第8話 断った夜会③
「は? なんで言い訳みたいな話を私にしているのよ。別にレオナールが誰と踊ろうと、私には関係ないけど」
「あっそう……」
「私の所で油を売っていないで、早く他のご令嬢の元へ行ったらどうかしら」
「何だよそれ」
「もう私の所に来ないでよ。早く恋人を見つけたいのに、レオナールが近くにいたら、他の紳士が近くに来てくれないでしょう」
「それなら、俺もそろそろ婚約者を決めるかな」
あらまぁ……誰か好いたご令嬢でもいるのかしらと思い、再び彼を見つめる。
「きッ、期待するな。お前でないことは確かだな」
「あったり前でしょう! 私がレオナールと婚約なんて、絶対にあり得ないでしょう。そんなこと考えもつかないわ。私がレオナールとの婚約を期待するなんて絶対にないから。とんでもない想像をしないでちょうだい。ふてぶてしいわね」
「そんなに必死に否定するってことは、俺のことが気になっているんじゃないのか?」
「あのねぇ、全否定を要するほどに、レオナールが嫌だという意味でしょう」
「素直じゃないなぁ。俺と結婚したいなら、正直に言うといいだろう。それなら婚約者候補に入れてやってもいいぞ」
「誰がレオナールなんかと結婚するのよ。こっちが困るわ。願い下げね」
「ふん、可愛くない女だな。そんなんだから、男が寄り付かないんだぞ可哀想に」
言いたいなら言わせておこうと放置すると、私相手に散々好き勝手に喋り倒し、彼を手招きする王太子の元へと去っていった。
それからしばらくして、兄が私を迎えにきた。
「エメリー悪い、美人令嬢たちが俺を離してくれないから、すっかり捕まってしまった」
「おかしいわね。どこに美人令嬢に捕まった紳士がいるのかしら! 私には見えないわね」
「ふははっ、エメリーは本当に見る目がないな。ここにいるだろう」
すまし顔をする兄は、意味もなく凛とした態度をして見せた。気取ったその表情は、無意味にもほどがある。
もはや言い返しても駄目だなと思う私は、阿保な兄に突っ込む気力もない。
「もう勝手に言っていなさいよ。その能天気な性格には、付き合い切れないわ」
「いいかエメリー。こういときは、『朗らか』とでも言いなさい。俺を見下す言葉は、これから俺に猛アプローチをかけるご令嬢に対して、失礼だろう」
「ん? 令嬢に見向きもされないからって、ご友人と話し込んでいただけよね……。なのに、よくもまあ、モテる妄想ができるものね。気持ち悪いわ」
「言うな! それ以上、寂しい現実を言うな。所詮、トルイユ子爵家の長男なんてこんなものだ」
「変な山を買うからそうなるんでしょう。何が温泉レジャー施設よ。お湯どころか水さえ湧かないじゃない。それなのに美人令嬢に捕まる未来が見えるなんて、随分と幸せですこと」
「エメリーはそんな冷めたことを言うから、モテないんだぞ。分かっていても『そうなのね』と可愛く、すっとぼけておけばいいのに。正論をぶっ込むなよ。男の夢が壊れる」
どうしようもない夢など壊れてしまえばいい。そんな風にさめざめと思う私は、兄の大して役にも立たないアドバイスを聞き流しておいた。
「お兄様……。まずは私たち、現実を見た方がいいわよ」
二十三歳のお兄様は、婚期を逃しかけているのだ。妹とつるんでいる時点で終わっている。
周囲を見れば、キャッキャッ、ウハハッと幸せそうな笑顔を見せる若い男女の姿が溢れている。
会場の中央で軽快なステップを踏んで楽しむ人々を、指を咥えて見ている場合じゃない。
一応、パーティーだ。一曲くらい踊って帰りたい。
とはいえ壁の枯れ木である私が一緒に踊る相手など、いつも決まっている。
「仕方ない。今日のダンスのお相手は、エメリーでいいか」
「……お兄様が私以外のご令嬢と踊っているのを、一度も見たことがないわよ」
「エメリーも、俺以外と踊ったことがあっただろうか……」
放心する二人で顔を見合わせる。
私たちの間を枯れ葉が一枚、風に乗ってびゅ~っと飛んでいった気がする。
兄妹揃ってこんな調子なら、当面、結婚相手なんて見つかりそうもないだろうと、ため息をついて兄の手を取った。
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