第14話 偽装婚約の契約②

【お詫び】

第12話が公開されていなかったため、ただいま公開いたしました。

そのため、4月7日の朝に2話公開しました。

〜作者より〜


◇◇◇


 恐怖のドレスが届いた翌日以降の貴族新聞では、数々の特集が組まれていた。


『レオナール様のお相手を直撃⁉』と題して、ウトマン侯爵家に取材に行ったようだ。


「こらっ! 貴族新聞社様! お願いだから無意味な勘繰りはしないでよ!」

 思わず新聞紙面に突っ込んだ。


 その紙面には、『侯爵家のアネット嬢は無言を貫いている』と書いてあったが、余計なことをして、彼女を刺激しないでもらいたい。


 アネット侯爵令嬢が、是が非でも手に入れようとしていたレオナールが婚約を発表したのに、彼女の元には音沙汰がないのであれば、当然無言だろうに。


「貴族新聞様……それは、アネット侯爵令嬢の傷口に塩を塗るような行為だし、私にとっては火に油を注ぐような真似だ。お願いだから勘弁してよ」


 ちなみに、肝心な我が家へ、貴族新聞の取材人は、一人も来ていない。


 兄の言ったとおり、世間での私の扱いは、野次馬の最後尾である。


 はぁ〜あ、気が重い。


 何か悪いことでもしたかしらと、自分の部屋を見回す。そして視界に入ってしまう。


 ──皿の上に三角形に盛った塩。それを乗せた箱……。


 そうなのだ。あの中には、胸が絶壁の私にぴったりサイズに仕立てられた、レオナールの怨念セットがある。


 それはさぞかし、バインバインボディーのアネット侯爵令嬢には窮屈だろう。


 多分背中のホックが止まらないはずだが、そうだとしても、ぜひとも彼女にお譲りしたい一式だ。


 あああぁああ、もう嫌だ。今日のパーティーが恐怖でしかない。


 おぞましいドレスを贈った彼は、当日まで一切何も言ってこない。


 レオナールは一体、何を考えているんだろうかと、パーティー当日になっても首を捻る。


 ◇◇◇


 あのレオナールが本当に迎えに来るのだろうか?


 それさえも分からないまま、着替えを済ませた私は兄の監視下に置かれた。


 逃亡しかねない私を見張る兄は、私のドレスをまじまじと見て、感心しきりに口を開いた。


「それにしても凄いドレスだな」


「本当よね……。これ、いつから用意していたのかしら?」


「全面に刺繍を施しているとなれば、数か月前から用意していたんだろう。意外だが、レオナール様はエメリーのことが好きだったのか……。人は見かけによらないんだな」


「レオナールが私を好きだなんて、絶対にあり得ないわよ。お兄様だって私たちの関係を知っているでしょう」


「まあな」と言う兄は、夜会の時、私がレオナールに「手を叩かれた」と、ぶつくさ文句をたれていたのをよ~く知っている。


 それに関して兄は、「エメリーの手に、蚊でも止まっていたんだろう」と、大笑いをしていたのだから。


 言っておくが、蚊はいなかった!


 ……もし、まかり間違って季節外れの蚊がいたとしても、レオナールに叩かれるくらいなら、可愛らしい蚊に刺される方がよほどましだから。


「おー、レオナール様の指定の時刻になったな。これでエメリーの見張り役から俺も解放されるな」


「それってレオナールに頼まれたのかしら⁉︎」


「いいや、妹思いの兄の優しい気遣いだぞ」


「はぁ? どこが優しいのよ! 妹を身売りさせる悪党め」


「ならば、エメリーだけにヘタレなレオナール様を救う、愛のキューピッドだ」


「いっつも酷く貶してくるのに、彼の一体どこがヘタレなのよ!」


「エメリーが喧嘩をふっかけるからだろう」


「違うわよ。いつも彼が罵倒してくるもの」


 兄とどうしようもない言い合いをしていれば、レオナールの指定時刻になってしまった。


 いよいよ来るかと思った丁度そのとき──。


 狭い我が家に、ガランガランと乾いた音が響く。

 ドアのベルの音を聞いた兄がにやりと笑い、私は思わずのけ反った。


「きっ、来たわよ。嫌だ……行きたくないわ」

 突如奇怪な行動に出た意味不明な幼馴染が……とうとう来てしまった。


「阿保エメリー……」

「断ってきてくれる、お兄様♡」

 小首を傾げて、にっこりと笑った。


「残念だったな。断る選択肢は我が家にない! 最後の優良物件を待たせるな!」


 そう言って背中を押す兄が、無理やり私をエントランスへ追いやる。


「酷いわ! 可愛く頼んだら聞いてくれるんじゃなかったの⁉︎」

 私の背後にいる兄へ言ったところで、もはや無意味だった。少し離れた先に彼の姿があるではないか……。


 観念しきらない私の視界に映るのは、生気を失い、石のように固まる犬猿の幼馴染だ。


 狭い我が家のエントランス。家の顔とはいえ、レオナールの暮らすラングラン公爵家に比べたら、化粧室よりも狭いだろう。


 なぜかその狭いエントランスの隅に隠れるようにして、放心状態のレオナールが立っており、何も言わない。彼はきつく口を結んでいて、とにかく怪しい。


 不審なレオナールは、誰かに罰ゲームでもさせられ、私をパーティーに誘ったのだろうか?


 そうとしか思えないくらい、やる気ゼロの気配で佇んでいる。

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