第7話 断った夜会②

 私を見つけた途端、歩み寄ってくるレオナールは、その途中、落ちていたハンカチを拾って令嬢に渡してあげている。


 今拾い上げたそのハンカチだって、レオナールと話すきっかけ作りに、伯爵令嬢がわざと落としたものだろう。


 せっかくの機会だ。


 そのままごゆるりと二人で話をすればいいだろうと、こちらは考えているのに、彼は首を傾け爽やかに笑いかけると、その伯爵令嬢との会話を終えてしまった。


 彼が見据える視線の先には私がいる。

 だが、もしかしてレオナールの狙いは別かもしれない。

 私の背後に誰かいるのかもしれないと考え、後ろを振り返るものの、ただの壁があるだけだ。


 そうなれば、彼がジト目で見ているのは、間違いなく私だ。


 レオナールと口を開けば喧嘩になるのが分かっているから、彼を意図的に避けているのに、なんだって近づいてくるんだろうか……。


 そんな風に考えていると、目の前で立ち止まったレオナールから、開口一番に浴びせられた言葉がこれだ。


「お前、どうしてこの夜会に来ているんだよ! 俺がわざわざ、お前を誘ってやったときは、『来ない』って言っていただろう!」


 そう言われてしまえば、喧嘩のゴングが鳴り、ムッとしながら言葉を返す。


「お兄様が一緒に付いて来いって煩いのよ」


「違うだろう。どうせまた凝りもせずに、男を漁りに来ているんだろう」


「いいじゃない。こっちの勝手でしょう」


 社交場とはそもそも、交友を広げる場だ。


 そんな環境に婚約者のいない令嬢が来て、男漁りをしないわけがない。みんなやっているし、社交場の目的に沿った正しい使い方だ。文句を言われる筋合いはない。


 但し、壁際に佇む私は、全くもって戦場に立てていないだけだ。


 今日は、ウトマン侯爵家が、長女であるアネット嬢の十七歳の誕生日を祝うために開催した夜会だ。


 主役の彼女は可愛らしいストロベリーブロンドの髪をしているし、他に目につく令嬢も、美しく輝しい髪色をしている。茶色い私とは違って。


 真正面のレオナールだって、まばゆい金髪だ。羨ましいことに──。

 そんな彼が、私を小馬鹿にしたように笑う。


「まあ、壁の枯れ木になっているくらいだしな。どんぐりと落ち葉を張り付けたお前に集まってくるのは、近所に現れるリスくらいだろう。家で大人しくしていろよな!」


「はぁ! 何よその言い方!」

 そんな風に言い返せば、彼の手が私の手に伸びてきた。


 あれ? もしかしてレオナールは、私の手を取ってダンスにでも誘うつもりかしら?

 そう思わずにはいられない動きを見せた。


 だが、彼に限って私の手を取るなんてあり得ないだろう。


 一体、どういうつもりかしらと考えていると、近づいてきた彼の手は、突如、私の手を払った。


 はぁ⁉ この男は……どこまでも最低ね。いきなり叩くって、どういうことよ。

 そう思い、彼をぎろっと睨む。


 私にとって数少ない友人の一人が、今、目の前にいるラングラン公爵家のレオナールだ。


 引く手数多の色男のくせに、紳士の風上にも置けない言葉の数々を私に浴びせる最低男。私がレオナールの弱みを握っているからって、彼は私にだけ冷たい。


 心底嫌なやつである。


 今の今まで、本日の主役である美人令嬢とホールの中央で踊っていたレオナールが、なんの理由で、私の元に近づいて来たのだ。


 その主役のご令嬢様が、今、めちゃくちゃ怖い顔でこっちを見て睨んでいるんだけど。勘弁してくれ。


 どんよりして、レオナールを見つめる。


「レオナールは相変わらずモテるのね。さっきアネット様と踊っている時は、鼻の下が伸びていたわよ」


「なんだよそれ。お前……見ていたのかよ!」


「ええ、最初から最後までじっくりと見ていたのよ。楽しそうで、なによりね。羨ましいわ」


「いや……、あれは、あの……、アネット嬢の母親がしつこいから仕方なくで……。本当は踊る気はなくて……。ごめん」


 レオナールが急に、たどたどしくなった。なんだ急に歯切れが悪くなって、どうしたというのだろう?

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