第20話 偽装婚約の契約⑧

 今日のパーティーで彼の横に並ぶのは、偽装婚約者が欲しいレオナールと、結婚を工面してもらいたい私との間で、利害がぴったりと重なった結果だ。


 なんてことはない。形だけの婚約者に徹すればいい。


 このパーティーが終わればお役御免だし。


 あとで兄や両親から婚約の話を聞かれても、「公爵令息の我が儘でした」と言えば、みんな納得するはず。


 そもそも、社交界で変人扱いされているダニエルの妹に、最後の優良物件から縁談話が持ち上がる方が、おかしいのだ。


 大半の独身令嬢に取材を試みた貴族新聞が、私への取材は「不要」と認めるほどに、あり得ないのだから。


 そんな風に思いながら、ラングラン公爵家の屋敷を見渡す。


「うわぁ~、懐かしいわね」


「昔と変わっていないだろう」

 レオナールが嬉しそうに微笑んだ。


 そう。このタウンハウスには何度も足を運んでいた。但し、二年前までだ。


 目の前に迫るのは、以前、何度か訪問したことのあるラングラン公爵家のタウンハウス。


 社交界デビューをするまでは、ことあるたびに招かれていた。


 ここに来た最後の日。

 彼からこんこんと説教をくらってから、彼の呼び出しには、二度と応じていないけど。


 そんな私は久しぶりに、この敷地へと足を踏み入れる。


 この建物は、いわゆる別荘でしかないお屋敷である。


 にもかかわらず、やたらと豪華な建物を見れば、悔しいかな、流石、筆頭公爵家だ。


 相変わらず圧倒される屋敷は、余裕で迷子になるであろう部屋数を持つ。


 弧を描く建物は、人間の視野の範囲を越えており、首を動かさないと全体を捉えることもできない。


 いつかこの家督を継ぐのが、レオナールである。


 堂々と気品あふれる佇まいで歩く幼馴染。客観的に見れば、これぞ貴族という身のこなしをしている。


 その彼に伴わなければ、下位貴族の私は、全くもってお呼びではない場所だ。


 ◇◇◇


 パーティーの開始時間まで、まだ少し早い。

 客人が集まるまでの間、彼とサロンでお茶を飲むことになった。


 とはいっても、色々と気持ちが熱くなっている私は、冷たい果実水をお願いした。


 そして、馬車の中から元気のない彼は、ワインを飲んでいる。


 我々の足元に敷き詰められた艶やかな絨毯は、三年前の柄とは異なっている。


 今座っている椅子と机は間違いなく、お値段は異常。想像以上の価格のはずだ。


 目利きはてんで駄目な私から言わせると、断面を飾る彫刻は、私でも彫れそうな、ただの傷にしか見えないものの、豪華な空間に圧倒される。


「なんか場違いな場所に来て、落ち着かないわ」


「それなら、これからしばらくお前がこの屋敷へ来て、俺と毎日一緒にお茶を飲もうか」


「え? どうして? 婚約者のふりをするのは、今日だけでしょう」


「お前は本当に馬鹿だな。婚約者のふりが、一日だけな話がどこにあるんだよ。それならすぐに偽装婚約がバレて、また俺がつけ狙われるだろう」


「それならいつまで続けるのよ。一週間?」


「ったくなぁ。一週間のわけないだろう」


「じゃあどれくらい?」

 一か月位かしらと考えながらも、期限を確認する。


「うーむ。──そうだな……五年」


「は? ふざけるんじゃないわよ」


「は? 何が問題だ? 俺たちの偽装婚約の契約は、馬車の中で成立したはずだ」


「五年も経ったら、私は二十二歳だわ」


「俺はお前がいくつになっても関係ない。いつまでも待てる!」

 鼻息荒めの彼が自信満々言い切った。


 おい! 何を元気に胸を張っているんだ!

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