第18話 偽装婚約の契約⑥
「無理よ。そんな面倒なのは絶対に嫌だから」
「頼むっ! 俺をつけ狙う令嬢たちの罠が年々巧妙になってきて、このままでは身が持たない」
「そんなこと……私には関係ないでしょう」
「俺とお前の仲だろう。こんなことを頼めるのは、お前しかいないんだ。協力して欲しい」
「協力って言われても」
「今日のパーティーで、俺には婚約者ができたことを社交界全体に拡散したいんだ! 頼むっ」
「レオナールは良くても、私がレオナールの婚約者のふりなんかして、婚約解消されたら……お嫁にいく先が見つからないじゃない」
「それは大丈夫だ。お前が結婚できるまで……俺がちゃんと責任をとるから」
必死に拝んでくる彼は、随分と真面目な口調で発した。
「そうねぇ~」と言いながら、今一度考える。
このまま見向きもされない社交場に参加し続けるよりも、公爵家の後ろ盾があれば、案外私の恋も叶うかもしれない。
それに、私に婚約者がいるとなれば、両親が怪しい縁談をまとめてくることもない。
結婚相手を探そうと奮闘し始め、早いもので苦節二年。
ここまでくれば、戦法を変えるのも一つの手かもしれないわね、と頷く。
にんまりと笑みが零れたが、冷静さを取り戻し現実に気づく。
おっと危ない。
危うく乗せられそうになったけれど、『婚約解消の経験あり』は、あまりにもリスクが高い。
恋が適うどころか、次のお相手が見つかりっこない。
「やっぱりデメリットしかないわね」
「そう言うなら、メリットを与えてやろう」
「は? 何よ、偉そうに」
「俺が、お前の結婚持参金と結婚式の費用を全て用意してやる。相手が誰であろうと、お前の理想の結婚式に金を使えるし、結婚持参金は、お前の言い値で構わない。どうだ!」
なんと! この婚約者のふりに付き合えば、報奨金が付くようだ。
しかも言い値とは、相当な太っ腹だ!
貧乏子爵家の痛い所を衝いてくるレオナールだが、渡りに船である。
「その話に乗ったわ! 私が結婚できるまで、ちゃんと責任とってよね、約束よ」
「もちろん」
と言った彼が悪い顔で笑う。
今ここに、互いの利害関係が一致した、『一日だけの偽りの婚約』が成立した。
すると彼は私を見て、パーティーのために予行練習を始めた。
「俺が贈ったドレス……凄く似合っているな。これ以上ないくらい好きだと思っていたのに、また一段と惚れてしまった」
「──。ねぇ、私もレオナールの猿芝居に付き合わなきゃならないの?」
「は? 猿芝居って……」
彼が天を仰いだ。
私から嘘くさい台詞を嘲笑われたためだろう。よく見れば、レオナールの顔が紅潮していた。
なにもそこまでして、円満な婚約者のふりをしなくてもいいと思うけれど……。
「別に世間にはレオナールが婚約したのが分かればいいんだし、無理にイチャイチャする必要はないわよ」
「いいや! 何事も形から入るのは大事だからな。お前も俺のことを、『好きだ』と言ってみろよ。その気になってくるかもしれないし」
それを言ったレオナールが、拗ねるように口を尖らす。
不服があるようだが、物申したい感情は私も同じだ。
「あのねぇ、レオナールは見たことがある? そんなバカップル? 仮にも婚約カップルがパーティーで、『好き好き愛してる』って人前で言い合っていたら、気持ち悪くて引くわよ」
「気持ち悪いって……」
「誰かの前であえて言う必要はないんだし、そんな言葉は私たちに一生必要ないでしょう」
「一生必要ないって……」
偽りの婚約関係は、他人の前だけで十分である。いわばその時間だけ取り繕えば何とかなる!
正論をぶちまければ、彼は目元を手で覆い、私から顔を背けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます