第10話 新聞作戦②【SIDEレオナール】

 プロポーズなんて、壁が厚すぎるし高すぎる。到底、突破できるとは思えない。


「エメリーの前に行けば、うまく言えないんだ」


「それなら、宰相に頼めばいいだろう。いくらエメリーヌ嬢だって、レオナールの父から婚約の申し出を受ければ、断れないでしょう」


「いや、エメリーのことだけは、人の手を借りたくないんだ。そんなことをしても、初夜で取り返しのつかない大失敗を犯す気がするから」


「くくっ、やりそう」


「二度と関係修復ができなくなる前に、何としても自分自身で彼女に想いを伝えたいから」


「だけど、そんな悠長なことを言っていたら、横から出てきた他の男に、あっという間に掻っ攫われるだろうな」


「他の男がエメリーを攫うって……」

 そんな事態になれば、生きていける気がしない。彼女の横に、俺以外の男がいるのを見るのは、絶望しかない。


「あぁ~、まだ知らないか……」

「なんのことだ? もしかしてダニエル殿が所有する、レッドダイヤの鉱山の話か?」


「うむ、そうだ。なんだレオナールも知っていたんじゃないか」


「それは、まだ非公表のはずだがどうしてウスターシュが知っているんだ?」


「ダニエル殿が『これから採掘を始める』と、陛下へ報告に来た際に同席したからな」


「なるほどな、そういうことか」

「全く予期しない話で驚いたよ」


「ああ、俺も父から聞かされ信じられなかったさ。これからトルイユ子爵家も変わるだろうな」


「嘘みたいな話だよな……。エメリーヌ嬢の兄が何の価値もない土地を購入したことで、馬鹿にされ続けていたのに……」


「王太子の立場で個人所有の土地を、『何の価値もない土地』と言うなよ。そもそも、個人名義の土地は、かつて王族が功労者へ与えた土地だろう」


「まあそうなんだけど、実際、国土のほとんどは領主が管理しているからね。国の監視下から切り離して褒賞として与えられる場所なんて、各地の領主が取られても困らない一角にすぎないからさ。疫病の解決やら戦争の英雄に与える土地なんて、どこもそんなもんだ」


「誰も近づかないアクセスの悪い山だからな」


「そこに温泉レジャー施設は、あり得ないと思っていたが、珍しい宝石が出てくるなんて、まんまとしてやられたな。あの山を売った家は、価格を相当吹っ掛けたと嬉しそうに触れ回っていたのにさ」


「そのせいもあって、とんでもない金額で、山を購入したと冷めた目で見られていたからな。……ん、っていうか、一つ言っておくが、俺にはトルイユ子爵家の宝石なんて関係ないからな」


 俺をじっと見つめてくるウスターシュが、トルイユ子爵家の令嬢で良かったな、とでも言いたげな顔をしている。


「レオナールはそうかもしれないが、他の連中は違う。これから採掘を開始するとなれば利権が生じるからな。あの家に縁戚を願う連中が、わんさと出てくるだろう」


「まあな。兄のダニエル殿が、レッドダイヤの発見を世間に公表する前に、水面下で技術支援と資金援助の協力者を探していたからな」


「やはりラングラン公爵家にも、頼みに行ったんだな」


「トルイユ子爵家には恩があるため、眉唾話には取り付く島のない父が、ダニエル殿を門前払いできずに話を聞いたようだ」


「ははっ、なるほどな」


「父もはじめは借金でも頼みに来たんだろうと思ったようだが、まさかの話が飛び出して、その場で独占契約をしたようだ」


「どうりでな。他の貴族から鉱山の噂話が流れてこないはずだ。いの一番にラングラン公爵家に行ったとなれば、情報はしばらく伏せられたままか」


「この件は父が動いているからそうだろうな。だが、ダニエル殿は我が家を訪ねる前に、ハネス伯爵家で交渉してきたようだ」


「まさか、底が知れない儲け話に、あの家は乗らなかったのか⁉︎」


「ダニエル殿の話では、金の無心だと思われ、信用されなかったらしい」


「ははっ。確かにトルイユ子爵家から資金援助を頼まれても、みんなそう思うよな」


「断ったハネス伯爵家も、採掘が始まれば悔しがるだろうさ」


 端からレッドダイヤの原石を見せたら、即座に食いつたであろうに、「資金援助を頼む」から切り出されてしまえば、どこの貴族も耳を貸さないだろう。


 エメリーが俺の命の恩人でなければ、父も追い返していたはずだ。

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