第12話 新聞作戦④【SIDEレオナール】

 それにこの夜会……。


 少し前にアネット嬢から渡されたワインを飲んでから、体に異変を感じる。意識がふわふわする。

 あのワインに睡眠薬か媚薬でも仕込んでいたのだろう。


 一口含んだ瞬間。アネット嬢が嬉しそうに微笑んだから、怖くなりすぐに捨てたが、どんな強力な薬が入っていたんだ。立っているのも辛い。もう勘弁してくれ。


 どうして、エメリー以外の令嬢は、こうもしつこく俺に寄ってくるんだよ。


 もしも気づかずにあのワインを飲み干していれば、もれなく部屋に運び込まれる手筈だったようだ。俺を見張るこの屋敷の従僕の視線が、痛いくらいに突き刺さる。


 そんな状況にげんなりした俺は、超絶可愛いエメリーをこっそりと見つめる。


 すると楽しそうに踊る彼女が、俺の視線に気づいたのだろう。こちらを見た。

 ああぁあっ、幸せだ。


 アネット嬢から変な薬を盛られたが、今日、この夜会に来てよかった。エメリー最っ高ッ!


 エメリーと目が合って嬉しいくせに、またしても緊張して、どうしていいか分からなくなってきた。

 そんな俺はパニックを起こし、渋い顔をしてしまう。


 そうすれば、エメリーからがっつり睨まれ、目を逸らされた。


 おい、おい、おい。馬鹿か俺はっ!


 何をもったいないことをしているんだよ。エメリーとの以心伝心ラブラブタイムが、即刻終わっただろう。

 あああぁああ、駄目だ。こうしてはいられない。


 この先も俺が愛しているのはエメリーだけなんだ。当たって砕けるわけにはいかない。

 俺に他の選択肢はないんだ。


 エメリーの夫になる。

 その一択しか道はない。


 万が一、他の男にエメリーを取られたら、二度と立ち直れない。生きていけない。


「新聞か……。試してみる価値はあるな」


「一つだけアドバイスをしてやろうか?」


「聞きたくない」


「そう言われても、レオナールなら変な啖呵をきって撃沈しそうだから見ていられない」


「言うな……。本当にそうなる気がしているんだから、変な予言をするなよ」


「エメリーヌ嬢がレオナールの婚約者だと、世間に広めるまではへまをするな」


「あのなぁ……。俺はいつだって、へまをするつもりは毛頭ない。エメリーへ、真剣に全力で当たった結果が、全戦全敗でいつも大喧嘩だ」


「それなら少しは学習しろよ」


「学習も深い反省も毎回しているさ。だけど、エメリーの前で緊張した俺が、彼女の気を引く方法を変えると、そのたびに、余計おかしくなっていくんだよ」


 そう言うと、気の毒なものでも見るような目を向けられた。


「いいか。エメリーヌ嬢に素直になれないレオナールは、目標を一つに絞れ。無理に好かれようとするな」


「他人事だと思って悲しいことを言うなよ。俺はエメリーから愛されたい」


「それは後から考えろ。とにかくエメリーヌ嬢をレオナールの婚約者にするんだよ。『婚約者のふりを頼む』でもいいから、適当な理由で社交界中に二人の関係を公表すれば、あとは何とかなる。第一段階はそれだ」


「何とかなるって言ってもな……」


「一度世間に広げてしまえば、婚約破棄をしなければいいんだ。婚約の解消は、子爵家の彼女から公爵家へ言い出せないだろう。いくらレオナールでも、『婚約解消する!』と、啖呵は切らないでしょう」

 いつにも増して悪どい王子スマイルを見せた。


 だが、このときばかりは、策士の親友がいることに感謝した。


 この作戦はいける。エメリーを目の前にすると、悪い意味で別人に変わる俺だが、まだ希望はある。

 

 そうだ! 一度婚約者として世間に知らせれば、愛しいエメリーは誰にも取られない!


 その後に、俺のことを愛してくれるかは、別問題だが……。

 どんなことがあっても手放す気はない。俺からは絶対に婚約破棄はしない。待っていろエメリー!


 そうして俺は、以前から決まっていた我が家主催のパーティーで、自分の婚約者を披露する準備を始めた。

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