第6話 断った夜会①
時は、レオナールの婚約の記事が、貴族新聞に掲載される三週間前に遡る。
兄に「付き合え」と頼まれ、参加していた夜会での出来事だ。
兄が友人と話し込んでおり、することもなく一人で壁際に佇んでいると、金髪を逆立てているかのようなレオナールが、ギロリと私を睨んだきた。
そうして彼は、動き出したのだ。
眉間に深い皺を刻み、陰気な顔を見せる彼は、幼馴染の公爵令息のレオナール・ラングランである。
レオナールってば、また私に突っかかってくるつもりだなと感じ取り、「はぁ~」と、大きなため息をつく。
確かに先日、レオナールからパートナーに誘われた。
レオナールに群がる令嬢たちが鬱陶しいから、その「防護壁代わりに付き合え」と、何とも乱暴な理由で。
そんな言い方をされてしまえば、「誰がレオナールの壁になるものか!」と、真っ向から対決した。
あの日は、やけにしつこく粘られた。
レオナールときたら、あー言えばこう言うを繰り返し、途中、愛の告白じみたことを言い出し、私を惑わす作戦にまで及んでいた。
──少しも引かない彼だった。
だが、一時間以上に渡る、私とレオナールの熾烈な戦いは、見事に私が勝利した。
「彼の防護壁役」を見事に退け、レオナールのパートナーとして夜会に参加するのを、きっちりと断ったわけだ。
最後までぶつくさ言っていた彼の背中に、「もう来るな」と言ってやった。
仮に彼から、やんわりと願われたところで、レオナールのパートナーなど、断ったに違いない。
誘われた夜会は、アネット侯爵令嬢の誕生日パーティーだ。
レオナールの婚約者に名乗りを上げる最有力候補が主催する会場で、彼のパートナーとして横に立てば、この先何が起きるか分からない。
アネット侯爵令嬢とその取り巻きたちに、ぼこぼこにされた挙句、私が密かに狙う、ハネス伯爵家三男のブルーノ様との距離が、またしても遠のいてしまうもの──。
レオナールの令嬢避けの役目なんて却下! そんなのは即行却下に決まっているわよ。
ちなみにブルーノ様って誰かという話だが、社交界に顔を出せば向こうから声をかけてくれる、私が言葉を交わした数少ない殿方である。
彼は私に興味津々な質問してきてくれるから、すっごく話が弾み、毎回妙に楽しいのだ。
それとなく意中の令嬢を尋ねると、「ははは」と、笑って躱されることは、幾度となく……。
それでも、兄の馬鹿げた温泉レジャー施設の話でさえ、「ボーリング作業が順調にいくといいね」と、にっこりと笑ってくれるのだ。
そんな優しいブルーノ様に会うたび、胸がきゅんと、ときめいてしまう。
レオナールと夜会に出席すれば、密かに想いを寄せるブルーノ様に誤解される。
そう考えて、レオナールが防護壁になれと言い出した話に、綺麗さっぱりシャッターを下ろしたわけだ。
だが、『自分の壁になれ』と命じた私と、ここでばったり鉢合わせたのが、よほど不満なのだろう。
まあ私の方は、会場に到着してすぐにレオナールを発見したのは、教えるわけもない。
そもそも彼を見つけるのは簡単だ。
令嬢たちの賑やかしい声が聞こえてくれば、大概彼はそこにいるのだから。
黄色い声の聞こえる場所に近づかなければいいだけで、レオナールから逃げるのは楽勝である。
それなのに、私が密かに探す、お目当てのブルーノ様は、この会場にはいないようだ。悔しいことに。
レオナールに見つからないよう、すかさず気配を消したというのに、なんだってわざわざ近づいて来たのだ。腹立たしい。
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