第15話 偽装婚約の契約③

 犬猿の仲の私たちが、どうしてこんな事態になっているのだろうか。

 そんな風に考える私の脳裏に、ピキィーンと一つの答えが閃く。


 あっ、そうだわ!


 あの貴族新聞の婚約発表は、エイプリルフールの嘘だったのかもしれない。


 あの新聞発表は、四月一日だったもの!


 私の顔を見つめたまま、なぜか無言を貫くレオナールを見ていると、本当にそう思えてならないんだけど。


 ふむふむ、なるほどね、分かったわ。

 どうりでね。変だと思ったのよ。これですっきりしたわ!


 この五日間、悩んでいた時間を返して欲しいくらいだ。


 お互いに大っ嫌いだと思っている私たちが婚約するなんて、そもそもあり得ない。


 ラングラン公爵家主催のパーティーの最中に、「あれはエイプリルフールの嘘でした」とネタバラシでもするのだろう。


 あの記事は、パーティーを盛り上げるための盛大な余興だった気がする!


 そうと気づけば、やれやれと深いため息をつく。


 嘘の婚約発表でパーティーを盛り上げるなんて、詰まらない。全くもって詰まらない。


 どうしてこんな詰まらない余興を思いつくのだろう。お金持ちの考えることが、少しも理解できない。


 貧乏な私には、ちっとも面白さが分からないのだから。


 ──それにしてもやってくれたわね。レオナールに、いいように利用された。


 レオナールとの関係を『絶対に勘違いしない私』を余興の材料に準備するなんて、許しがたい。


 どんなことがあろうと、恋や愛だのと浮かれた感情にならない私たちの関係を逆手に取られ、レオナールの余興役に抜てきされたみたいだ。


 となれば、私は会場で笑われるだけだし、このまま行かなくてもいいんじゃないかと考えたところで、レオナールが恥ずかしげに口を開いた。


「待たせて悪かったな」


「え? 少しも待っていないわよ! レオナールのくせに、待ってもらえていると思っていたの?」


 こちらは最後まで逃げようとしていたんだけど。おかしな勘違いをしないでよね、と冷たく返した。


 それを聞いたレオナールが、眉根を下げて真っ青になる。


 いつもの調子で険悪な空気になりかけたところで、すかさず兄が、横から口を差し挟む。


「兄が教えただろう。本当は待っていなくても『楽しみにしておりました』と可愛く、それっぽいことを言っておけとな。いちいち正論をぶっ込んだら、レオナール様の夢が壊れるだろう」


「は? レオナールは私にどんな夢を見ているっていうのよ。仕方なく迎えにきたのよ。ねぇ、レオナール」


 視線を兄からレオナールに変え、同意を求めた。


「仕方なくって、お前なぁ……」

 レオナールが激しく瞬きを繰り返す。


「こんな高そうなドレスまで用意して、随分と手が込んでいるわね」


「今日は何の日か知っているか? 今日は、エ、エ、エ、エ」


「はぁ? エがどうしたのよ」


「今日は公表するんだよ、エ、エエ……。いや、この先は会場で伝える」


「はは〜ん。なるほどね。貴族新聞はエイプリルフールの嘘だったんでしょう。今のでばっちり理解したわ。どうせご友人の王太子殿下と、どうしようもない賭け事をして、負けたんでしょう」


「おい……賭け事って……?」


「男の人はみんな賭け事が好きなんだから、本当にしょうがないわね」


「好きなのは……賭け事ではなくて、エ、エ、エ──」


「嘘の婚約発表なんかしちゃって、どうするのよ?」


「嘘って……」


 あんぐりと口を開けるレオナールが、言葉に詰まる。


 意外にレオナールとの付き合いは長い。


 そんな彼の考えていることは大体分かる。彼に私を騙せるものか。

 参ったかと得意げな顔を見せれば、彼の瞳がじんわりと赤くなる。

 私に負けて悔しいのだろう。


 一方の私は、「ふっふっふっ」と、心の中で愉快に笑う。

 私の方が彼より一枚上をいき、にんまりとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る