第16話 偽装婚約の契約④

 私を騙すつもりなのだろうが、舐めてもらっては困る。

 彼が堂々と種明かしをする前に、すでに気づいているのだから。


 レオナールの罠に引っかかるほどチョロくない。


 彼は私に勘づかれたのが相当ショックな様子で、肩を落とす。

 一連の反応を確認した私は、レオナールに言い放つ。


「ふふっ。というわけで、今日のパーティーは行かなくてもいいわよね。レオナールが一人で『エイプリルフールの嘘で~す』と公表したらいいでしょう」


 横では「男心を分かっていないな」と、兄がブツブツと文句を言っているが、乙女心を毛ほども分かっていない兄に言われたくない台詞だ。


 トルイユ子爵家の『モテない同盟』の私たちは、所詮、どっちもどっちだが、私は兄より断然ましである。

 無駄に調子に乗ってないのだから、痛い女にはなっていないもの。


 それに、レオナールや兄のように特殊な人間の気持ちなど、至って平凡な私に分かるはずがない。


 そうこうしていれば案の定、レオナールがイライラしながら私の手首を掴んできた。


「おい! お前はさっきから文句ばっかり言ってないで、さっさと俺と一緒に来い!」


「どこに?」


「今日のパーティーの主役は、俺とお前だからな」


「えっ、えっ! ちょっと本気で言っているの⁉」


「当たり前だろう。今日は俺の婚約者を発表すると、世間に触れているんだからな」


 半ば強引に彼から腕を組まれた。

 その挙句、掴む手首はそのままの、がんじがらめ……。


 ──まさかの強制連行か……。


「婚約って嘘でしょう。レオナールと私が結婚するの⁉ そんなわけないわよね!」


 その質問に答えたのは、ムッとするレオナールではなく、陽気な兄だった。


 気づけば兄の横に、レオナールの訪問を聞き付け、頭の緩い両親も登場している。


 歓喜に湧く両親は、空気も読まず、満面の笑みで立っているではないか!


 剥げ散らかした頭の父と、パンパンに丸い顔の母がにっこりと笑う。


 元々スレンダー美人だった、旅の踊り子の母に惚れたのが父で、綺麗な金髪の父に惹かれたのが母だ。


 今では二人揃って見る影もない。

 いい意味で似た者夫婦な両親が、頭に花を咲かせていた。


「じゃあなエメリー。ちゃんと会場へ行くんだぞ」

 悪い顔でそう言った兄が、私に向かって手を振る。

 両親に至っては、またしても万歳三唱ときたもんだ。


 そこの呑気な父と母!

 レオナールに拉致されかけている私は、エイプリルフールの嘘の駒に使われたのだ。


 喜んでいる場合ではない!

 この窮地に気づいてよ!

 そんな風に助けを求め、視線を送る。


「まあ、珍しくエメリーが緊張してよろけているわね。ちゃんと歩くのよ」

 母が言った。


「なあに、レオナール様が支えてくれるから問題ないさ」

 父が言った。


「ちょっと! 頭に花を咲かせて、他人事みたいに言わないでくださいまし!」


「はは。めでたい、めでたい。エメリーに婚約者ができるとは、思ってもいなかったが、レオナール様では何も言うことはないな」


「言うことは、あるわよね!」


「あ〜そうだった。我が家も今日のパーティーに招待してもらったから、後で両親を連れて行くからな」


 は? モテない同盟を組む妹が大ピンチの時に、何を嬉しそうに笑っているのだ!


「レオナールの詰まらない余興に、一家総出で付き合う必要はないでしょう!」


「こらっ! レオナール様にくれぐれも粗相のないようにするんだぞ」

 能天気な父から、わけも分からずしかられた。


 それでなくても呆けたおじさんが、何を偉そうに言っているんだ!


 慌てる私とは裏腹に、真剣な形相のレオナールは、私を馬車まで勢いよく連れ出した。


 ◇◇◇

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