「誰がレオナールに教えるものですか! 知ってどうするつもりよ」
「社交界から消す!」
偽婚約者を取られまいと必死な彼が、切れ味抜群に言った。
その彼の顔が、めちゃくちゃ怖い。
「──冗談に聞こえないから……それ」
「冗談ではないからな」
「と、とにかく五年は嫌よ! 今日だけ!」
「ふんっ! どうせ他の男の元へ行こうとしたって、枯れ木のお前なんて相手にされないさ」
「はぁ! なによその言い草! 最ぃッ低ね」
「この際だ! 俺が令嬢から狙われないために、お前をとことん利用してやるからな。一度契約したんだし、逃げれば契約不履行で訴えるぞ」
「卑怯者! 婚約者のふりは一日だけよ!」
「ああ、勝手に言ってろ言ってろ! そのかわり、今日のパーティーで俺の婚約者のふりをしっかりしろよ!」
「頭にきたわッ! こうなったら素面なんかじゃ、パーティーに参加できないわよ。レオナールのそのワインをちょうだい」
そう言って、彼のグラスを取ろうとすれば、バッと彼が自分の元へグラスを引き寄せた。
「そ、それは……かかか間接、キキキッ」
「何よ!」
「き、きき汚いから嫌だ! お前が口を付けたら俺が飲めなくなるだろう!」
と言って、彼がグラスに入っているワインを一気に飲み干した。
この男……。
どこまでも最低だなと、あんぐり口を開けて見ていれば、彼の様子がおかしい。
彼はお酒に弱いのだろうか? すでに耳まで赤くなっている。
「汚くて悪かったわね。本当、レオナールを追いかけている令嬢の気持ちが、私にはさっぱり分からないわ。どこが良いんだろう」
「……それは、俺にも分からない」
酷く虚ろな目をして、消え入りそうな声で言った。
あれ? 彼ってば、パーティーが始まる前から、すでに泥酔状態なのでは?
そう思えてしまうほど、弱々しい反応だ。
大丈夫かしらと思っていれば、「お客様がご到着いたしました」と、教育の行き届いた従僕が彼を呼びにきた。
となれば、青ざめたレオナールが、すくっと立ち上がる。
そんな彼に合わせてついて行こうとすれば、ボソッと呟く彼から、腕を組むように頼まれた。
「なんでレオナールと腕を組むのよ」
「シーッ、誰かに聞かれるだろう。俺たちは円満な婚約者なんだから、腕を組むのは当然だろう。俺の横でにこにこ笑ってろ!」
「レオナールの横で笑えるかしら?」
「とにかく現状は理解した。俺が笑えなくなるから、お前はこの先、勝手に口を開くな。俺の言葉に大人しく頷いておけ」
疲れ果てた様子の彼は、暗い声で言った。
そんな会話を交わしながら、婚約者を紹介するというのに、真っ青な顔色をしたレオナールと、パーティー会場へと足を踏み入れた。
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