第9話 新聞作戦①【SIDEレオナール】

 このヴァロン王国の王太子であるウスターシュに手招きされたため、彼の周囲を確認した。


 そうすれば、先ほどまでウスターシュの横にいたはずの、彼の婚約者であるコルネリア公爵令嬢の姿は消えている。

 少し遠くに視線を向ければ、彼女は別の令嬢と歓談しているのだから、ウスターシュの狙いは想像にたやすい。


 彼から受けるであろう説教を想像しながら向かうと、エメリーとの時間を邪魔されて面白くない俺は、笑みを抑えて彼に話しかけた。


「どうした? 何かあったのか?」


「レオナールがエメリーヌ譲を夜会に誘うと意気込んでいたから、どうなったのか気になったのだが……。どうみてもレオナールとエメリーヌ嬢の二人が、険悪な雰囲気だったからね。忠告したくなって」


 この夜会の数週間前の話だ。


 エメリーの前に立つと、とんでもないことを口走る俺だが、何としても彼女を誘って夜会に参加したかった。


 今度こそ、エメリーを口説く!


 そんな自分の決意が絶対に揺るがないよう、ウスターシュに意気込みを宣言してから、エメリーの自宅を訪ねたのだ。


 結果はあえなく、彼女と大喧嘩になって終わった。


 そういえばウスターシュへ、断られた報告をしていなかった──。


 それを今さらながらに思い出す。


 だが、笑われるか馬鹿にされるのがオチだと分かりつつも、「断られました」と、誰が報告できるものか。


 それも断られた理由が、自分の誘い方が最悪なせいだし。


 人生最大の決意も虚しく大失敗。無残に振られた俺のことは、そっとしておいてくれ。

 そう思う俺は、軽い目眩に襲われ、小さく息を漏らす。


 そうなのだ……。


 エメリーのことが大好きなのに、彼女の前に行くと、最高潮にあがってしまい、思ってもいないことをつい口走ってしまう。


 自分のパートナーとして、一緒に夜会へ参加して欲しかっただけなのに、「防護壁代わりに付き合え」と口走り、拒絶された。愚かすぎて泣けてくる。


 さっきだって彼女をダンスに誘いたくて、腕を伸ばしたはずなのに、いざ触れそうになると恥ずかしくなり、手を払ってしまった。何をしているんだ俺は!


 これでは彼女と踊るのは、まず無理だ。


 エメリー以外の令嬢となら、会話をしながらでも余裕で踊れる。


 なんなら気の利いた言葉の一つや二つ、さらりと言えるだろう。


 だとしても彼女以外に言う気はないが。


 エメリーにこの気持ちをぶちまけたい。早く伝えたい。一緒にいると、このうえなく幸せを感じると。


 ──それなのに、肝心のエメリーの前では全くもって、うまく振る舞えない。

 それどころか、真逆のことばかりが次から次へと口をつく。


 ──ああぁああ~、最低、最悪だ。


 今晩の夜会、エメリーは参加しないと断言したのにどうしているんだよ。

 てっきり今日は来ないと思って油断してしまい、アネット嬢と踊っているところを見られてしまっただろう。


 決してアネット嬢に鼻の下を伸ばしていたわけではない。


 断り切れなかったアネット嬢とのダンスは、エメリーと踊る予行練習だと思っていたのに、……間が悪い。


 またしても喧嘩別れしたエメリー。会場内に視線を移し、その姿を探す。

 俺と入れ替わるように、彼女の兄であるダニエル殿が、エメリーの正面に立っている。


 よかった……。

 エメリーの言ったとおり、彼女は兄であるダニエルと来ているのか。

 よし、よし、よし! そのまま、他の男の近くには行くなよ。


 って、馬鹿か俺はっ!

 なんで喧嘩して終わったのに、安心しているんだよ。まずいだろう。


 じっと彼女を見ていると、ウスターシュが口を開いた。


「レオナールが私の元に大喜びで自慢に来ないから、エメリーヌ嬢を夜会に誘うのは、失敗したんだろうと、分かっていたけどね」


「彼女に即行で断られたからな」


「はは、どうせレオナールが余計なことを言ったんだろう」


「まあそうだけど……」


「いい加減、素直になれよ」


「俺だってそうしたいのは山々だけど、駄目なんだ……。彼女のことが好きすぎて、一緒にいると緊張するんだよ。彼女以外であれば、なんてことはないのに……」


「じゃぁ、役になりきって演技でもしてみればいいだろう」


「もちろん試したさ。『天使のように可愛いね』と、俳優になったつもりで伝えた」


「どうだった……」


「気持ち悪いと、秒で白い目で見られた」


「いくらなんでも、『枯れ木』から『天使』はないだろう。レオナールは言葉選びのセンスもないな」


「は? どうしてだ? エメリーは天使だろう。せっかく役者になるなら、思っていることを伝えてやりたいと思うのは当然だ」


「全く分かってないな……。レオナールは一度に欲張りすぎるから、うまくいかないんだ。物事には段階があるだろう」


「それは分かっているが……。エメリーだって十七歳なんだ。そろそろ結婚だって意識しているはずだし、早く何とかしたいと焦るんだよ。もう、どうしたらいいのか分からなくなってきた」


「エメリーヌ嬢も、案外レオナールのことを意識していたり、告白を願ったりしているかもしれないぞ」


「いいや、それは絶対にないな。俺が婚約すると言えば焦るかと思ったが、全く興味を持たないどころか、『願い下げだ』と却下された」


「くくっ、それは残念だな。じゃあ、一気にプロポーズでもすればいいだろう。結婚すれば、その後で何とかなるって」


 一世一代の決意を固め、夜会に誘ったのだ。


 それさえも、ままならなかった俺が、エメリーにプロポーズだと!


 無理だ。無理がありすぎるだろう。

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